智宇純子さん

思いつくままに綴りますが、読む方が好きです。 『素人の読み手』としておじゃまさせていただきますので、至らぬ点が多いかと思いますが、どうぞご容赦ください。 ※諸事情により、登録当初から使っておりましたニックネーム『ポリ』を『智宇純子』に変更しました。引き続きよろしくお願いいたします。

性別 女性
将来の夢
座右の銘 自由になりたければ自分の言動や行動に責任を持て

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秘密

15/09/28 コンテスト(テーマ):第九十三回 時空モノガタリ文学賞【 憂鬱 】 コメント:8件 智宇純子 閲覧数:1144

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「夜店にいきましょうよ」妻に誘われて久しぶりに外に出た。
 風に揺れる無数の灯、焼き鳥屋のオヤジの景気のいい笑い声。気付けば、横を歩いている妻は紺色に菖蒲の花をあしらった浴衣を着ていて、髪を簪で綺麗にアップにしていた。化粧もちょっといつもより濃い。「あ!綿菓子!買ってくるね!」と、嬉しそうに下駄を鳴らしながら遠ざかる妻の後ろ姿を見ながら『これも悪くない』と達哉は思った。
 サンダルを引きずりながら人の流れを避けて進む。人酔いしたのか、お酒のせいなのか。軽いめまいを感じながら店側に体を傾けた。目の前にはヒーローものの玩具が並ぶ小さな屋台。

(このキャラクター。ボウズが好きだって言ってたよな。)

 つむじ風が砂埃を巻き上げ、目を閉じた一瞬でその場がセピア色に変わる。周りの雑音がなくなり、一気に静寂が訪れた。

 達哉には昔、将来を誓い合った彼女がいた。人一倍ヤキモチ妬きだった達哉は『男友達とは切れてくれ』と、常々彼女に念を押していた。それなのに、彼女は『ヤスオ』とメールのやり取りをしていた。

 ―――俺は全てを捨てておまえを選ぶつもりだったのに。あ?俺も同棲している女がいることを隠していたって?そんなの関係ねぇ。もう冷えた関係だから。なんだよ。逆切れか?約束を破ったことを棚に上げんなよ。絶対許せねぇ。

 気がつくと、達哉は彼女の頬を叩いていた。横で男の子が泣いていた。

 どれだけ嫌な思いをさせれば彼女のことを許せるだろうか。達哉は毎日タバコの先を噛み潰しながら、そんなことばかり考えていた。そして、達哉が出した結論は「同棲している女と結婚する」。そうすることが彼女への最大の復讐だと思った。それを知った彼女は顔色ひとつ変えずに、ただ、ただ、頷き。顔の左側だけで笑みを浮かべ、達哉の前から消えた。

 同棲していた女は妻として残った。あの、煮え滾るような怒りの気持ちが和らぎ、いつからかホッとしている自分がいることに気付いた。彼女はいつかこの安らぎの空間を壊しに来るかもしれないが、絶対に妻だけには知られてはいけない。

「高いわねぇ。私たちが子供の頃はもっと安かったわよね」
 綿菓子を手にした妻が、いつの間にか横から覗き込んでいた。人の行き交う声が一気に耳に入りはじめ、色が戻り。止まっていた温かい時間が動き出す。
 そうだ、考え過ぎだ。復讐したいならとっくにやってきているはずだ。達哉は額の汗を拭うと、手にしていた缶ビールをあおった。
「食べ物か、くじか。どっちかしか買えないから、毎回悩んだわ」妻は手にしていた綿菓子を指でちぎり、大きく開けた達哉の口にそれを捻り込む。
「俺は迷うことなく全部射的と輪投げに使ったけどな」
「それ、とってもあなたらしい!」妻は口の周りを綿菓子だらけにして笑った。
 そうか?達哉は久しぶりに笑った。綿菓子の甘さが口の中に広がる。

 そう、俺はガキの頃は夏祭りが大好きだった。この雰囲気に舞い上がってかなり無茶なこともたくさんしてきた。
 あの恋も、こんなのぼせのひとつだったのだろうか。

 ドンッ。いきなり背中に小さな衝撃が走る。「あ、あ、ごめんなさい」真っ黒に日焼けをした男の子だった。
「ああ、大丈夫。走ったら危ないぞ」
 はい!ごめんなさい!男の子は跳ねるように後ろに下がると、被っていた野球帽を取って丁寧に頭を下げた。「……あれ、にいちゃんじゃん!」
 え?達哉はその男の子をまじまじと見た。背が伸び、すらっと縦に長くなっていたが、間違いなくあのボウズだった。セピア色の記憶が蘇り、鼻の奥が急にツーンとしてくる。

「お、おお!元気だったか?」二年ぶりの再会だというのに、気の効いた言葉の一つも出てこない。
「うん、俺さ。今、サッカーやってるんだ」結構上手いんだぜ、と、男の子はボールを蹴る真似をする。
「新しい家には慣れたか?」あと、お母さんはどうしてる?一番聞きたかったことだが、達哉は視界に入る菖蒲の花の色を感じながら、その言葉をグッと飲み込んだ。

「おまえ、このキャラクター好きだったよな。買ってやろうか?」
「ありがとう。でも俺、もうそんなガキじゃないよ」そう言うと、男の子は手にしていた大きな水鉄砲を得意気に差し出した。人ごみの向こう側から『おーい!なにやってんだー!行くぞー!』という子供たちの声と一緒に水鉄砲が見え隠れしている。
 人の流れが変わり、達哉と妻の間を若いカップルが手を繋いだまま通り過ぎた。妻は綿菓子を庇って体を反転させる。その隙を見て、男の子が達哉の耳元で小さく囁いた。

(母ちゃんとメールしてた『ヤスオ』って、あの人のことだよ)

「じゃ、俺、行くね!バイバイ!」
 大きく手を振りながら走り去っていく男の子に向かって、妻が笑顔で小さく手を振っていた。


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このストーリーに関するコメント

15/10/15 W・アーム・スープレックス

複雑な男女の関係を、祭りの情景をはさみながら、詩的な文体で描いてありますね。過ぎ去った嵐をふりかえる達哉のまえに、『ボウス』があらわれ、
耳うちする言葉は、あの時のつむじ風。それでもラストは妻の笑顔。夏祭りのお囃子がどこかから聞こえて来るようです。

15/10/15 智宇純子

W・アーム・スープレックス 様
最後まで読んでいただき、コメントまで!ありがとうございます♪
男の子が教えた『ヤスオ』が誰だったのか。これがひとつの伏線になっています。読み手の受け取り方によって憂鬱の方向性が全然変わっていく。そんな作品にしてみました。

15/10/16 そらの珊瑚

智宇純子さん、拝読しました。

独占欲が強すぎて自ら壊してしまった過去の恋愛、それは思い出すたび
男を憂鬱な気持ちにさせていたのかなあと思います。
男の子の一言がそんな未練ともとれる、もやもやを吹き飛ばした、そんな気がしました。

15/10/16 智宇純子

そらの珊瑚 様
最後まで読んでいただき、更にコメントまでくださってありがとうございます!
独占欲の強さも、未練も、憂鬱も。ストーリーを書き進めながら、全て彼の自己肯定感の低さからきているのかもしれないと思えてきました。

15/10/20 光石七

拝読しました。
祭りの情景が鮮やかに浮かんできますし、セピア色の恋の思い出も間近で見ているようで、物語の世界に引き込まれました。
主人公の昔の独占欲の強さも、今の暮らしに満足しつつあるのも、とても人間らしくてリアリティがありますね。
私は『ヤスオ』が主人公の妻だと解釈し、最後の妻の笑顔がなんだか怖かったですが…… 的外れでしたらすみません。
楽しませていただきました。

15/10/21 滝沢朱音

ボウズは彼女の横で泣いていた彼女の子どもさんで、
その彼女に「ヤスオ」としてメールしていたのは、当時同棲してた今の妻だったと受け取りましたが…
だとしたら、ラストの妻の笑顔、怖い!((((;゚Д゚))))
最後に告げたボウズの言葉は、安らぎの空間に新たなつむじ風、憂鬱を巻き起こすのでしょうか?

15/10/21 智宇純子

光石七 様
最後まで読んでくださり、更にコメントまでくださってありがとうございます!
時間の流れが憂鬱だった記憶を思い出にしようとしていたのですが、現実がそうさせない。現実を受け取った主人公がそれから逃げるか、受け止めるか。ヤスオが誰か。光石七様が思うストーリーの続きを想像してお楽しみいただけたら嬉しいです♪

15/10/21 智宇純子

滝沢朱音 様
読んでいただき、更にコメントまでくださって本当にありがとうございます!
光石七様もおっしゃっておりましたが、妻がヤスオ。ありえます(笑)
男の子が指差した先は妻の方向ではあったのですが、きっちり妻に定まってはおらず、主人公は「妻かもしれない、その近くにいた知らない人かもしれない。でも、どっちにしろ妻にそれを確認することはできない」という憂鬱を抱えることになるかもしれません。

さっき思い立ったのですが、母親を取られたくなかった男の子が妻と共謀……という展開もアリですね(笑)

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