1. トップページ
  2. スケイプ・ゴートとエスケイプ・シープ

クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

投稿済みの作品

4

スケイプ・ゴートとエスケイプ・シープ

15/09/07 コンテスト(テーマ):第九十二回 時空モノガタリ文学賞 【 沖縄 】 コメント:5件 クナリ 閲覧数:1469

この作品を評価する

 サトウキビ畑の夜は、風や、森から鳴る音でやかましい。
 その葉蔭で静かに合わせた唇を離すと、金四郎の視線が私の体を、月明かりに沿って素早く這った。
 二人とももう中学二年だ。薄いタンクトップは無防備だっただろうか。沖縄の男女は、早熟だと聞いたことがある。
「金四郎、どうしても本土の高校行く?」
「俺は、畑は性に合わん」
 金四郎はもう、自分のことをワンと言わない。
「ノリ、お前元々ヤマトンチュだろ。な、一緒に行こう」

 小学校五年生の時に些細なことからクラスの中で居場所をなくし、それから度々上履きや教科書もなくし(正確にはクラスメイトによってなくされ)、同級生のストレス解消のための生贄となって自尊心もなくし、もうこうなったら命もなくしてしまおうかと考えていた私に、両親が与えた解決策が転校だった。
 熊本から移り住んだ時、沖縄の海と空はとんでもなく広く、別世界に来たようだった。
 浮かれた私はクラスですぐに友達を作り、金四郎と特に仲良くなった。けれど転校前の苦い記憶は、胸の中から消えはしなかった。
 サトウキビ畑の先にある、随分ラフに建てられた一軒家が、今の家だ。
 引越しの前に母がポツリと、「お父さんと私は、一生この町で過ごすんだと思っていたわ」と呟いた。あの、寂しげな響き。私のせいで生まれ故郷を離れた両親。この家は、私の罪悪感を毎日煽り立てた。
 そのため、感謝の気持ちとは裏腹に、私の両親への態度は悪化の一途をたどった。私を気遣い、腫れ物に触るように接して来る両親に、いらついて仕方がなかった。
 やがて、私は毎夜金四郎と会うようになった。
 私達は毎晩、キスをする。
 絆創膏のようなキスを。
 感情の熱による火傷は、そんなものでしかかばえなかった。

 本土行きは少し考えさせて欲しいと言って、私は金四郎と別れた。
 腕時計を見ると、二十一時を回っていた。もう帰らなくてはまずい。
 サトウキビの間の家路を急ぐ。
 父と母を傷つけたいわけじゃない。親の癖に子供を助けてくれないなどと、侮辱したいわけでもない。
 あの人達は――充分やっている。
 誰の何の役にも立たない、私なんかのために。
 引っ越して欲しくなんかなかった。自分達のいたい場所を犠牲にしてまで、救ってなんて欲しくなかった。
 あの二人は親で、私は無力な子供なのだから、助けてもらって当然だなんて思えなかった。
 私が二人の子供でなければ、両親はこんな苦労はしなくて済んだのだ。いじめられたりしないような、普通の子供であれば。
 私は逃げた。普通以下の私のせいで、両親にも逃げさせた。
 そうまでして生きていたくなんてなかったことには、引っ越した後で気づいた。お陰で、死なずに済んだ。

 家に着くと、庭の水道で頭から水をかぶり、服を全部脱いで絞って抱え、裸で家に入った。
 床に水の跡を残さないように気をつけながら、居間でテレビを見ている両親に廊下から「ただいま」と声だけをかけて、二人の「お帰り」を背中で聞き、部屋に入る。
 素肌のままベッドに転がり、携帯電話で金四郎にかけると、向こうはまだ帰宅の途中だった。
「ねえ金四郎、私今、裸で部屋にいるんだよ」
「……お前、何……」
「私達はさ、私達のしたいことをしようよ。……来る?」
 これでやられちゃうかなあ、と思った。
 けれど、金四郎は少しの間黙った。
 それで、私も我に帰る。
「ごめん。私、今のちょっと違くて」
「だよな。お前今別に、そんなことしたくないだろ」
 金四郎の声は優しく、私を見通していた。
 私は、また逃げたいだけだ。
 今金四郎を呼ぶのも、本土へ駆け落ちするのも、全てはただの逃げ直しだ。
 情けない。でも前は、逃げるくらいなら死んだ方が楽だと思った。今の私はその頃より、いくらか持ち直しているのだろう。
 そして、逃げたくなければ逃げなくても良い。
 それを私は、自分で決めて良い。
「ノリ。沖縄、好きか?」
「うん」
「ここにいたいか?」
「うん。楽しいし、皆好きだよ」
「そうか。じゃ、また明日な」
「金四郎」
「ん」
「かっこつけすぎ」
 うるせえ、と笑って、電話は切れた。

 私はパジャマを着て、居間へ向かった。
 私は回復して来ていると、両親に伝えなければいけないと思った。
 始めにまず、何と言おう。
 いじめられてスミマセンはやめておく。
 反抗的でゴメンネもどうなのだ。
 助けてくれてアリガトウは照れくさい。
 まあ、そんなに深く考えなくても良いか。親子なんだし。
 建てつけの悪い居間のドアの隙間から、暖色がかった光とテレビの音が漏れていた。
 家族の空間は、まだここにある。両親が守ってくれている、温度。
 くそう、やっぱりゴメンネからのアリガトウか。
 赤面を自覚して。
 私は、ノブを回した。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/09/07 クナリ

スケイプ・ゴートは「生贄」という意味の慣用句ですが、エスケイプ・シープはそれを筆者がもじったもので、慣用句としては(おそらく)実在しません。
していたらすみません。

15/09/07 こぐまじゅんこ

拝読しました。

すてきなお話ですね。
親子の関係が、うまい具合に描かれていると思いました。

15/09/09 クナリ

こぐまじゅんこさん>
いい話書くのもっそい苦手なので、そう言っていただけて嬉しいです。
家族というものの最も有難いことのひとつずつと最も勘弁して欲しいことのひとつずつは、それぞれ抽出して行くと、重なるものが
多い気がしてなりません。
「縁が切れずに続いて行く」というのは、その最たるもののような気がします。
物語を通して、肯定的な家族の形を表すことが出来れば――良いのですが。
コメント、ありがとうございました!

15/10/12 光石七

いつもながら、主人公の姿がリアルですね。親に対する感情とか、逃げるのと死ぬのとの比重とか、金四郎との関係とか。
主人公の体温や感じている空気、息遣いまでまざまざと伝わってきます。
家族はありがたいものけど、家族だからこそ難しいこともあると思います。でも、この主人公は一歩踏み出せそうですね。素直に見守ってあげたくなります。
タイトルも秀逸で、素晴らしいお話を堪能させていただきました。

15/10/16 クナリ

光石七さん>
自分めは、文章というものを書き始めてからこんにちに至るまで、幾度となく自問し、そして見出したのです。
他の何で人様に劣っていても、非リア充の描写だけは、余人に後れを取るまいという心意気で臨もうと…!(何か他にないのか)
従来よりいじめを話中で扱うことになった場合にはなるべく話の本筋に据えたい(そのいじめによる主人公への影響を乗り越えるきっかけまでは、少なくとも描きたい)と思っていたのですが、今回は敢えて、いじめそのものからは距離を置いたままエンディングを迎えるなど、あまりワンパターンにならないようにはしようとしております。
ワンパターン化を防ぎたいというのもあるのですが、残念ながら主人公が内向的で友達が少ないという傾向は打破できぬようであります…。それを敢えて、自分の長所であると言い張ろうと!
家族愛って、自分が書くとどうしても薄っぺらくなるんで控えてるんですけどね。そういう意味でも、今回は自分にとって異質な作品でした

ログイン