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泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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邂逅記

15/08/24 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:11件 泡沫恋歌 閲覧数:2586

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 まったく先生のていたらくには愛想が尽きる。
 夏木露山(なつき ろざん)は、帝国日本を代表する立派な文学者である。代表作の「猫の始末記」「膝枕」「これから」などは素晴らしい文学で深い感銘を受けた。そんな夏木先生に憧れて書生になったのだが、同じ屋根の下で暮らすようになると先生に対する幻想が壊れてしまった。
 駒込千駄木町に居を構え、先生の奥様とお子さんが五人と女中が住んでいる。先生の収入は主に大学で教鞭をとることである。いつも「文筆活動は金にならぬ」と嘆いておられる。

 実家は飛騨の大地主、三男坊の僕は東京の大学へ進学して自由な身分だ。
 父に文士になりたい夢を打ち明けたら「三十までお前の好きにしてもよい。いずれは国元に戻って分家を継げ」と言われた。父は俳句を詠む人なので、僕の気持ちを分かって援助してくれる。
 僕を書生に雇うため、夏木露山に大枚払って頼んだという。盆暮れには、米や味噌醤油、酒など飛騨から馬車で届けてくる。貧しい夏木宅の生活を裕福な僕の実家が担っているといっても過言ではない。
 先日、先生は奥様と大喧嘩をした。その原因は僕の実家から贈ってきた長崎の銘菓カステラを戸棚にしまっていたら誰かに食われた。その犯人が先生だと判って、奥様が憤慨して子供たちと女中を連れて実家へ帰ってしまったのだ。
 奥様が出ていって今日で五日目、先生は大学を休んで文士仲間たちと酒盛りだ。書生の僕に酒の肴を買ってこいというが、もちろん銭は僕の財布から。しかも「牛鍋が食べたい」とか言い出す始末だ。

 牛肉がどこで売られているのか分からぬ。どうしたものかと途方に暮れて、あてどなく馬車道を歩いていると、突然、男の怒号が聴こえた。
「このアマぁ、なめんじゃねぇー」
 人力車の前で車夫が若い娘相手に息巻いている。義を見て為さざるは、勇無きなり。
「もし、君!」
 二人の間に割り入って、車夫を牽制する。
「なんでぃ? 若造」
「今しがた、サーベルを差した巡査が通りかかったので、車夫が若い娘をかどわかすそうとしていると告げておいた」
「な、なにぃ!」
「今、交番から手勢を連れてくるぞ」
 僕は大声で「巡査さん、ここですよ!」通りに向って叫んだ。その声に車夫は慌てて逃げ出した。その背中に向って娘が不意に、

「すっとこどっこい、おとといきやがれ!」

 罵声を浴びせた。田舎者の僕は威勢のいい江戸っ子の啖呵に度肝を抜かれた。
「あ、あのう。大丈夫ですか?」
「車夫の野郎、釘を踏んだのはお前のせいだから倍払えとぬかしやがった」
 髪は西洋風の束髪、海老茶袴の楚々とした女学生が、乱暴な口を利くのに戸惑った。巡査は嘘だといったら、うふふと笑った。
「この近くで、文士の夏木露山のお宅をご存じない?」
「僕は夏木先生宅の書生です」
「まあ、偶然。案内してください」
 娘は江口鶴(えぐち つる)と名乗り、神楽坂から先生の奥様の使いで様子を見にきたという。風変わりな娘だが印象は悪くない。
「先生! お客さんです」
 玄関から声を掛けると、奥から先生が現れた。
「おや、鶴じゃないか」
「お久しぶりです」
「ところで……余の妻子は達者にしておるか?」
「はい。今はお子様を連れて湯河原へ湯治にいっております」
「ふむ、呑気なもんだ」
 そういうと鶴を上がるように促し、僕にお茶を出すように命じる。

 先生から聞いた話によると、鶴は奥様の幼馴染の娘で神楽坂の芸者の娘だ。妾腹だが父親は華族だという。文明開化の流れで女も学問を身に付けるため女学校へ通っている。成績は大変優秀らしい。
「先生、文士の皆さんはお帰りになったのですか?」
 酒瓶が転がる客間に鶴は通されていた。
「文学論で口喧嘩になって帰ってしまった」
 文士は熱い人物ばかりである。
「先生、私も文士になりたいの」
「ほお、鶴ちゃんが……」
 風呂敷包みから原稿を出した。さっそく数枚読んだ先生は感嘆の声をあげた。
「なかなか良いじゃないか! 文士仲間に紹介しよう!」
「……先生、女の文士なんて奇妙だ」
「失礼ね! 紫式部も清少納言も女ですわ」
 鶴が口を尖がらせて僕に抗議した、尤もだと自分を恥じる。

 後ほど、鶴の書いた小説を読んだが、女性の感性と表現力、他に類を見ない独創的な作品だった。夏木露山の後ろ楯で文壇に登場した鶴は、忽ち脚光を浴び「たけとんぼ」「墨絵」などの名作を生み出した。
 僕は鶴の才能にすっかり惚れてしまった。千通を超える文通の末、お互いを無二の存在だと知り、勘当覚悟で結婚の許しを乞うた。父は鶴の小説を読み終えて「一生、この人の傍に居なさい」と理解を示してくれた。晴れて夫婦となり、病弱な鶴を励まし、二人三脚で文学の道を歩むこととなった。
 あの日、鶴との邂逅が僕の人生を大きく左右する切欠となったのである。


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このストーリーに関するコメント

15/08/24 泡沫恋歌

この作品は、明治村だと思われる部屋で書生風の身なりの松山椋さんの写真を見て、イメージして創作しました。
明治の文学者たちの香りが少しでも醸せたらと思っています。

私は3年前に、創作仲間の女性4人で岐阜を旅行し、その時に明治村を訪れました。

写真は、向かって左端は夏目漱石の住居、真ん中は猫の置物、右端は幸田露伴の家の電灯です。

15/08/24 松山

明治村の写真です。
本人が気に入ったのか、私にメールで送って来ました。
作品を読むにつれ、街並み、登場人物がモノガタリの中から私の頭の中に迷い込んで来ました。
目の前に明治時代の風景、登場人物の衣類、また、部屋の中、色々です。
確かに見る事が出来ました。また、聞く事が出来ました。
モノガタリの中で活き活きする椋の姿、元気な椋の声

15/08/24 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、拝読しました。

実在した明治の文学者を思わせる物語、生き生きとして描かれていて、
タイムスリップしたかんじで、とても楽しかったです。
漱石は、たいそう食いしん坊で甘いもの好きだったとか。
カステラ一本、というのも、さもありなんという気がします。

15/08/25 草愛やし美

泡沫恋歌さん、拝読しました。

明治の香りいっぱいの作品に生き生きと活躍する書生さん。いい感じですねえ、雰囲気が出ていてすぐに作品に入っていけました。鶴さんのガラの悪さは愛嬌あっていいです、夏木先生がいかにして猫を始末するのか気になっていますが……。苦笑

明治村懐かしいです、私はあそこで牛鍋よりも文学の香りに興味持ちましたってことにしておきます。大汗 笑

15/08/26 泡沫恋歌

松山 様、コメントありがとうございます。

岐阜の多治見に創作仲間が居りまして、彼女に会いに行って、みんなで明治村を散策しました。
その日は生憎の雨でしたが、明治時代の建物はみな美しく、漱石の庵で琵琶の生演奏を聴けたりと思い出深い旅行でした。

松山椋様の写真が明治の書生風で素敵だったので、眺めている内にイメージが広がってこの作品を書くことができました。

江口鶴という女性は「文学」の化身で、それに魅入られて共に歩むという件です。
鶴という名前は、鶴⇒鳳凰⇒不死鳥⇒復活、という願いを込めました。

松山椋様は才能ある文学青年で、将来をとても期待されていた方だけに、本当に残念でなりません。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

15/08/26 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、コメントありがとうございます。

明治の文学者をイメージとして使いました。
この時代って、文明開化などでみんなが新しい流れに乗ろうという意気込みがあって活き活きしてる感じがします。

明治とは日本文化と西洋文化がコラボした時代だったんですね。



OHIME 様、コメントありがとうございます。

どうも、どうもお久しぶりです。

最近ご無沙汰だったので心配して折りました。元気そうで何より♪o(〃^▽^〃)o
実は「猫の始末記」自分でも面白いタイトル浮かんだと思った。
いつか、このタイトルで掌編小説が書けたらいいなぁ〜♪

私はネットを始めて、いっぱい「切欠」を拾いました。
今こうやって時空で作品書いてるのも「切欠」のお陰だと感謝しています。



草藍やし美 コメントありがとうございます。

明治は何だか今よりずっとハイカラな感じがします。
鶴ちゃんのガラの悪さは愛嬌で、楚々とした女学生が「べらんべえ」口調っていうのが面白いと思って。

入場口から入ってすぐの牛鍋店さんは、すごく高かった記憶があります。
結局、そこには入らなかったよね。手羽先と味噌かつが美味しかった。
また、明治村に行きたい(。´・ω・)b d(・д・`。)ネェー

15/08/28 光石七

拝読しました。
明治時代の空気感がいいですね。有名な明治の文豪や女流作家を連想させる登場人物や作品名も気に入りました。個人的に一番気になるのはやはり「猫の始末記」でしょうか(笑)
鶴のキャラクターも魅力的です。主人公が若干尻に敷かれる形で、仲のいい夫婦として過ごしたのではないかと想像しました。

15/08/31 鮎風 遊

登場する人物に味があり、
なにか明治、大正ロマンを感じるほのぼのとした作品ですね。

こんな世界で生きたとしたら、随分と面白いかな、と。

15/09/04 霜月秋介

恋歌様、拝読しました。

明治の雰囲気漂う掌編ですね。
主人公と鶴の出会いのきっかけは、カステラにあったのかもしれませんね(笑)

15/09/08 泡沫恋歌

光石七 様、コメントありがとうございます。

「猫の始末記」がなんやら、面白そうだとコメントいただいて・・・だったら、
そんな話を考えてみようかとチラリと思ってます。

特にパロディを意識したわけではありませんが、何んとなく明治の文豪さんのイメージになってます。


鮎風 遊 様、コメントありがとうございます。

明治、大正って浪漫がありますよね。

西洋的なものと日本的なものがコラボして、新しい文化を築いていこうという
日本人の気概を感じさせる、そんな時代だと思います。


霜月 秋介 様、コメントありがとうございます。

もともと、カステラから始まったことなので切欠はカステラだったかもです(笑)

小さな事件が、やがて運命の出会いになるから人生は不思議ですね。

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