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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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言葉はかたちにならないけれど、

15/08/24 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:4件 冬垣ひなた 閲覧数:1239

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玄関前に飾られたポートレートは、父と母、それにこの春中学生になったばかりのちとせが写っている。
年の離れた慶太が、手に馴染んだカメラのファインダーから覗く世界は、彼の置いた距離そのものだった。
いつだったか、母が手を繋ごうとしたその時、慶太は驚いて手を振り払った。その時の切ない父の顔を、ちとせはよく覚えている。
ずっと昔に貰ったモノクロームの写真もそんなぎこちなさの一つだった。
色のない五枚の花弁が幾つも集まり一つの花を形成していて、可愛らしいが大きな特徴はない。
「僕がいなくなったら、この花を思い出してほしい」
今にして思えばそれは慶太の心象風景そのものだったが、幼いちとせはそんな事も分からなかった。
「じゃ、ちとせね、お兄ちゃんとケッコンする!そしたら、ずっといてくれる?」
兄妹の仲は良かった。ちとせは、模範生だった彼の緊急避難場所だったのかもしれないが。
「二度と見ないもんね」、幼心に誓いちとせは写真をアルバムに挟んだ。
最近、慶太が仕事を辞め、住んでいたアパートを引き払って突然姿を消すまでは、ずっとそう思っていた。


「実は慶太は、俺たちの子供でなく、俺の姉さんの子供なんだ。ちとせには従兄にあたる」
そんな事を告白した両親は、慶太がこの家に迎えられた経緯を話し始めた。
慶太は父親のない子供だった。伯母の虐待が原因で児童養護施設にいた所を、当時不妊治療を受けていた両親が引き取ったのだという。
「あいつは俺たちに遠慮して早くに独り立ちしたが、いつも姉さんの影におびえていた。10年以上もほったらかしにしたのに会いたいなんて、おかしいと思ったんだ」
「私のせいだわ、私が慶太のアパートの住所を渡したりしたから……」
「お前のせいじゃない」
アパートを訪ねた伯母は、慶太の父親と思しき人が余命いくばくもないことを伝え、DNA鑑定の話を持ちかけてきたのだった。善意からではないらしい。
兄は、本物の家族から逃げたのだ。


家族になったり、家族じゃなくなったり。
そんなことに、きっかけがあるなんて。
ちとせは、主を失ったポートレートが急速に色を失っていくように感じた。
慶太の目には、最初から色なんて映っていなかったのかもしれない。家族の輪郭はそこに残されていたけれど、ちとせの記憶はこんなに鮮やかではなかった。慶太は自分の目に映るその色を、全部父や母やちとせにくれたのだ。
名前の知らないあの花を思い出したのは、そんなときだった。


「お願いします、8月に咲く花らしいんですけど、ネットでも分からなくて……」
ちとせは思い切って、花の写真を手に植物園を訪ねてみた。
「ああこの花ね」
小太りな職員はすぐに了解したような顔で戸棚の植物図鑑を取り出して開いてくれた。


その花は、陽光を拒んだような、ほんの少しくすんだ濃い青をしていた。
それでいて中心は黄味を帯びていて、小さな星を抱いた青い花弁は、緑の葉の海に漂っている。

『ワスレナグサ』

「これは6月くらいまでしか咲かないよ」
「え?」
「だからネットでも分からなかったんだね」
「でも、お兄ちゃんは8月って……」
「暑さに弱いんだ。この時期咲いてるとしたら涼しい所だね。北海道とか……。あと、長野にも群生地がある」
長野!お兄ちゃんは撮影旅行に行ってた!
家に帰ったちとせは、兄の部屋にあった膨大なアルバムの中から、根気強く長野の写真を探した。
「……あった!」
持っていたのと同じ、ワスレナグサの写真がカラーで残っている。
そのページに、封筒がはさんである。
中の白い紙にはこう書かれていた。

『感謝』

そして、封筒を逆さまにして出てきたのは、小さなビーズの指輪だった。
どの指にも入らなくなってしまった指輪の上に、ちとせの涙がこぼれおちたが、ぬぐう者もいない。
ごめんね、お兄ちゃん。
何もできなくて……。
みんな手を繋ぎたかったんだ。
円い、輪のような家族になりたかったんだ。
初めて知ったワスレナグサの青さだけが、ちとせの胸に焼きついた。


そして今年も長野の高原にはワスレナグサが咲いている。
青年がカメラを掲げシャッターを切っていると、親子連れが通りがかったので、足早に立ち去ろうとした。
「お兄ちゃん」
見ると、女の子が青年の帽子を持っている。
「忘れ物」
青年が黙って受け取ると、女の子はくるりと向きを変え両親のもとへ戻って行った。
慶太は曇天を仰いだ。
あの人たちは、どうしているだろうか。
家族でもないけれど……。
ポケットから出てきたのは道中の賽銭箱に投げそびれた5円玉だ。
神様に返せない、御縁。
子供の頃から乾いていた両眼は、涙で曇った。


――川面のワスレナグサは風に波打ち、彼の帰り道の一歩を待っていた。
その花言葉、「真実の愛」。
そして「私を忘れないでください」。


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このストーリーに関するコメント

15/08/25 冬垣ひなた

≪補足説明≫

両端の写真はストックフォト、中央の写真は「写真AC」からお借りしたものを加工しました。

15/08/28 光石七

拝読しました。
慶太の距離感が切ないです。理由を知るとさらに。
でも……きっと戻って家族になれるはず。
素敵なお話をありがとうございます。

15/08/30 つつい つつ

逃げ出したけれど、この家族はきっとまた4人で再会するだろうって思わせる絆が感じられて良かったです。

15/09/01 冬垣ひなた

光石七さん、コメントありがとうございます。

フィクションでも幸せになりたい気持ちは同じと思うので、
作者としても慶太と一緒に考えてみました。
同じ書く人の目から見てどうなんだろうと気になっていましたが、
そう言っていただけて嬉しいです。


つついつつさん、コメントありがとうございます。

ラストを決めるのには、今までで一番迷った作品です。
掌編できちんと書けるか不安でしたが、彼らの絆を感じていただけて良かったです。

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