そらの珊瑚さん

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驟雨

15/08/24 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:13件 そらの珊瑚 閲覧数:2020

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 放課後、中学校の西向きの図書室には、まぶしいばかりの光が降り注いでいた。

 全校六百人ほどの生徒の中で、読書なんて今時流行らない趣味を持つ人は、おそらく少数派だ。調べ物ならパソコンで事足りるし、物語が好きならば漫画のほうが手っ取り早い。
 すすんで、というときこえはいいが、本音は、気の進まない役をやるくらいならという理由だった。読書好きな私が、図書係に立候補した理由は。
 週に一回、放課後の一時間だけ、図書室の貸出しの手伝いをするのは、それほど大変なことでもなかった。
 何より、四方を本に囲まれているその中にいる時間は、心安らかだった。
 小さい頃から私は引っ込み思案な性質だった。人とのやりとりのささいなことで傷ついたり、逆に自分が人を傷つけてしまうのではないか、とか、考えすぎてますます殻に閉じこもった。
 そうして本が唯一の友達になる。本が語ることは、時に残酷であったけれど、それはフィクションであるという安心感があった。
 けれども心の奥底で熱望していたのは、紛れもなく人間の友達だった。

「これ、お願いします」
 何度か見かけたことのある、おそらく同学年の男子が、古びた文庫本を貸出カウンターに差し出した。
 セピア色に変色した図書カードの名前の欄に『松山椋』と書き込まれている。
 私は日時のゴムスタンプを、今日であることを確かめて、押す。
 2004.10.25と青いインクで刻印された。
「……なんて、読むの?」
 本のタイトルに『驟雨』とあったが、それは初めて見る言葉であり、思わず彼に聞いてしまった。
「たぶん、しゅうう、かな」
「へえ、なんかかっこいい」
「だよね」
 彼と話すようになったきっかけは、今でもはっきりと覚えている。驟雨の読み方は教えてもらったが、それがなんたるかはまだ知らなかった。
「……なんて、読むの?」
 彼は私の左胸のネームプレートを指差した。
「私の名前? せんの さりゅう」

 漢字で『千野砂粒』と書く私の名前を、初対面で正しく読まれたことはない。
 せんの、は、いいとして、下の名前は、たいていは、すなつぶ? と聞かれる。
 小学校の頃、正しい読み方を知ったあとも、あえて、すなつぶと私を呼ぶ男子もいた。からかわれて、怒るというすべを持たない私は、そのたびになんでもない、ふりをして、やり過ごした。
 私は自分がなんのとりえもない、ただのすなつぶになった気がして、ひどく嫌な気分だった。そういういきさつもあり、自分のその名前も嫌いだった。

「へえ、かっこいいね」
 まるでゲームのようなおうむ返しの会話は、そこまでだった。
「どこが?」
「だって、さりゅう、だなんて、かっこいいっていうしか、いいようがないよ。フランス語でサリューっていう単語もあるしね」
 初耳だった。自分の名前が行ったこともない外国の言葉であったことが、目の覚めるような驚きだった。
「どんな意味?」
「確か、さよなら、とか、こんにちは、とか、いわゆる軽いあいさつ、だったかな」
「さよなら、と、こんにちはが、一緒だなんて適当だね」
「うん、適当で、かっこいいね」

 私に友達と呼べる最初の人は、眼鏡を掛けていて、とても物知りだった。彼の影響で私は『驟雨』の作者の吉行淳之介のファンになった。彼の描く世界こそ、まさに適当でかっこよかった。
 現代では失われた赤線について、話し合う中学生は私たちくらいのものだったかもしれない。

 いつだったか、彼が話してくれたことがある。将来、生き延びて、自分の書く小説の主人公の名前を、さりゅう、としてもいいか、と。とても控えめでいて、けれど芯のある声だった。
 彼は小さい頃から、身体が弱く、入退院を繰り返していたという。
 私は胸がいっぱいになり、ただうなずくばかりだった。

 あの時も、図書室の窓辺からは見慣れた西日が降り注いでいた。彼はその光を浴びて、透けそうなくらい、輝いてみえた。

 ああ、もしかしたら、この光こそ、すなつぶであり、驟雨ではないか。

 そう思い当たったのだが、言葉にして彼に伝えられなかったことが今でも悔やまれる。
 口を開けば、泣いてしまいそうだったから。


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このストーリーに関するコメント

15/08/24 そらの珊瑚

画像は「写真素材 足成」さまよりお借りました。

15/08/24 松山

そらの珊瑚さん、椋のことをよく御存じですか?

吉行淳之介の事、フランス語の事、読むにつれ会話が椋の声で私の耳に飛び込んできます。

小説はよいでね。2か月経って椋の声が遠くに感じていたのですが鮮明に私の脳裏に刻みこまれました。   有難うございます。

15/08/24 そらの珊瑚

松山さん、読んでいただきまして、ありがとうございました。

この物語はフィクションであり、松山椋さんのことは存じ上げませんでしたが、
Twitterを読ませていただき、知り得た情報を基にさせていただいております。
フランス語のことはまったくの私の想像の産物でしたので、そう言っていただけて、ただただ驚いています。

コメントを読ませていただき、お父様に本当に愛されていたのだなあと感じています。
心より、お悔やみ申し上げます。

15/08/24 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

とても日常的な世界なのに、会話が光を浴びた砂粒のようにキラキラ光って見えるのは、
珊瑚さんの世界観で語られたストーリーだからでしょうか。

「驟雨」という言葉、私も自分の小説で使ったことありますが、激しい雨という意味ですが、
普通はこんな漢字は知りませんよね。

読み終わった後に、切ない余韻が残る作品でした。

15/08/25 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

イメージがとても良く伝わってきました。驟雨、急に降りだして辺りも雨粒の勢いでけぶってしまい見えないほどに……砂粒のような光に透けるような彼。とても素敵な表現でジーンときました。

フランス語かっこういいですね、そういえばスペイン語でサルーってあったよなあと漠然と考えています……。

15/08/26 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、読んでいただきまして、ありがとうございました。

驟雨というと、私は広重の描いた雨の糸を思い出します。実際に自分も雨は糸のようだなあと思ったこともありました。
日本の風土において時代は変わってもその風景は変わらないものであり、おそらくこの先もそうであると。
難しい漢字ですよね。読めても書けません。

15/08/26 そらの珊瑚

OHIMEさん、読んでいただきまして、ありがとうございました。

ハイセンスだなんて、穴が入ったら入って幼虫からやり直したい蝉になった気分です。(笑い)
ええ、わかります。雨は時に慈雨でもありますもの。
救い、感じていただけて感謝します。同時に私も救われています。

15/08/26 そらの珊瑚

草藍やし美さん、読んでいただきまして、ありがとうございました。

古い歌ではありますが、「アカシアの雨がやむとき」という歌で意図されたものも本当の雨ではなくて、アカシアの花がまるで雨のように降っている情景だという説もあるそうです。
それもまた驟雨なのかもしれませんね。
スペイン語で乾杯を意味するのですね。それもまた素敵な言葉です♪

15/08/26 滝沢朱音

えっ!これ、フィクションなのですか…すごい!!
ほんとうにそうだったのではないか、と思ってしまいました。
さりゅうを主人公にした椋さんの小説、実現したらどんなに素敵だっただろう。
驟雨、美しい言葉ですね。小説の題名でもあるのですね。
そらのさんの小説、言葉のはしばしまでめぐらされた糸が
いつもながら儚く美しくて、好きです。(愛の告白?w)

15/08/28 光石七

拝読しました。
素晴らしい哀悼作品であると同時に、珊瑚さんらしい美しく優しいお話ですね。
普通の中学校の図書室が舞台なのに、キラキラ輝く光の粒が眩くて切なくて……
素敵なお話をありがとうございます!

15/08/30 冬垣ひなた

らの珊瑚さん、拝読しました。

珊瑚さんの美しい言葉が光る幻想的な物語で、とても心惹かれました。
「サリュー」、フランス語を知らない私にも響きが伝わります。
余りにも素敵過ぎてうまく感想が述べられないのですが、
彼を照らすこういう光もあったのかと思うと切なく、
同時に温もりが伝わってきました。

15/08/31 鮎風 遊

砂粒、良い名前ですね。
なにか文学者が好むような感じがします。

実は図書館はミステリーランド、
いや違う惑星、最近そんな気がしてます。

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