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滝沢朱音さん

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愛妻と、祭のあとに。

15/09/07 コンテスト(テーマ):第九十回 時空モノガタリ文学賞【 祭り 】 コメント:13件 滝沢朱音 閲覧数:2369

時空モノガタリからの選評

冒頭部の剣の例えや本妻と愛人の比喩が、奏者の力量の差や、バンドを掛け持つ者の心境を的確に表していて、本格的な音楽ストーリーでありながら、万人に読みやすく、感情移入しやすい、完成度の高い作品となっていたと思います。その時は分からなくても、後から振り返るからこそ分かることが、人生には往々にしてあると思います。音楽フェスの映像を眺める主人公の複雑な心境にはとても共感できました。

時空モノガタリK

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 それは、剣先が触れ合うか否かの瞬間、相手の力量を見抜いてしまうようなもの。

 転校してきたばかりの君が軽音楽部の見学に来たとき、僕がギターをわずかに鳴らしただけで、君は落胆したはずだ。
 なのに僕ときたら見せ場はこれからとばかり、いかにも上級者な顔で、わざとハーモニクス音でチューニングしていたのだから。
「いつからドラムやってるの?」
 部長でもあるベースが尋ねると、君はこともなげに「小一からです」と答えた。
「じゃあ、もうドラム歴七年てこと?」
 中学デビュー組の僕らの驚きを尻目に、君は部のぼろぼろのドラムをあっという間にセッティングし、八小節ごとに見事なタム回しをしながら叩いてみせた。
 うまいなとは思ったけれど、その演奏がどれだけ凄いレベルのものか、そのときの僕らにはわからなかっただろう。
 それでも君は、僕らのバンドに入ってくれた。
 中三の夏、活動できるのは文化祭まであとわずか。ドラマー不在の僕らが切羽詰っているのを見て、断り切れなかったのかもしれない。
 凄腕ドラマーを得た僕ら三人は俄然張り切り、譜面を片手に邦ロック曲を夏中リピートし、三曲だけなんとか仕上げた。
「たった三曲じゃ時間が余りすぎるね。もうちょっと増やす?」
 文化祭を目前に控えた秋、僕らは悩んでいた。
「何言ってるんだよ、とてもじゃないけど練習が間に合わない」
「他の一、二年の奴らは、曲を通せるかも危ういくらいだしな」
 二年生の君は発言を控えていたが、ある日ついに口を開いた。
「僕、学外の同級生と組んでるバンドがあるんですけど、レパートリー増やすために、そいつらをゲストに呼びましょうか? その間、先輩方はトリプルボーカルでどうでしょう」
 そう発言するまで君がどれほど悩んだか、そしてそれがどれだけ屈辱的なことかも知らず、僕らは無邪気にはしゃぎ、その提案を受け入れたのだった。

 複数のバンドをかけもちすることは、しばしば浮気に例えられたりもする。
 一方は妻、一方は愛人。
 僕らは、このバンドこそが君の正妻≠セと思い込み、疑いもしなかった。

 追加曲の三曲、僕らは言われたとおり歌の練習だけ重ねた。
 愛人≠早く呼んで音合わせしたいと急かす僕らに、「都合がなかなか合わなくて……」と苦笑しつつ、君がゲストの二人をようやく教室に招いたのは、文化祭の前日、最後の練習だった。
「たった一度の練習で、仕上がるわけないだろ!」
 そう危惧し君を責めていた僕らは、やってきた愛人≠ェ難曲をやすやすと完全コピーで演奏することに驚き、黙るしかなかった。
 それでも僕らは、まだ正妻≠フつもりでいた。
「おまえら、なかなかやるじゃん。中二とは思えないよ」
 彼らの前で年上らしく毅然とふるまう僕らの姿は、まるで「うちの主人がお世話になってるみたいで」と皮肉を言ってみせる古女房のように見えたかもしれない。

 文化祭のステージでなけなしの三曲を披露したあと、愛人≠フ二人をゲストに呼び入れた僕らは、楽器を外し堂々とフロントに立った。
 準備の間、君は後ろからコーラスマイクで話し、場をつなぐ。
「先輩方、三年間お疲れ様でした。僕が先輩方と一緒に演奏できるのはこれが最後です。なので、僕らの演奏であと三曲、先輩方に歌っていただこうと思います。よろしくお願いします!」
(最後……?)
 頭の片隅に浮かんだ違和感を、愛人<oンドの凄まじい演奏が掻き消した。さっきまでとは明らかに違うどよめきが、雷雲のように体育館の天井で急成長する。
 圧倒的なグルーブで一気に浮足立つ観客。甘やかされた僕らは、その前でただ歌った。

「これまでありがとうございました」
 祭のあと僕らと握手する君は、ようやく荷を降ろしたような顔。それとない別れに、僕はなおも縋った。
「受験が終わったら、また音合せしような」
 密やかな懇願に君は決して頷きはせず、口元だけ緩めた大人の笑みで答える。その柔らかな拒絶に、どこか裏切られたとさえ感じた。
 それほどまでに、僕らはわかっていなかったのだ。
 麓から見上げた頂上の高さは、登って麓を見下ろした者にしか、真に実感できないものだということを。


 文化祭ではない、音楽フェスのライブ映像を見ながら、僕は子どもに自慢する。
「コイツら、お父さんの後輩だよ。一緒にライブもやったんだ」
「えっ、ホント? すごい!」
「受験で仕方なく解散したけど、あのバンドは惜しかったなあ」
 大人になった僕がつく嘘に、もし救いがあるとするならば。
 今の君は、途轍もない高みから俯瞰しつつも、その高さを感じさせないよう、必死に麓まで音を届けている。そのことを今ならはっきり理解できていることくらいか。

 かつての音仲間よ。僕にとって君は、唯一の存在だった。
 君には、そうでなくても。


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このストーリーに関するコメント

15/09/08 メラ

滝沢さん、拝読しました。

ずっとバンドマンだった僕にとって、とてもリアルな話です。
そうなんですよね、レベルの差がすごいあるのに、中高生レベルだと、その差が感じれない。
柔らかな拒絶、大人の微笑み。うんうん、こういうのあったなぁって感じです。した事も、された事もある。面白かったです。ありがとう。

15/09/08 メラ

滝沢さん、拝読しました。

ずっとバンドマンだった僕にとって、とてもリアルな話です。
そうなんですよね、レベルの差がすごいあるのに、中高生レベルだと、その差すら感じれない。
大人の微笑み。柔らかな拒絶。うん、したこともあるし、されたこともあるな。
面白かったです。ありがとう。

15/09/08 夏日 純希

長編だと中々スポットライトが当たらない視点ですが、
掌編だといい味の出る作品に仕上がるものですね。

最後のワンフレーズは胸にキュンと来ました。

15/09/10 草愛やし美

滝沢朱音さん、拝読しました。

久しぶりの得意分野、音楽作品、さすがに伸び伸びと書いておられますね。またまた私にとっては知らないことばかりのこの世界、朱音さんの作品を通して、ちょっぴりだけ知って楽しんでいます。今回は愛人と本妻の話、凄いたとえですが、音楽面に全く知識のない私でも頷ける内容でした。
朱音さんはやっぱり上手いですねえ、素敵な書き手だなあとあらためて思いました。

15/09/12 滝沢朱音

>メラさん
ありがとうございます!
メラさんにリアルだと言っていただけてうれしい&光栄です!
「した事も、された事もある」
たぶん、この主人公もそうなんだと思います。
あー、わかってもらえた!って感じ。さすがです。

>夏日さん
読んでくださってありがとうございます♪
長編ではゼッタイ難しいですよねえ、この視点。でも夏日さんなら?!
締め切り間際、タイトルと締めの言葉に悩みながらの投稿でした(笑)←恒例行事

>草藍さん
わー、草藍さんに書き手として褒めてもらえるなんて、めっちゃ光栄です(*ノェノ)
愛人と本妻の例え、バンドやってて昔からよく実感することなのでした。
もしどちらも対等な妻として遇するとしたら、ハンパない度量&力量&マメさが必要だなあ、なんて(笑)

15/09/13 冬垣ひなた

滝沢朱音さん、拝読しました。

好きなバンドがいるので音楽雑誌はたまに読むのですが、滝沢さんの目から見た世界観には、いつもとても心惹かれます。
妻と愛人。ちょっと後ろめたさを感じさせる表現は、言い得て妙ですね。
主人公は帰らぬ「夫」の行き先をずっと眺めていたのでしょうか。最後の一文が心に残りました。

15/09/13 クナリ

音楽的センスは清清しいまでにマイナスをひた走る自分ですが、そうした人間にも伝わりやすく書かれていることと、現実的な人間の感情が描かれていることで置いてけぼりにならずに読むことができました。
主人公の切ない無力感は、他人事とは思えませんね…。

15/09/16 そらの珊瑚

滝沢朱音さん、拝読しました。

掌編において、出だしの文章はこうであるべき、というお手本のようなニクイ最初の一行ですね!
本妻かと思っていたら自分は愛人だったと悟ったさみしさや、それでも青春のある時間を共有していたという誇らしさ、複雑な切なさが絶妙に伝わってきました。
私も学生時代、アマチュアバンドで活動していたことを思い出し、
なつかしさで胸がいっぱいになりました。

15/09/19 霜月秋旻

滝沢朱音様、拝読しました。
バンドの掛け持ちを浮気に例えることで、音楽活動に無縁な読者にも共感を得ることに成功しているところが見事だと思いました。流石です。

15/09/22 滝沢朱音

>冬垣さん
ありがとうございます!
主人公にとっては、この中学最後の文化祭が、人生最大のインパクトを残したお祭りだったのではないかな、と想像しながら書きました。
プロの中には、かけもちのどちらも妻として遇している方もおられますが、たいへんな努力が必要だろうなと思いつつ、つい現実の結婚生活になぞらえて見てしまいます。笑

>クナリさん
ありがとうございますッ!
クナリさんはそんなことないと思うけど、私のほうこそ音楽的センスが皆無でして^^;
そのことへの思いや無力感は、この主人公に通ずるものがあるのかもしれないです…うぅ

>そらのさん
ありがとうございます♪
最初の一行、ほめていただけてめっちゃうれしいです。
えっ、そらのさんもバンドされてたんですね!うわー、なんだか一気に胸が熱くなりました。
独特の世界がありますよね、バンドって。
いつまでもそれを引っ張ってきてしまった私は、バンドというものに永遠の片思いをしているのかもしれません。。。

>霜月さん
ありがとうございます☆
音楽活動にあまり縁のない方にも伝わっていたら、うれしいかぎりです。
小説で何かを伝えようとするのって、難しいけど楽しいですね。

15/10/07 たま

朱音さま、拝読しました。

うん、面白かったです。川口千里をイメージしながら読みましたが、中高生であろうと凄い奴はいるもんですね。
頂に立たなければ見えない風景ってあります。でも、それを見ることのできるのは一握りの人間でしょうか・・・いや、そうじゃないと、この作品は語っているようです。
つまり、その風景は共有できるのだということです。
そんなメッセージがこの作品を引き立てていますね。
ミュージシャンも、作家も、その頂に立つ人間です。そして、その風景をより多くの人たちと共有するために努力をしているのだと思います。
朱音さんもいつかそんな努力が必要になると思います。今から心の準備をしましょう^^

15/10/15 滝沢朱音

>たまさん
うれしいコメントをありがとうございます☆
川口千里さん!彼女が中学生くらいのときの演奏にびっくりした覚えが…
「頂きに立たなければ見えない風景も、共有できる」
素晴らしい言葉で表現していただいて、なんだかハッとしました。
共有という観点で小説を書く…!ありがとうございましたm(_ _)m

16/04/30 犬飼根古太

滝沢朱音さま、拝読しました。

未知の分野の話でしたが、とても読みやすく感情移入できました。

バンドのかけもちを浮気に例えるという事実を、センス良く物語の中で生き生きと表現させていらっしゃって素晴らしかったです。

正妻≠ニ愛人≠フドロドロした不倫のような三角関係にならず、それでいてご都合主義にもならず、不思議な温かさの残る読後感が素敵です。長い年月を経た主人公の言葉もとても印象的でした。

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