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トモシビさん

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花火と月と

15/08/31 コンテスト(テーマ):第九十回 時空モノガタリ文学賞【 祭り 】 コメント:0件 トモシビ 閲覧数:1021

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 PM19:00、地元の小さな祭りに来て、ユキと花火を見物している。
 彼女の頬と帽子が赤や黄色……様々な色に移り変わる。

 見回すと、子どもを連れた母親が、露店でリンゴ飴を買ってあげている。
 家族連れが多い。皆幸せそうな表情に見える。老人が独りで花火を見たり、カップルが焼きそばを仲良く食べていたり、この近くの高校生が学生服を着崩して、楽しそうに遊んでいる。

 花火は音を上げながら天に上り、瞬間、輝きを放ち果てていく。その様をどんな気持ちで、彼女は見ているのだろう。

 ユキは去年の冬に若年性癌と診断された。僕も彼女もまだ22歳。けれど、20代での発症も特別というわけではないらしい。僕はそれまで癌というのは、大人の病だと認識していた。彼女は大人なのだろうか。少なくとも僕は違う。
 ユキの気分転換にと、主治医の許可をもらい病院から徒歩10分の、この祭りに来た。けど、今は花火を見せたことを酷く後悔している。花火が一発……また一発と打ち上がり消えていくたび、抑えきれない思いが心に絡みついてくる。消えるな、そう念じてみても、花火は数秒で闇に溶けていく。
 大腸癌を切除してからも、再発防止のために抗がん剤治療を続けてきたユキの髪は、全て抜け落ちていった。いつかまた髪は元通りになるのだろうか。それともずっと……。

「終わったな、花火。来年も見に来よう」
「ぷ、ふふ、まただ。トオルって私の病気知ってから先の約束ばっかりするようになったよね。約束なんてなくても、私、生きるから……ね?」

意識させないように言っていたはずだったのに、全部ユキにはバレバレだった。けど良かった。狙ってもないのにユキを笑わせる事が出来た。彼女が笑ってくれるだけで一気に心が軽くなる。同時に、また少し寂しくなる。自分の感情がよく解らない。
 子どもだからなのかな、大人になれば解るのかな。
 
 PM19:45、花火はいつの間にか終わっていた。時計を確認した僕は主治医の、20:00までには病院に戻らせなさい、という言葉を思い出す。彼女も時計を確認した僕に気が付いたようだ。

「トオル、私の時間感覚っておかしいかも……あなたといる時間って1時間でも10分くらいに感じる」

僕は何も答えなかった。けど同じ気持ちだった。僕の言葉は軽くて頼りないから、代わりに彼女の手をぎゅっと握った。
病院に着いた。僕は帰らなければいけない。彼女も帰らなければいけない。

「トオル……来年は必ず退院して、浴衣着て行くから!」
「うん、ユキ」

 顔をお互いに近づける、ユキの柔らかい唇の感触が愛おしい。
 キスはいつもより長かった。唇を離してしまえば彼女が消えてしまうような気がした。
 このまま時間が止まってくれれば良いのに。
 デジタルの腕時計から聞こえるはずのない秒針の音が聞こえる。時間が僕たちを急かしている。もう、唇を離す時間だ。
 PM20:05。主治医の言った時間から5分オーバー。彼女とのさよならは、いつも5分オーバーしてしまう。

「花火、病院からだと味気ないの。だから、今日は本当にありがとう」
 
 彼女の背中を見送った後、病院に止めてあった自転車で家路を辿る。花火を見に行こうと言った自分が急に誇らしく思えた。単純だ。
 自転車で切る風は、思っていたよりも冷たい。赤信号でブレーキをかける。空を見上げると雲の隙間から月がのぞいている。
 世界中の闇を照らす月は、花火が終わった後の、ユキの笑顔を想起させる。あの笑顔に今まで幾度となく救われてきた。月は、誰も彼も隔てずに光をプレゼントしてくれる。僕も彼女にとっての月になりたい。彼女の強いところも、弱いところも、病気も……全て愛して、全てを照らす光になろう。花火でも構わない。

 青信号だ。僕はペダルを漕ぎだした。
 来年の、彼女の浴衣姿を思い浮かべながら。


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