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泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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バッテリー

12/08/01 コンテスト(テーマ):第十一回 時空モノガタリ文学賞【 高校野球 】 コメント:15件 泡沫恋歌 閲覧数:3057

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「本当に辞めてしまうんですか?」
 部下だった下村が、まだ疑わしそうに訊く。今日で俺は三十年務めた会社を退職した。断わったのだが元部下たちが集まって送別会をやってくれた。一次、二次、三次と……最後の四次会は下村と二人になってしまった。彼とは長年一緒に仕事をした仲だ。
「部長が辞めたら……俺はどうしたらいいんだろう?」
 下村は目頭を押さえて、項垂れた。
 送別会の〆は俺と下村が平社員だった頃、営業に使った小料理屋だ。古い店だが、旬の旨い料理を食べさせるので客の評判が好い。しかも、客がいれば朝まで営業してくれる有難い店だった。俺も下村も出世して銀座などに通うことが多くなって申し訳ない。

「俺は先輩が好きで……ずっと後を付いて来たんです」
 下村は高校、大学と後輩だった。二歳年下の彼とは高校の野球部で知り合った。
 高校最後の夏、俺たちの野球部は甲子園行きの切符を手に入れた。元々、強い野球部ではなかったが地元選抜試合をとんとん拍子に勝ち抜いた。学校、いや地元を挙げて大騒ぎ、一躍、野球部は時の人となった。俺はキャッチャーで四番バッター、ファンの女の子も多かった。
 意気揚々と甲子園入りした我が野球部だが……一回選の相手チームを見て、ガッカリした。甲子園の常連校、優勝、準優勝、数知れず。プロ野球にもその学校出身者が多いという強豪チームだった。実力は雲泥の差がある『一回選敗退決定』相手チームの名前を見た瞬間に、監督始め部員全員がそう思った。
 
 果たして強豪チームとの一回選、俺たちは手も足の出ず、ピッチャーを何人替えても攻め込まれて、12−0とワンサイドゲームのまま終盤を迎えた……ああ、もう甲子園の砂を持って帰るしかないなあー、そんな諦めの境地だった。
 九回裏ツーアウトで俺の打順が回ってきた。
 地元からはバスで多くの人が応援に来てくれている。俺たちは甲子園出場をかけて猛練習をしたではないか。こんな見せ場のない試合のまんま終わりたくない!
 俺は悔しくて仕方ない。打席に立った時、どんな球が来たってフルスイングしてやるぞ! バットが一度も相手の球に触れないで帰るのは嫌だ。それだけを思って、構えていたら……信じられない甘い球が来た。 よっしゃー! 雄叫びと共に俺は満身の力で振り切った。カキーン! 甲子園の空に快音が轟いた。
 俺の打った球が空高く飛んでいく、もしかしたら場外ホームランかも知れない。そう思いながらスリーベースを回った。ピッチャーの憮然とした顔が忘れられない。――たぶんあれは失投だったのだろう。
 ホームベースを踏んだ時、チームの仲間と地元応援団から拍手喝采だった。マネージャーだった佐和子は感動のあまり泣いていた。結局負けたけど、最後に見せ場をつくった俺はヒーローになった。

「あの時の先輩はかっこ良くて忘れられません」
 下村もあの時のことを思い出していたのか、ふいに言う。
 当時一年生だった彼は、その後、甲子園に行くことはなかった。一生の大事な思い出を先輩に貰ったと、酒を飲むといつも俺にそう話す。
「ああ、先輩が辞めたら、俺はどうしたらいいんだろう?」
 下村は深い溜息をついた。
「何を弱気なことを言ってるんだ。 次期、部長はお前だろう。みんなを引っ張って行けよ!」
「俺には先輩みたいなカリスマ性がないからなあ」
「あははっ」
「――どうして、辞める理由を教えてくれないんですか?」
「だから、一身上の都合だよ」
「それじゃあ、納得できない」

 元野球部のマネージャーだった佐和子と俺は結婚した。彼女は良い妻だった――。俺たち夫婦に子どもは出来なかったが、佐和子は俺の両親の介護をよくやってくれた。
 仕事人間の俺は休日も関係なく仕事に没頭し、海外赴任中は現地に愛人まで作った不良亭主だった。それでも文句も言わずに佐和子は俺に付いてきてくれた。
 三年前、俺の母が亡くなった――介護の世話がなくなり気が楽になったせいか、妻の様子がおかしくなった。
 物忘れがひどい、感情の起伏が激しい、料理や家事ができない、妄想をみる。病院で『アルツハイマー型認知症』だと診断された。このまま進行したら失外套症候群なると……。
 日中、佐和子を独りには出来ない。……かと言って介護施設に、放り込んで素知らぬ振りは俺には出来ない。
 その時、思った。仕事よりも長年連れ添った妻の方が大事だ。妻の介護を選んで俺は会社を退職した。――本当の退職理由は誰にも秘密にする。

 夜が明けて、下村と駅前で別れた。
 元ピッチャーだった彼はボールを持って来ていた。別れ際に「先輩、受け取ってください!」と投げてきた。俺はそれを受け止めて「頑張れよ!」と声援を贈った。
 これから俺は妻とバッテリーを組むのだ。彼女の投げるワイルドピッチを身体を張って受け止めていこう!


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このストーリーに関するコメント

12/08/01 泡沫恋歌

失外套症候群(しつがいとうしょうこうぐん、Apallic syndrome)とは、大脳皮質の大規模な機能障害によって大脳皮質機能が永遠に失われてしまった状態。

眼は動かすが、身動きひとつせず、言葉も発さない状態となる。睡眠と覚醒の調節は保たれ、通常通り起床することは確認できる。

                          ウィキペディアより参照

12/08/01 そらの珊瑚

恋歌さん、拝読しました。

重い現実を抱えているのに、ラストシーンがなんとも爽やかですね。

バッテリーって特別な信頼関係のもとに、成立するもののような気がします。それは一朝一夕に出来るものではなく、つらい練習を共に経験することでつながる絆。
妻と新たに組むバッテリーにも、そんな絆が結ばれていくことを祈ってしまいました。

12/08/01 草愛やし美

とても心温まるお話ですね。
思わずエールを送っていました。
>仕事よりも長年連れ添った妻の方が大事だ。
主人公は後悔しない人生を送れると私は思いました。
もし私もこんな事態になった時は……、ふと考えてみました。
でも、旦那さんに強要するのは嫌なので(汗)、考えないことにしときます(笑)

12/08/01 ドーナツ

野球部で一緒に練習した先輩後輩は同じ釜の飯を食った仲間ですね。夫婦も、それに同じだど思います。
ボールの贈り物は、スポーツマンの爽やかさを感じます。
奥さんの介護は,野球よりも大変ですが、どんな変化球もキャッチできる最強のペアになれると思います。
心あったまる良いお話  ありがとうございました。

12/08/02 ryonakaya

読みました。イイ話だな〜、私はこの手の話に弱いのです(#^.^#)
次回も楽しみにしています。

12/08/02 泡沫恋歌

珊瑚さん、コメントありがとうございます。

妻の介護のために会社を退職する、仕事の出来る男が会社よりも
長年連れ添った妻の方を選んだ。

そういう、大人のロマンを描いてみたかったのです。

なかなか、そういう男性はいないかも知れませんが・・・。

12/08/02 泡沫恋歌

草藍さん、コメントありがとうございます。

仕事よりも長年連れ添った妻の方が大事だ。

そんな風に言って貰えたら妻は幸せだよね。
これから、この妻は病気がどんどん進行して廃人になっていくことを
分かっていて、その「茨の道」を選んだ男は愛という勇気を持っている
男の中の男だよ。

これが実話だったら、実に羨ましい話だね(笑)

12/08/02 泡沫恋歌

ドーナツさん、コメントありがとうございます。

同じ釜の飯を食った仲間よりも、やはり一緒に人生を歩んだ妻の方が
この男には上だったのでしょう。

後輩の下村が最後にボールを投げておくるのは、先輩への感謝と
これからの人生へのエールだったのかも知れませんね。

妻のどんな暴投でもキャッチできる最強のキャッチャーに、
この男はきっと成れると思います。

こんな夫婦にエールを贈りたいね(笑)

12/08/02 泡沫恋歌

ryonakayaさん、コメントありがとうございます。

心温まる話だったでしょう?
まあ、これは理想の夫婦の姿ですがね(笑)

12/08/03 泡沫恋歌

おおくぼゆういち 様
コメントありがとうございます。

別に不自然ではありませんよ。

この日は30年務めた会社の送別会ですからね。
人を雇って1、2日は世話をして貰っているのですよ。
会社の部長だった人なので、それくらいのお金はあるでしょう?

だけど、ずっとは人任せでは無理だから退職して、自分が介護をするという展開なのですよ。

それから、御自分が考えたストーリーを人に勧めないでください。
それが良いと思うなら、御自分で書かれたら宜しいかと存じます。

12/08/07 泡沫恋歌

おおくぼゆういち 様

申し訳ありませんが、今後、私の作品へのコメントは遠慮してください。
どうも、あなた様のコメントはいつもKY過ぎて不愉快なんです。

12/08/15 鮎風 遊

野球のこと、よく知ってるんですね。
それにしても、やっぱり上手いね、文章一つ一つが。
詩を長くしたようなキレかな。

12/08/20 泡沫恋歌

鮎風さん、コメントありがとうございます。

褒めて頂いて嬉しいです。

野球のことはさほど詳しい訳ではないのですが、テレビなんかでも観ますし
多少は分かっています。

この話は高校野球の思い出として、ある男の人生を描いてみました。

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