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魔法の手紙

15/10/02 コンテスト(テーマ):第九十二回 時空モノガタリ文学賞 【 沖縄 】 コメント:0件 kanza 閲覧数:847

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石塀の前で僕は立ちつくしていた。
文通相手の家に押しかけるなんてルール違反だとわかっている。だけど……。
「あの……うちに何か用ですか?」
声に驚き、振り返ると買い物帰りらしき中年女性が立っている。
突然のことにテンパり、思わず偽りの名前≠口にして頭を下げていた。
沈黙の時が流れていく。
とにかく事情を説明しなくては。
窺うように顔をあげると、そこには頬を伝う一筋の涙があった。

女性に導かれて畳部屋へと足を踏み入れた。その瞬間、白い布に包まれた箱が目に飛び込んできた。
後ろから小さな声が聞えてくる。「娘の奈津子です」
………………。 
彼女との始まり、それは四か月前にアパートのポストにあった絵葉書だった。

海岸に沈む大きな夕日。
裏返してみると、住所は確かに僕の部屋のものだが宛名は聞いたこともない。
親になんだかんだ口実をつけて、念願のひとり暮らしを始めたのが去年の春からだから、それ以前にこの部屋を借りていた住人宛てだろうか。
丸みのある文字を目で追っていくと、どうやら旅行かなにかで出会った男へのお礼のようだ。
なんだかムカッとしてきた。こっちは大学四年の夏なのに就職が決まらず、暑い中、面接やなにやらと歩きまわっているのに、先住さんは南の島でナンパですか。
ふと視線を向けた棚に便箋がある。就活でお礼状に必要かもと買っておいたものだ。手にしてみると表面が埃でざらついている。
こいつも僕も世の中には必要ない。そんな気がしてきた。
大きな溜息が流れでた。
お前だけでも使ってやるか。
ちょっとした悪戯心でペンを手にした。
といっても何を書く? 当然、この女性のこともナンパ野郎のことも何もしらない。
ペンを放り、横になった。
目を瞑ると、今日会った面接官の厭味を言う姿が蘇ってきた。
くそっ。そうだ。どうせ、どうでもいい手紙だし。
イラつきをぶつけるように、就職活動に対する愚痴タラタラの手紙を書き、先住の名で送った。
だが、すぐに返信があった。しかも、そこには自己紹介のようなものがあり、最後には僕を応援してくれるようなものまであった。
偽物だとばれた?
だとしても、返信があったのだからと、再び弱音だらけの手紙を書き、僕らの文通が始まった。
彼女は沖縄のホテルに勤めていて、年は2つ上。
手紙の最後はいつも同じ言葉で締めくくられていた――なんくるないさ。
その方言を調べてみると【なんとかなる・どうにかなる】とある。
周りからの「がんばれ」という息苦しさの中で、南国のおおらかで、あたたかな響きの言葉に、とても胸が軽くなった。そして、言葉に込められた深い意味に折れそうだった心が支えられた。
【挫けず努力すれば、いつかよい日がくる】
メールに比べると返事が来るまで何日もかかる手紙は不便だったが、いつしか待つことの楽しみと、ゆっくり時が流れる心地良さを感じるようになっていた。

そんな手紙が突然、返ってこなくなった。
僕は彼女の母親に全てを話し、頭を下げた。彼女の母親は黙って話しを聞いていたが、僕が頭を上げるとゆっくり口を開いた。
彼女は病気で半年ほど入院し、一週間前に息を引き取ったという。文通が始まった頃にはすでに入院していたことになる。彼女の手紙にあった話しは、固いベッドの上で病気と闘いながら楽しかった事を思いだし書いていたのだろう。しかも僕を励まし、応援までしてくれて……あの最初の葉書も辛く苦しい中で楽しい出会いの一つを思いだし、つい書いたものなのかもしれない。
そんな大切な想い出を僕は悪戯心から……。
「ごめん。ごめん」
笑顔の写真を前にそれしか言葉がでてこない。
「もう謝らないで」横から優しい声が聞えてきた。「あなたの手紙をあの子はいつも『まだかな』って楽しみにしていたのよ」
何も言葉がでてこない。目からはこんなに涙がでてくるのに。
「私が手紙を届けると、病気で苦しくても、その写真のような笑顔になっていたの。思うように体が動かなくなって、キーボードで文字を打つのさえ大変になっても、一生懸命手紙を書いていたの」
そんな手紙なのに、手書きからワープロ文字になり、返信が遅いことに僕は文句を漏らしていた。手で書けなくなっても必死に指で文字を刻んでくれていたのに……。
「きっとあなたを応援しながら、自分自身を励ましていたんだと思う。手紙を書くことが明日を生きる希望だったんだと思う。だから本当に感謝しているの。ありがとう」
「そんな僕なんて……」
彼女のことを僕は何も知らない。出会ったことさえない。だけど目の前の笑顔が胸に沁み込んでくる。
溢れる思いが天まで届くように精一杯の思いを込める――「ありがとう」
  ★
僕は魔法の手紙を持っている。辛い時、挫けそうな時、見れば力が沸いてくる。愛しき君の文字が声となって心に響き渡る。
『なんくるないさ』


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