タックさん

何を書いても平凡なのが悲しい。

性別 男性
将来の夢
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偶像

15/08/24 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:4件 タック 閲覧数:1125

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 ある中学生の詩が、世間の耳目を集めていた。
 その詩はいわゆる正規の手段を持って発表され、世間に広められたわけではなかった。中学生の病死という不幸の事象が引き出しに篭められていた精神を表出させ、一人の詩人へと、少女を変貌させたのだった。中学生は夭折した早熟の天才として才覚を人々に感嘆され、また多くの人々に、その非業の死を悼まれていた。その注視は主に、陽へと傾いていた。中学生の残していた数少なくない、死と暗黒と性刺激にまつわる詩は存在すら、「悲痛を愛する純粋人」の視界外へと追いやられていた。人々の望まぬ姿は打ち消され、望む姿のみが、巷間には漂っていた。「悲運の死」と「女子学生」というファクターが自由な詩人の方向性を、本人不在のなかに色濃く、形作っていた。

 彼女はこの状況を、一人の(未だ生まれていなかった)詩人として如何に、感じているものだろうか。
 中学生の内臓を人々は好みに味を付け、賞味し続けていた。

 ある青年の戦いが、世間の注目を浴びていた。
 青年には弟がいた。青年の弟は将来を嘱望された才能あるボクサーであったが不治の病に倒れ、道半ばでチャンピオンになるという夢と生涯を、途上の内に、終わらされていた。幼い頃より共に修練を積み、弟を愛し弟の夢を愛していた青年は、その未遂の夢を叶えるべく覚悟し、行動した。自らの人生を排し、信念のもとに、弟の宿願の成就を指針に生きることを決意したのだった。テストに合格し、青年はプロボクサーとなった。希望を胸に、夢への第一歩が踏み出されようとしていた。
 しかし青年は、弟とは異なり才能のあるボクサーではなかった。試合を行う度に生傷と敗戦数と焦燥は増え続け、感動の薄くなった世間は次第に、青年から身を引くようになっていた。青年は勝利のために骨身を削るように、精神と肉体の酷使を始めた。収入を埒外に置き、大よその時間を、練習へと注ぎ込むようになっていた。すべては、弟の悲願を叶えるためだった。死んだ弟の願いを自身の肉体を通し、具現させるための、すべては流血に過ぎなかった。青年は脳内に言葉を宿し、奮起するための決意を、心中において連呼した。眼前に立つ弟の幻想に歯を食いしばり、今は亡き弟へと、その声を掛け続けた。
「すべては、お前のために」「お前のために」「お前のために」「お前のために――」

 いつしか弟と妄念が青年の中で同義となっていた頃、試合中の不運な事故により、青年は半身不随の大怪我を負い、引退を余儀なくされた。実力の不足が、事故の近因であることに、間違いはなかった。
 夢を失った体を芯より慮る者は家族以外、他の何者も、現れることはなかった。弟の幻想は青年に一度たりとも何事たりとも、返答したことはついになかった。

 多くの死者が召され、多くの死者は概念となり、生者の傍に蘇った。
 死者は時に利益を生み、競争を生んで、物言わぬために従順に、生者のために機能した。概念としての死者はより、想像としての存在に、他ならないものだった。
 対面は、誤解だった。交感は、恣意的だった。人が死ぬことは、その側面を強くした。死は人を、共有の幻影へと、その姿を変えさせるのだった。

 いずれは誰もが、誰かの偶像になるのだろう。実像と隔たった虚像として、死後も生かされ、あるいは死なされ、他者の手により形をほしいままに、要望のままに整えられるのだろう。死を契機に。必然として。
 それは、希望なのだろうか。その逆であるのだろうか。
 窓外の日は落ちかけ、空は暗くなり、明日の気配が夕霞のなかに強く、感じられた。変わらぬ明日が変わらぬままに訪れそうな、そのような感懐があった。


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このストーリーに関するコメント

15/08/24 松山

旅立った人への思いやりが伝わってきますね。
また、その人の死を無駄にしないことの大切さ
伝わります。有難うございました。

15/08/28 光石七

拝読しました。
哲学的な内容ですね。
人は人を自分のフィルターを通してしか見ない。死者はものを言わぬ分、生者の都合のいいように解釈され偶像化されていく。それはいいことなのか、幸せなことなのか……
それでも人は人と交わり、自分なりにその人を受け止め、死者も自分なりに追悼するのでしょう。
興味深く読ませていただきました。

15/09/08 タック

松山さん、遅くなりました。コメントありがとうございます。

お読みくださり、ありがとうございました。
またコメント頂けたこと、誠に感謝しております。

15/09/08 タック

光石七さん、遅くなりました。コメントありがとうございます。

自分にはこうした作品しか書くことができませんでした。
表現としてもう少し上手くやれたとは思いますが、またこれが今の限界のようにも感じます。ご一読、ありがとうございました。

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