1. トップページ
  2. 青空は消えず

murakamiさん

読んでいただきまして、ありがとうございます。

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

2

青空は消えず

15/08/24 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:4件 murakami 閲覧数:1082

この作品を評価する

「熱っ」
 握っていた半田鏝(ごて)が、左手の薬指を掠めた。水膨れが、また一つできてしまった。これで二つ目だ。
「不器用だな」
 隣で汗だくになった父さんが言う。
「貸してみろ」
 今度は、父さんが鏝を持ち、基盤の銅箔と部品を温め始めた。それから、半田を溶かす。銀色のしずくが吸い込まれるようにぽってりと丸く落ち、二つを固定する。部屋中に金属の焼ける臭いが漂った。


 その年は、記録的な猛暑だった。連日、日中の気温は軽く35度を超え、夜も25度を下回ることはなかった。
 中学1年生で反抗期真っ盛りの僕は、口うるさい母親を無視して、夏休みの宿題をため込んでいた。けれど、最後の土日が迫ってくるとさすがに慌て、提出しなければならない工作を何にしたらよいかと、無口な父親に相談した。
 そして、父が買ってきてくれたのがFMラジオの工作キットだった――。

 日曜日、ステテコ姿で物置から半田鏝やドライバーを持ってきてくれた父さんは、鏝を使うには換気をしなくちゃいけないから、クーラーを切れと言った。この暑いのにクーラーを切るなんて、地獄じゃないかと僕は抗議したけれど、父さんは黙ってスイッチを切り、窓を全開にした。それでなくても日当たりのいい南向きの居間に、まるでバーナーで温めたような熱い空気が流れ込んできた。
「うわっ」
 僕は叫んだ。見上げると真っ青な空に巨大な入道雲が湧き上がり、まるで生きているように形を変えていく。
 こんな暑いところにいられないと言って、母さんは買い物に出かけてしまった。
「うるさいのがいなくなったな」
 珍しく父さんが、冗談っぽく僕に言った。うんうんと僕は頷く。父さんと共犯者になったような気がしてちょっと嬉しかった。
 ダイニングテーブルの上に新聞紙を広げ、その上に小さなべニアの板を敷く。
「父さんは、なんでこんなの持ってるの?」
 僕が不思議に思って訊くと、父さんは日によく焼けた顔で言った。
「子どものころ、プラモデルを作るのが好きだったんだ」
「ふ〜ん」
 電気工事の仕事についていて、いつも外で仕事をしている父さんが、プラモデルを作っているところを僕は想像できなかった。
 父さんは電気鏝の電源を入れ、鏝先の汚れを落とすためのスポンジを水に浸した。

 脇の下からも膝の裏からも汗が流れるように滴り落ち、Tシャツはびっしょりで背中に張り付いた。
「これでいいのかなあ」
 キットの箱に入っていた半田付けの練習を終えて、僕は言った。
「うん、大丈夫だ。あとは説明書を見て、自分で組み立ててみろ」
「え〜」
「なんでも自分でやることが大事だからな」
 父さんは、後ろのソファに坐って煙草を吸い始めた。
 一人でできるか最初は不安だったが、細かな部品をひとつひとつ組み上げていくうちに、どんどん面白くなっていった。


 小さな時から、運動も勉強も苦手だった自分があんな風に何かに熱中したのは初めてのことだったと思う。
 そうして、いつの間にか暑さも忘れるほど、熱中していった。
 

「できた!」
 2時間ほどでラジオが完成した。自分で全部作れたことが嬉しかった。
 電池を入れ、ダイヤルを回す。いつの間にか父さんがクーラーを入れてくれたのだろう。水の上を渡ってきたような冷たい風が僕の全身を包んだ。
 赤いメモリに合わせると、音楽が流れだした。
 ボリュームを上げる。
 ピアノのイントロ。男性のボーカル。英語の曲だった。そのメロディーに僕の心はときめいた。目を閉じると、自分だけの世界がそこから始まったような気がした。
 そして、それがきっかけで、音楽が好きになり、大人になってから僕は音楽の道へ進んだ。

 

 すごく過保護で心配性で口うるさい、けれど優しい母と、無口で無骨な父だった。
 僕は一人っ子で、確かに両親に深く愛されていたんだと思う。



 人は思い出だけを抱えて生きていく。
 大事なものは心の中にしかないと気づいていくのが人生なのかもしれない。
 だから僕は、あの暑い、とてつもなく暑かった夏の日のことを決して忘れない。
  


 今は、すごく遠くへ来てしまったけれど、大丈夫。心配しないで。

 どこでだって、歌は歌える。

 たとえそれが、青空の中だとしても――。





コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/08/24 泡沫恋歌

村上 様、拝読しました。

半田鏝の話の部分が興味深かった。
昔、工場で13年間、照明器具の組み立て作業をやっていて、半田鏝はお箸を持つように
毎日、握っていたんですよ。

半田は鉛とすずだから吸い込むは身体に悪いんです。
最近は鉛を使わない半田もできてるけど、やっぱり付きが悪い。
あのスポンジにみえるのは、実は海綿なのです。

FMラジオを作ることで親子の絆が深まって、最後に完成できて良かったです。
とても清々しい物語でした。

15/08/25 murakami

泡沫恋歌さま

ありがとうございます。
お詳しいですね。
私は1度しか使ったことがないのですが、女性で使ったことがある人はほんとに限られているでしょうね。13年はすごいです。

あの金属が一瞬にして液体に変わる瞬間の感触がなんとも言えませんよね。

15/08/28 光石七

拝読しました。
前半は夏の日に父とFMラジオを組み立てた思い出が素朴なタッチで描かれており、後半もシンプルな言葉で仄かなほろ苦さや寂しさ、希望を感じさせてくれ、読後感が爽やかな非常に好感が持てるお話でした。
愛されて育った主人公は、今は音楽で多くの人に愛を届けているのかもしれませんね。

15/08/28 murakami

感想ありがとうございます。

しばらく離れているうちに松山さんというかたの訃報を知りまして・・・。
お若いのに本当にかわいそうでなりません。

私も息子がいるので、自分で書きながら、ちょっと泣いてしまいました。

ご冥福をお祈りしています。

ログイン