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Fujikiさん

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看板娘は笑う

15/09/26 コンテスト(テーマ):第九十三回 時空モノガタリ文学賞【 憂鬱 】 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:1302

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 観光バスガイドは島の看板娘。白と空色の制服を手渡された日に先輩から言われた言葉だ。島を駆け足で通り過ぎていく団体ツアーのお客様にとって、ガイドは旅の間に言葉を交わす唯一の地元の人間になることも少なくない。だから、良い印象を持ち帰ってもらうためにガイドは常に朗らかに笑って明るく振舞わなければならない。お客様を楽しませるためであれば、琉装を身にまとって民謡も歌うし、空手の型やクジラの声帯模写も披露する。踊りも漫談も足裏マッサージもお手のもの。移動中にレクとして行うじゃんけん大会などのゲームの賞品はもちろん自腹だ。
 お客様はいつもおとなしく座席に座っていてくれるとは限らない。旅の恥はかき捨てとばかりに大胆に胸や尻に手を触れてくるお客様や、車内の簡易トイレを盛大に汚していかれるお客様もいらっしゃるが、憂鬱な顔などもってのほか。酔ったお客様にからまれても笑って水に流す。いたずらばかりの小さなお客様に対しても辛抱強く笑顔を崩さない。お客様は殺伐とした日常生活に疲れて羽を伸ばしにはるばるやって来ているんだもの、多少の悪さくらいは目をつぶらなくちゃ。
 夏のシーズンにはツアーの予約が連日いっぱいで、とても休みなんて取れたもんじゃない。ペットの犬が死んだ日も、恋人が預金をすっかり使い込んで行方をくらました日も私は笑い続けた。ある日笑いながら涙が止まらなくなって、他社の同業者に勧められたハッピーになれる薬を打ち始めた。効果はてきめん! 買い物以外に興味がないお客様の退屈そうなお顔を見ただけで爆笑が止まらない。唯一の問題は薬が切れた瞬間に訪れる上機嫌から絶望のどん底への転落だったが、薬を打ち続けている限りは平静を保っていられた。
「安次富さん、近頃どうしたんですか?」と、ある朝事務所に顔を出すなり上司に呼び止められた。
「どうしたって、何のことでしょう?」
「名所の名前は間違える。歴史の解説は意味不明。脈略もなく笑い出して子どもが怖がるって苦情が来ていますよ」
「そんな馬鹿な! いつもお客様には喜んでもらってますよ」
「そうですか? 頬もこけてきたみたいだし、何かあったんじゃないですか? お客様のためにも、体調管理はきちんとしてくださいね」
 薬液が血管を巡って脳に届くまでの間、私は重力の違う惑星にいる。体は床に貼りつき、トイレのシートに這い上がることさえままならない。目の前にどこまでも広がるのは寒々とした宇宙の闇だ。私は重力に逆らわず、じっと体を伏せて太陽が出るのを待つ。ゆっくりと夜が明けるように薬が効き始めると、手足が軽くなって起き上がれるようになる。瞳孔が開き、口角が上がって、看板娘に笑顔が返ってくる。汚名を返上するためにも、今日のツアーでは最高のおもてなしをしなくちゃ。
 でも、そんな肝心な日に邪魔が入るのは想定外だった。その気がかりな臭いを嗅ぎ取ったのは、クイズ大会の問題を出していた時である。ちらりと運転席に目をやると、窓の外に片腕を出した運転手が火のついた煙草を指先に挟んでいるのが見えた。ギャンブル好きでいつも下卑た冗談を言うのでずっと軽蔑していたが、ここまで見下げた奴だとは思わなかった。お客様が臭いに気づいたらどうするつもりなのかしら? 私は島の看板娘、お客様の楽しい旅の思い出に汚点を残すわけにはいかないわ――気がつくと、私はマイクの角で運転手の頭の左側を目いっぱい打ち据えていた。運転手はアクセルのペダルに足を乗せたまま耳から血を流して動かなくなった。
「おい、何するつもりだ!」と叫びながら、最後尾に座っていた若い男が立ち上がってこちらに歩いてきた。バスが走っているのに席を立つなんて危険この上ない。とっさにカジキ漁の実演のために網棚に積んであった銛を手に取って放り投げる。鋭い銛は男の胸を貫き、シートの背に釘づけにする。それと同時に他の乗客たちも一斉に立ち上がって騒ぎ出す。私は前列の数名に空手チョップを食らわせ、走行中はシートベルトを外さないようにと呼びかける。
 加速を続けるバスはガードレールを押し倒してテッポウユリの咲き乱れる野原に飛び込み、大きく揺れながら海沿いの崖へと向かっていた。かつらを両手で押さえていた初老の男性がよろめいて窓ガラスに頭をぶつけると、ずるりとむけた禿げ頭がパカリと割れて潰れた脳が周囲に飛び散る。それを見た中年の女は昼のバイキングで腹にたらふく詰め込んだソーキ汁を床に吐き散らす。でも多少のハプニングにも臨機応変に対応してツアーをさらに盛り上げるのがプロのガイドというもの。私は発作のようにこみ上げてくる笑いをこらえながら、血で汚れた手袋を外してマイクを握り直した。
「皆様、窓の外一面に広がる白いユリの花畑をお楽しみいただけているでしょうか? 本日は特別に予定を少々変更して地獄巡りのツアーにご案内いたします!」


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このストーリーに関するコメント

15/10/20 光石七

拝読しました。
ガイドさんとか看護師さんとか、「よくここまで毎回笑顔で接することができるなあ」と感心する職業の人っていますね。本当に大変だと思います。
主人公が飲んだ薬はヤバイ系だったのでしょう。
後半の狂気と地獄絵図がじわじわと迫ってきて、背筋が寒くなりました。
ラストの主人公の姿と台詞には恐怖で固まってしまいますね。
面白かったです。

15/10/21 Fujiki

いつも明るく笑顔で頑張らなければいけない仕事は精神的な負担が大きいと、接客業の家族や友人を見ていて実感しています。慢性的な憂鬱は問題ですが、ときどき暗い気分になるのは人間として自然なことじゃないかなって気がします。コメントありがとうございます!

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