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aloneさん

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命を吹き込む

15/09/15 コンテスト(テーマ):第九十一回 時空モノガタリ文学賞 【 アニメ 】 コメント:5件 alone 閲覧数:1139

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子供のころ、寝るまえに母が話してくれた一匹のトラのお話が大好きだった。
困っているネコの女の子を助けたり、みんなをいじめる悪いライオンをやっつけたり、トラはいつも誰かのために頑張っていた。
悲しくて涙を流したこともあれば、興奮のあまり眠れなくなったこともあった。トラの活躍が知りたくて、もっと話してと母にせがんだこともあった。
トラのお話は面白くて好きだった。でももっと大好きだったのは、トラのお話をしているときだけは、母が楽しそうに笑ってくれていたことだった。

父は仕事がすべてのひとだった。母との結婚自体も、仕事における手段のひとつだった。
形式的に母と夫婦になり、儀礼的に僕が生まれた。そこに愛情とよべるものはなかった。
父は母と僕に完璧さを求めた。完璧主義である父は自らに関わるものすべてが完璧でなくては満足しなかった。完璧でなくては仕事に支障がでる。それが父の口癖だった。
料理は父が求める瞬間に用意されていなければならなかったし、衣服には皺ひとつあってはならなかった。もし少しでも過ちがあれば、父は激しく罵り、ときには暴力をふるった。
僕は優秀な子供でなくてはならなかった。優れた成績、優れた学歴。もし悪い点が少しでもあれば暴力が待っていた。だから恐怖心から、必死に勉学に励んだ。
そんな僕にもひとつだけ趣味があった。それはパラパラマンガを描くこと。もちろん、主役は一匹のトラだった。
勉強の合間をぬって、ノートや教科書のすみにトラのお話を描いた。さいわい父は成績にしか関心がなく、ノートなどを見るどころか、勉強中の様子すら見にくることはなかった。
パラパラマンガを描いているときだけは幸せだった。頭のなかで母の声が反芻され、母の笑顔が想起された。
母のお話は小学校に入ったころ父によって止めさせられた。母はお話のとき以外、けっして心から笑うことはなかった。だから母の笑顔は最後のお話以来、一度だって見ることはなかった。
僕は父の求める完璧さを満たし、優秀な学歴を積んでいった。そしてトラのパラパラマンガもその数を増していった。
都会の有名大学に進学するにあたって、僕はこの家をついに出ていくことになった。母をひとり残していくことは心苦しかったが、父の完璧さを損なう恐怖心が心に深く根付いてしまっていた。

「彼女が死んだ。葬式をやるから帰ってこい」
大学に入って半年、唐突に父からそう電話があった。感情を感じさせない、業務的な響きだった。
すぐに帰って病院に向かうと、母の顔は白い布のしたに隠れていた。入院していたことすら、僕は知らされていなかった。
死因はがん。病院に運び込まれた時点で、すでに取り返しのつかない状態だったらしい。きっと父への恐怖心から、母は痛みも我慢して完璧さに応えていたに違いない。母は父に殺されたも同然だった。

僕は母の葬式には出なかった。それは父に対する、初めての反抗だった。
僕はあのパラパラマンガを描いたノートや教科書をすべて持ち帰った。僕なりの、母への弔いをするために。
パラパラマンガを一枚いちまい丁寧に写真で撮り、画像データとしてパソコンに取り込んだ。作業をすべて終えるのに、寝る間を惜しんでも何日もかかった。
ようやく取り込み終えると、今度はすべての画像を連続してつなぎ合わせ、ひとつの動画を作りあげた。長さは一時間弱にも及んだ。
僕は母のことを想いながら、再生ボタンを押した。そして母のお話に出てきた一匹のトラは、命を吹き込まれ、動き始めた。
つたない絵で始まった。まだ描き馴れておらず、トラの動きもぎこちない。でも時間が進むにつれ、絵はしだいに上達していった。
トラは流れるように動き、困っているネコの女の子を助けると、今度はみんなをいじめる悪いライオンをやっつけた。
細かな描写が加わり、トラが表情豊かに振る舞う。わずかな差異が悲しさを表現し、涙を誘う。脳裏で母のお話が想起されてくる。
打って変わり、トラは躍動感たっぷりに動き出す。次々に敵を負かしていき、その動きの迫力には手に汗を握る。母が興奮しながら話す姿が思い出されてくる。
しかし幸せだった時間も終わりが近づき、動画は終盤に入る。そして描いたおぼえのないシーンが始まった。
トラはゆっくりと歩き続けていた。足取りはおぼつかず、つまづくような様子もある。しまいには立ち止まり、その場に力なく倒れ込んだ。
苦しそうに肩で息をしている。病でも患っているようだ。けれどゆっくりと顔をあげると、こちらを向いた。そして、
僕に向け、笑みを浮かべた。

「がおーッ!」
ママがトラの鳴き声をまねた。ぼくはベッドに入り、枕もとのママを見上げていた。
一匹のトラは元気よく走りまわり、ベッドのうえで悪いライオンを追いかけていた。
それを見ながらママは、ぼくと一緒に、心から楽しそうに、笑っていた。


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このストーリーに関するコメント

15/09/15 alone

近頃はパクリに敏感な世の中なので先に述べておきますが、この作品はケン・リュウさんの『紙の動物園(原題:"The Paper Menagerie")』に感銘を受けて書いた作品になります。
『紙の動物園』の素晴らしさには遠く及ばない作品ではありますが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

15/09/22 光石七

母親が寝物語に語ってくれたお話に描き続けていたパラパラ漫画、それがパソコンでつなぎ合わされ動画となって命を吹き込まれたとき……
ラストは救いですが、悲しく切なくもあります。
雰囲気のある素敵なお話でした。

15/09/22 alone

光石さんへ
読んでくださり、ありがとうございます。
アニメーションはもともとラテン語のアニマ(霊魂)に由来するものだそうなので、シンプルに命・魂を吹き込むというようなモチーフに今回はしてみました。
良い話を最近書いていなかったから救いのあるラストにした次第ではありますが、楽しんで頂けたようで幸いです。
感想を書いていただき、ありがとうございました。

15/09/22 つつい つつ

お母さんを想いながら作り上げた動画の描写から寂しさや悲しみが伝わってきました。すごく良かったです。

15/09/23 alone

つついさんへ
読んでくださり、ありがとうございます。
見せ場として動画の描写があったわけですが、描きたかった雰囲気などがちゃんと伝わっていたようで安心しました。気に入って頂けたようで良かったです。
感想を書いてくださり、ありがとうございました。

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