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Fujikiさん

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不発弾

15/09/16 コンテスト(テーマ):第九十二回 時空モノガタリ文学賞 【 沖縄 】 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:1468

時空モノガタリからの選評

静かな圧迫感を感じさせる中身の濃い素晴らしい作品だと思います。「不発弾」「表通り」「裏通り」というキーワードが沖縄の諸問題をうまく象徴していますね。そして台湾出身の樹里の存在によって、“ウチナンチュー対ヤマトゥンチュー”という視点を超えた、広がりのある物語になっていると思います。沖縄の「負の遺産」から観光客が目を背けているように、主人公もまた「樹里の背負う事情にまで想像力が働くこと」がなく、自らを「楽園や逃げ場を求めて遥か彼方の島にやって来るヤマトゥンチュ達と何ら変わらない」と内省しているが故に、この物語が単なる一方的な断罪に終わらず、人間の業のようなものまで描くことに成功しているのではないかと思いました。

時空モノガタリK

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 久しぶりに町に出てみると表通りが通行止めになっていた。不発弾処理を行う旨の看板が立っている。バイクを路肩に乗り付けて看板を読んでいた背広姿の男が「またかよ」と独り言のようにつぶやいて走り去った。俺は別に急ぎの用事があるわけでもないからのんびり裏道を歩いて迂回すれば済む話だ。
 土産物屋のけばけばしい看板ばかりが目立つ表通りには趣のかけらもない。最近では地元の人間が経営する店は少なくなり、ヤマトゥンチュの観光客が落とした金が内地企業の懐に返っていくという不毛な経済循環が延々と繰り返される。猛牛の群れのように大挙する観光ツアーのグループが目もくれない裏道の小さなそば屋は、いつの間にか店を畳んで貸店舗になっていた。みんな吹き飛ばされてしまえばいい、という声が俺の脳髄の奥で響いた。
 道の先から若い女がせわしなくガイドブックで顔を扇ぎながら歩いてきた。容赦ない午後の日射しに目が眩んだのか、手探りをしながらふらふらとおぼつかない足取りだ。表通りを閉め出されて途方に暮れた観光客といった様子である。すれ違う瞬間、甘い香水にほのかに混ざった女の汗の匂いが鼻をくすぐった。
「君は沖縄で何も見ていない」という古い映画の台詞のような言葉が思わず口をついて出た。君はガイドブックの勧めに従ってテレビドラマのセットのような張りぼての城の前で記念写真を撮り、日本復帰のご褒美に催された祭典の跡地でジンベエザメに手を振った。定番の戦跡めぐりでは犠牲と感謝という曖昧な言葉で死者の記憶を糊塗した。ビーチで何もかも忘れて気分をリフレッシュした後は、表通りでショッピングの時間だ。不発弾のせいで予定が狂って残念だったね。
 君は憶えているだろうか。あの慰霊碑が建つ洞窟が君に怒りの炎を吐いた日のことを。君の国の人達は戦争を大昔に終わった過去の出来事として片付けて前に進みたいのだろうが、この島では今でも七十年前の負の遺産が居座り、闘いが続いている。それはネットに流布するデマや陰謀論を真に受けた無知な連中との闘い、そしてこの島の災禍の歴史を対岸の火事としてしか考えられない無関心な人々との闘いである。けれども島を訪れる君の目にはその闘いは見えない。島のあらゆるものを単なる非歴史的な記号として消費し死者の存在から目を背け続ける限り、君は今まさに目の前で起こっていることすらも見ることができないからだ――女に俺の言葉が聞こえたか気になって振り返ったが、女の姿はもうどこにもなかった。
 俺の足は国道を渡ったところにある歓楽街に自然と向かっていた。夜には仕事帰りのサラリーマンで賑わう界隈も昼間はいたって静かなものである。かつて客引きのバイトをしていたキャバクラの前を早足で通り過ぎ、看板すら出していない古ぼけた外人住宅のドアベルを鳴らす。表には夕方に女の子が座るためのプラスチックの椅子が出しっぱなしにされている。玄関先に出てきたばあさんは、俺の顔を見るなり何も言わずに奥のベッドルームに入るよう手で合図した。昔キャバクラの常連客を何人か紹介してやったよしみで、ばあさんは今でもつけ払いにしてくれる。収入が不安定になってからもこうして時々顔を出せるのは、そのおかげだ。
 狭いベッドルームの戸を開けた途端に煙草の臭いと樹里の腋臭が鼻を刺した。樹里はランジェリー姿でベッドの上に寝そべっている。客が俺だと分かると起き上がって満面の笑みを浮かべた。
「今日私が予約ないから時間、気にしない。サービスするよ」と、彼女はぎこちない日本語で言った。樹里という日本名を名乗ってはいるものの出身は台湾なのだと以前教えてもらったことがある。訳ありで流れ着いてきたに違いないが、深く詮索したためしはない。俺がいつも彼女に求めているのは、むしゃくしゃした気持ちを鎮めてくれる一時の癒しである。生まれたままの姿で樹里の腕に包まれている間は自分の欲望を満たすことに手一杯で、彼女が背負う事情にまで想像力が働くことはない。これでは楽園や逃げ場を求めて遥か彼方の島にやって来るヤマトゥンチュ達と何ら変わらないではないか――俺は、樹里の中に奥深く入っていく律動に滑稽なまでに夢中になっている自分自身をせせら笑うしかなかった。
 精根尽きて樹里の柔らかい胸元に顔をうずめた瞬間、遠くで爆発音が聞こえた。不吉な地響きが低く轟いた後、人々の絶叫が続いた。桃色のカーテンが引かれたベッドルームのガラス戸もガタガタと揺れた。
「今の何?」と樹里はおびえた声で訊き、俺の体をきつく抱きしめた。俺はそれには答えず、彼女の腋の下に鼻を押し当てて深く息を吸い込んだ。ショーウィンドーのガラスが砕け散り、高々と積み上げられたちんすこうの箱や珊瑚細工が業火に呑まれる光景が閉じた瞼に浮かんだ。先ほど路上ですれ違った女が爆発を見たかどうか、俺は考えずにはいられなかった。


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