W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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弓矢

15/08/19 コンテスト(テーマ):第九十回 時空モノガタリ文学賞【 祭り 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1233

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かけだそうとする夏彦の手を、母親の登喜江はぎゅっと握りしめた。
「夏っちゃん、いそがんでも、お祭りは逃げへんで」
それでもまだ夏彦は、登喜江の手を引っ張って、先をいそごうとする。すぐむこうには、お宮さんに続く石段が見え、その石段を、大勢の人々があがりおりしていた。
石段を伝って、烏賊の焼いた匂いや、なにやら甘ったるい香りが漂い流れて来る。
登喜江と夏彦が石段の前にきたときちょうど、神輿がとおりかかり、法被をまとった若者たちの威勢のいい掛け声にとりまかれた。
登喜江はきょう、学校からかえってきた夏彦と祭りにいくといって、三時に店を出た。夫はあまりいい顔をしなかったが、夕方までには帰るとことわって、祭りが催されているお宮さんにむかった。
「人がいっぱいやね」
神社に続く参道の両側には、縁日の屋台がずらりとならび、浴衣姿や普段着の人々がその屋台の前に詰めかけている。これから暗くなるにつれて人通りはますますふえるいっぽうだろう。
「おかあちゃん、なんかのみたい」
登喜江は、大きな氷といっしょにならべられた飲料水の前でとまると、ラムネを2本そこからぬきとり、店の人に栓をぬいてもらった。ポンと音をたてて、白い泡をふきあげるビンを、夏彦はあわてて取って口でおさえた。
二人は、中でころがる玉の軽やかな響きをききながら、ラムネで喉をうるおした。
雑踏をゆきかう人々の話し声がたえまなくきこえるなかに、風船にガスをつめこむ甲高い音が何度も交錯する。こんななかを、子供たちが歓声をあげながらかけまわっている。
「綿菓子こうたろか」
「いらんわ、そんなん」
「金魚すくい、せえへんか」
「そんなもん、女の子のするもんや」
そんなやりとりをしながら夏彦は、母親を巧みに誘導して、玩具売り場につれていくことに成功した。
その屋台には、ひときわたくさんの子供たちがとりまいていて、山とつまれた様々な種類の玩具を手にとっては見比べている。
「あれ、ほしい」
夏彦が指さしたのは、先に吸盤のついた矢と、弓がセットになったものだった。
登喜江は代金をわたして、夏彦に箱に詰められた商品をとるよううながした。
「はよ帰って、これやりたいな」
自分のほしいものが手にはいった夏彦は、もう祭りのことは眼にはいらない様子だった。
「あとちよっとしたら、御神楽はじまるで。もうええか」
「もうええ」
登喜江はあきれたように笑いながらも、もときた道を引き返しはじめた。
二人が駅前の通りに出たときには、そろそろ辺りは薄暗くなりはじめていた。
映画館の前をとおりかかったとき、ふいに夏彦が足をとめた。
「夏ちゃんの好きそうな映画、やってるな」
「怪獣ゴルゴ………」
夏彦の目は、看板の中で真っ赤な目をむく巨大怪獣に釘づけになった。
「みよか」
「ほんま」
「ああ、ほんまや」
「わあ」
登喜江は入場券をかって、夏彦といっしょに映画館にはいった。扉をあけると、映画はすでにはじまっていて、暗がりのなかを二人は空席をみつけて歩きはじめた。
目がなれるにつれて、館内は空席ばかりで、観客はほんの数えるほどだとわかり、二人はできるだけ画面がよくみえる席をみつけて座った。
『怪獣ゴルゴ』はそれから1時間半ほどて終了した。そのあとにまだ1本ついていて、それはドタバタ喜劇で、つい二人とも面白さにつられてとうとう最後までみてしまった。

登喜江は、しんと静まり返った家のドアの鍵を、慎重にあけた。いそいで帰ってきたつもりでも、すでに十時を大きくまわっていた。
夫がいる一階は、照明も消えて、ひっそりしている。
登喜江は夏彦といっしょに二階にあがると、明かりをつけ、押入れから布団をとりだした。
「今夜は、夏ちゃんと寝るからね」
登喜江の声も、祭りで買ってきた玩具の箱をあける夏彦にはきこえなかった。
「こうすんねんで」
いいながら彼は、矢を弓に番えて、壁にむかって放った。矢は、数十センチ飛んで、平らな壁にびたっとくっついた。
「あたりや」
小さな声で、登喜江がいった。

なにかをはげしく叩くような音に、夏彦は目をさました。布団によこになると、すぐに寝入ってしまった彼だった。
豆球の弱弱しい灯りの中で、腕をあげさげする父の姿がみえた。そのたびに、ピシッ、ビシッという不快な音が響き、父の下で登喜江のあげる、押し殺した悲鳴がきこえた。
母が殴られているのがわかっても、夏彦はなにもいえずに寝たふりをつづけた。
父が母に暴力をふるいつづけている間が彼には、たまらなく長く感じられた。
ようやく父は荒々しい息を吐きだすと、握っていたものを足下に投げすててから、階段をおりていった。
夏彦は、白い布団の上に落ちているものをみた。
それは登喜江が、「安全でいいね」といって買ってくれた、先に吸盤のついた矢だった。


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