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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ストレス買います

15/09/28 コンテスト(テーマ):第六十五回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1179

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電車に乗り、二駅も行かないうちにはやくも、周囲の乗客たちから向けられる排他的で刺すようなななざしや、舌うち、女性たちの露骨なまでに警戒にみちた表情などなどが、まるでやぶ蚊のようにどっと僕にむかって群がり寄っってきた。
僕はただ、つり革にぶらさがっているだけなのに、かれらはどうしてそんな人を不快にさせるような行為を平気でとるのだ。いやというほどのストレスが僕の上にテトラスゲームのようにたまりだすのはこういうときだ。
駅について、降りようとする僕の足の甲を、誰かがしたたか踏んづけて通った。おもわず僕が「痛い」と口にだすと、男がきつい目でこちらを睨みつけた。僕はそれ以上何もいえずにうなだれてしまった。
電車からおりる僕の足どりほど、重々しいものはなかった。ストレスにもしも重量があるとすれば、今の僕は普段の体重の優に2倍はあったにちがいない。
プラットホームから階段を上がり、改札口にむかうときも、まるでわざとのように僕の進路に割り込んでくる連中が後を絶たず、そんな輩にぶちあたられそうになるたびに、僕はいそがしく右に左に移動しては通路を譲って歩いた。
ようやく改札口を抜け出して、歩き出そうとした僕を、背後から呼び止めるものがあった。
「お疲れさまです」
スーツ姿の、40代とおぼしき男が、嫌味のない笑みをなげかけてきた。僕はしかしその笑顔には騙されまいと、気をひきしめた。
「私はこういうものです」
男は用意していた名刺をさしだした。
『ストレス研究家・早野たくみ』
僕はその名刺に記された肩書をみて、意味がわからないながらも、警戒心を深めることだけは忘れなかった。
「なにか用ですか」
「ちょっとそこに座りませんか」
と男は、通路脇に据えられたベンチを目で示した。
「急ぎますので………」
「その夥しいストレスを抱えたままですか」
おかしなことをいう奴だった。僕は皮肉をこめて、
「あなたが買ってくれるとでもいうのですか」
「買いましょう」
「え」
「この名刺にある通り、私は人間のストレスを研究しているもので、人が抱える様々なストレスをリサーチしているのです。あなたは、私の研究材料にはもってこいといっていいほど、ストレスを山と抱えておられます」
「わかりますか」
「ご自分でもわかっているでしょう」
「ええ、まあ」
「私からみればあなたは、すでにストレスの飽和状態に達しています。ストレスが人間の形をして歩いているようなものです」
「それは当っています」
僕は男とならんでベンチに腰をおろした。
「ストレスの研究って、どんなことをされているんですか」
「主に、ストレスが発生するまでのプロセスです。いずれデータ化して、研究の成果を本に著す予定です」
「それで、僕になにを」
「さっきもチラといいましたが、あなたのストレスを買いたいのです」
「買うって………」
「なに、簡単なことです。きょうあなたが受けた数々のストレスをですね、私に話していただければいいのです」
「売ると言うからには値段がつくわけですね」
「もちろん。ストレス一件につき、十円さしあげます」
「十円」
「この金額が高いか安いかの判断をつけるのは、あなたご自身です」
「それで売ったあとは、どうすればいいのです。そのストレスのことは絶対他言するなとか―――」
「いえ、そんなことはありませんのでご安心を。誰に話されようと、ご自由です」
十円ときいて僕の肩から力がぬけた。これがもっと高額なら、なにか裏があると勘繰るところだが、十円なんてきょうび、道端に落ちていたって誰もひろわない。
「六百字以上の記事提出なんてことはないでしょうね。ですます体に統一してとか」
「きょう、これこれ、こういうことがあって、ストレスになったとだけ、お答えいただければ十分です」
「たとえば、さっき電車をおりしなに、誰かに足を踏まれたとでも、いえばいいのですか」
「それで一件十円です。ほかにもあるでしょう、遠慮せずどんどんいってください」
僕はそれから、おもいだすかぎりのストレスとなった出来事を、彼に話してきかせた。いざ話すとなると、あれだけいっぱいあったはずのストレスなのに、なかなか具体的に言葉にならないもどかしさに、僕はストレスをたまらせながら話しつづけた。
僕の声をスマホで録音している間沈黙を続けた彼は、話し終えるのをまって、きっちり30件分のストレス代300円を僕にわたした。
「ありがとうございます。よかったら今後も、よろしくお願いします」
「また会えますか」
「きょうと同じ時刻に、改札口の付近でうろうろしています」
人混みのなかに立ち去っていく彼の後ろ姿を、僕は三百円を握りしめながら見送っていた。
翌日、やはりストレス満杯状態で電車からおりてきた僕は、無意識に彼の姿をたくさんの人々がゆきかう改札口の付近に探していた。
昨日いっしょに座ったベンチには、中年の婦人が陣取っていて、ちかづいてきた僕をみるなり、胡散くさげな視線を投げかけてきた。これもストレスの一つにくわえようと、僕は頭のなかのメモに走り書きした。
「きましたね」
僕の肩を叩いて彼が、後ろから笑顔をむけた。
「あ、こんにちは。きのうの件、まだいいですか」
「もちろんですよ。さあ、きょうはどんなストレスがきけますかね」
ベンチがふさがっていたので彼は、すこしはなれたところに移動して、壁を背にしてぼくのストレスを録音しはじめた。
きょうは、合計23件のストレスを彼に話した。物を買っても礼もいわないコンビニの店員。電車の座席に僕が座るのをみて、前に座っていた女性がほかの席に移動したこと。進路妨害男女7名。安全を確認して道路をわたったところ、いきなり速度をあげてつっこんできた車。足踏んづけ2件。うしろから追いぬこうとして僕にぶつかってきた男―――。話し終えた僕に、ストレス研究家は230円を手わたした。
かえりに僕は最寄りのカフェに立ち寄り、きのうのストレス料ときょうの分をあわせて、フレッシュジュースを注文した。
よく冷えたジュースを飲みながら僕は、自分のストレスがこの爽やかな飲み物にかわったことに、なんだか不思議な気持をおぼえていた。
それからの僕は、会社にいても、通勤電車の中でも、道を歩いている時も、家でぼんやりやりしているときでさえ、なにかストレスになるものはないかと、しきりに目を配るようになっていた。
会社でいやな上司からつまらないことで叱責されたり、事務の女にあの人足みじかいわねと陰口をたたかれたり、警備員から営業車の止め方が悪いと、同僚のことで注意をうけたり、路地をあるいていると警察官のバイクが、いつまでも執拗にあとを追いかけてきたりと、実際ストレスの種は行く先々、どこにでもふんだんに落ちていた。
僕は、ストレスをうけるたびに、10円加算、10円加算と、胸の中で呟きつづけた。多いときには50件あったときもあり、500円となると、ちょっとした財産だった。いつか千円を超すぞと、意気込みも新たに、積極的に僕はストレス探しにのりだすようになっていた。
そうなると、ストレスがひとつもない日は、なにか物足りない気持ちになって、寝床にはいってからも寝つきが悪かった。電車内で、いつも棘のある視線をむける男に、穏やかな目つきでみつめられたりすると、おい、話しがちがうじゃないかと、おもわず詰め寄りそうになったこともあった。
うっかり女性客の体に手がふれてしまい、これは大騒ぎになって、一級のストレスのもとになるなとなかば期待しながら女の顔をみたら、どうしたことか彼女が、甘ったるい媚を含んだ目でこちらをみつめているではないか。
電車からおりしなに、いまにも男が僕の足をふんづけそうになるのを、「おっと、失礼」とすんでに足をあげて謝ってきた。
駅からでてきた僕を、ストレス研究科早野たくみがみつけて、ちかよってきた。
「その憔悴しきった様子から、さぞきょうも、ずいぶんなストレスを背負っているものとみえますね」
「ちがうんだ、先生。きょうは、収穫ゼロだった。まったくと言っていいほど、ストレスがなかったんだ」
「そんなことがあるのですか」
「みんな、僕にたいして、友好的なんだ。いやなことひとつ、しようともしないんだ。ほんとに、なんてやつらだ」
「ま、そういうこともあるでしょう。気をおとさずに、またの機会をものにしてください。それでは、本日は報酬ゼロということでいいですね」
「しかたがありません」
僕は肩をおとして、彼からはなれていった。とたんに、どしんと誰かにぶつかられた。
「ばかやろー、どこに目をつけてやがるんだ。このくそったれがー」
男は、これ以上ないと言うぐらいの罵詈雑言をあびせかけてきた。
僕が、急にニコニコし出したのを見て、その相手はぎょっとなってあとじさった。
僕はいそいでもときたところをかけていき、早野先生を見つけると、嬉々とした声でいった。
「先生、やっと十円になりました」


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