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ケイジロウさん

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三本の煙草

15/08/24 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:1件 ケイジロウ 閲覧数:966

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 「お前の背中はまるででたらめやぞ」
 まいったな。いやぁまいったな。そもそもなんであんなことを言われなくてはならないんだ。しかも見ず知らずのおじいさんに。
 嵐電の踏切がポワァンポワァンポワァンと間抜けな音を出している。空っぽの電車が僕の横をだるそうに通り過ぎていった。昨日の雨で桜がだいぶ散ったことに、電車からの風圧で舞い上がった花びらを見て気付いたが、なんの感情もわいてこない。だからどうしたというのだ。
 昨日の豪雨が嘘のような快晴の空の下を、僕は北野白梅町駅からゆっくりと西に歩いていた。等持院あたりにある大学の先輩の部屋に着くまでに色々考えを整理しておく必要がある。今日はアナキズムについて議論を交わす予定になっているのだ。と言えば、かっこよくなるが、明日〆切の政治思想史のレポートを見てもらおうと企んでいるだけだ。書籍の情報を丸写ししただけだとばれると全く相手にされないことを知っているので、<アナキズムとは何なのか?>を自分の言葉で説明できるようにしておかなければ会う意味がなくなる。
 ただ、いくら集中しようとしても、いくら丸写ししたレポートを読み直そうとしても、あのおじいさんの言葉が耳の奥の方で繰り返し鳴り響き、それが私の心と思われるあたりにずっしりと圧力をかけてくる。いっそうのこと駅まで引き返し、あのおじいさんに「先ほどおっしゃられたお言葉、どういう意味なんですか?」と尋ねようかとも考えたが、答えを聞くことが怖かったのか、結局辞めた。それに、駅まで引き返していたら、先輩と会う約束の時間に確実に遅れてしまう。
 あれこれ考えているうちに、いつの間にか先輩の部屋の前に僕は立っていた。
 「誰や?」
 ドアの向こうから眠そうな先輩の声が聞こえた。
 「あ、僕です。」
 ドアが開いた。クシャクシャの髪を掻きながら、眩しそうな目で僕をのぞき込んできた。部屋の中は暗かった。タバコとアルコールと男の匂いが僕を経由して外へ逃げ出していく。
 「あ、そうかそうか、そうやったな、まぁ入れや。」
 どうやら昼寝をしていたようだった。円形のちゃぶ台の上には空っぽのウイスキーの瓶と、満タンの灰皿と、『アナキズムの美学』というボロボロの本がそれぞれ整頓されて置かれている。先輩は、枕代わりにしていたと思われる二枚の座布団のうち一枚を僕の方に放ってよこすと、仰向けに寝転がりタバコに火をつけ、目を閉じた。
 「なんや、どうしてん?なんか元気ないやん、女に振られたんか?」
 この質問は英語でいうところの<How are you?>であることは十分承知している。すなわちあまり中身のない質問であり、僕は「まぁそんなとこです(I am fine, thank you)」とでも答えておけばよいことは知っていたし、そう答えようとした。しかし、その時なぜかわからないが、他の言葉たちが喉からあふれ出てきた。心と思われるあたりをギューギューと圧し続けているものを一刻も早く吐き出してしまいたかったのかもしれない。脳内で行われている活発な化学反応に終止符を打ちたかったのかもしれない。
 「実は・・・、」
 僕は北野白梅駅町前に座っていたおじいさんのこと、そのおじいさんに言われたことについて、何度も何度もあくびをしている先輩など気にも留めず、一気に話した。できるだけ笑い話っぽく話そうと挑戦したが、僕の目は全然笑えていなかったと思う。口元は引きつっていたと思う。
 「ハッハッハッ、あのじいさんか。オレも知ってるわ、そのじいさん。この辺ではちょっとした有名人やで。」
 どうやら聞いていたようだ。先輩はそこで新しいタバコに火を付け一口呑んだ。先ほどまで吸っていたタバコは、いつの間にかきれいに灰皿に収まっていた。灰ひとつこぼれていないところを見ると、寝ている時も起きている時も原則、寝転がっていると推測される。
 「あれな、実はハトに言ってんねん。オレ、何回かそのじいさんを観察したことあんねんけど、最初独り言かな、と思ったりもしたけどよく見てると、あれな、実はハトに言ってんねん。」
 「いや、でもその時ハトなんてどこにもいなかったと思いますよ?」
 「ホンマか?パン屋の上とか、タバコ屋の上とか、ちゃんと確認したか?」
 「いやぁ・・・、そこまでは確認してないですけど。」
 先輩は突然起き上がると窓の方に歩いていき、カーテンを両手で一気に開けた。春の光が僕の頬を打った。先輩は新しいタバコに眩しそうな顔をしながら火をつけた。
 「オレはな、結局あのハトみたいな背中になりたいねん。」

 帰り道、僕はおじいさんが言った言葉と日付を手帳に記した。顔を上げると、枝に無秩序にしがみついている桜の花が目に入った。よくわからないが、僕の心と思われるあたりに、爽快な風が入り込んできたような気がした。


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このストーリーに関するコメント

15/08/30 松山

ケイジロウさん、拝読致しました。

北野白梅町駅から西に歩く・・私にはハッキリ見えて来ました。
確か歩き始めるとすぐに右手に薬局があったのでは?左手はスーパーだったかな?
椋が住んでいた時に歩いた道です。
主人公は学生ですね。凄くリアルに描かれています。読んでいると一コマ一コマ目に浮かんできます。

「お前の背中はまるででたらめやぞ」の言葉はハトに言った・・・
面白かったです。有難うございました。

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