つつい つつさん

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15/08/15 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:7件 つつい つつ 閲覧数:1608

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 何も浮かばない。何も描く気がしない。何のために描くのかわからない。描いたところで意味あるのかって考える。たぶん、あれからだ。十日前のあの日から、俺はおかしくなった。
 俺は今年で三三になる。だけど、別に働いちゃいないし、働く気もない。そう、俺は堂々と親のすねをかじって生きている。そして、それを恥じる気も全然ない。だからといって、無気力にだらだらと過ごしているのかというと、そうではない。俺は高校を行くのを自主的にやめたあの日から、逆に気力は充実しまくり抑えきれず溢れ出るくらいだ。
 俺は毎日何時間も机に向かい漫画を描いている。漫画に終わりなんてない。毎日描いても描いてもアイディアは枯れることなく、絵は進歩し、一日一日俺の漫画はすごくなっていく。余りの素晴らしさに俺は自分の才能に驚き、おののき、畏れ、ひれ伏す。何故俺は、こんなすごいものが描けるんだ。いや、逆に何故世の中はこんなすごいアイディアを見落としているんだ。何故神は俺にこんなすごい才能を与えるんだ。何故俺は逆にこんなすごい才能を使いこなせてしまうんだ。毎日が驚きの連続で、漫画を書き始めてからペンを持たない日なんて一日もなかった。
 もちろん、俺一人がこんな素晴らしい作品を味わうのは、反則だろう。誰もが期待し誰もが熱望しているものを発表しないのは罪だ。まあ、こんな素晴らしいものを発表すれば、他のクリエイターの奴らの自信を喪失させることになるから、それも罪かもしれない。だが、俺は作品が出来上がればコンクールに出している。しかし、まだ、賞を穫ったことはないし、最終選考に残ることもなかった。そこで普通の人なら賞を取れないのは才能がないからじゃないかと悩むだろうけど、俺はそんなことで落ち込む気もなかったし、苦しむこともなかった。そう、天才の作品に凡人が気づくことは、とても難しいことだ。気づいてしまえば凡人達は諸手を挙げこぞって賞賛するが、それまではバカにしたり、無視したりするのが世の常だ。ゴッホだって生前に絵は一枚も売れなかったという。俺の才能もそれに匹敵するだろう。だから、ある意味俺は今の時代の奴に作品を描いていない。おそらく俺が死んだ後に俺を賞賛するだろう何十億もの人々の為に描いているといっていいだろう。だから俺には現実の評価なんてどうでもいいことだった。ただ、毎日必死に自分を振り絞り未来のファンの為に出し尽くすことだけが重要だった。
 しかし、十日前のことだ。いつものように徹夜で漫画を描いていた俺は、うっすらカーテン越しに朝日が差すころ、うっかり消しゴムを落としてしまった。そこで何気なくイスをずらし消しゴムを拾おうとしたら、その場で動けなくなり、そのまま半日以上うずくまった。
 ギックリ腰だった……。
 幸いそれほど酷い状態ではなく、三日もベッドで寝ていると、少し違和感は残ったが日常生活に差し支えはなくなった。でも、身体のほうはすぐに元に戻ったのに、心はそうはいかなかった。
 なぜか風呂に入ったり、朝、歯を磨いたりするときに、顔のしわが気になった。ぶよぶよにたるんだ身体にも、ため息をついた。そして、俺はもう三十を過ぎていたんだということを自覚した。たかがギックリ腰が、高校を辞めたときから止まっていた俺の自分という概念を思い出させた。いつの間にか時間は過ぎていた。知らないうちに歳を重ねていた。もう、そんな歳になっていたのか。
 親に強引に頼まれ仕方なく十年以上通っていた病院で、かかりつけの医者にこのことを話すと、今までは諦観の表情で形だけの診察をしていた医者が喜々として話だした。
「いやいやいや、山田さん、やっと良くなってきたんじゃないんですか? もう無理かって諦めてたんですけどねぇ」
 俺には俺のどこが良くなってきたのか、さっぱりわからなかった。それでも医者は嬉しそうに話を続ける。
「山田さんの症状、俗にいう「中二病」ですか。それが、ちょっと回復したから、もう高校生? 大学生くらいの感覚に戻ってきてるんじゃないですか?」
 そうか、そうだったのか。医者が言うなら、俺は良くなっているのだろう。たぶん、普通の人の感覚に近づいているということか。でも、良くなったというが、俺は最近不安で不安で仕方ない。明日のこと、ひと月後のこと、来年のことが怖くて夜も眠れない。今さら、医者のいう真っ当な感覚になったところで、今の俺になにが出来るっていうんだ。もう三十を過ぎてしまった俺に。
 真っ当ってなんなんだ? 良くなるってなんなんだ?
 やめてくれ……治らなくていい。元に戻してくれ。あの情熱に満ち溢れていた俺を返してくれ。これ以上良くなったら……これ以上真っ当になったら、俺は、俺は、気が狂って死んじまうよ……。


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このストーリーに関するコメント

15/08/16 松山

つつい つつさん、拝読致しました。
まさに、芸術家の葛藤を描いた作品ですね。ぎっくり腰で我を取り戻した山田さん、これで良かったのか。ここで言う普通の人の感覚とは何でしょうか?人々は平均的な感覚から外れた時に『変わった人、病』としてしまう。
何が普通で何が変わっているか私には解りません。
真っ当になる事でその人の個性を殺してしまうんですね。
(素人小説家(こういう言葉が存在していればの話だが。)として下手な小説を発表し始めてから半年、僕は悩んでいた。)つつい つつさんの作品を読んでこのフレーズが頭に浮かびました。

15/08/16 つつい つつ

松山 様、感想ありがとうございます。
松山椋 様の作品は毎回、勢いや強い熱量を感じさせる作品で、今作を書くにあたって、そういったものを意識して書かせてもらいました。

15/08/25 そらの珊瑚

つつい つつさん、拝読しました。

前半の鋼のようなポジティブに、早く真実に気づけばいいのに、と思う自分がいる一方で、羨ましさを感じてしまいました。
そういう意味では、まともに回復したきっかけのぎっくり腰が残念といえば残念です。(あれはほんとに辛いです)
けれど葛藤うずまくラストの地点からよみがえり、また書いてほしいなあと
応援したい気持ちです。

15/08/26 光石七

拝読しました。
気力と自信と情熱にあふれた前半の主人公に羨ましさを覚えましたが、周りの人は心配だし大変でしょうね。
真っ当に近づいてしまった主人公は恐怖と葛藤の末どうなっていくのか……
きっかけがぎっくり腰というのが妙にリアルで、はたと自分の年齢に気付く様もなんだか身につまされるものがありました。
真っ当・普通とは何なのか? 人は皆真っ当で普通でなくてはいけないのか? 考えさせられます。

15/08/29 つつい つつ

そらの珊瑚 様 感想ありがとうございます。
何かを創るには、周りが見えないくらいの集中力がいるんじゃないかと、あまり集中力のない僕もこの主人公が羨ましく思っています。

光石七 様 感想ありがとうございます。
真っ当、とか普通とか、すごく大事なことだけど、時にはそんなものを振り切ってみれたらなあと憧れます。

15/09/02 冬垣ひなた

つつい つつさん、拝読しました。

職業・漫画家以外になれないだろうという人が、現実を離れてしまった。そんな感じがします。
早く気付いてほしいですが、情熱だけで描ける若さが急速に失われていくのは少し切なくもあります。
真っ当、普通、彼がこの先どう生きてゆくのか気になりました。

15/09/05 つつい つつ

冬垣ひなた 様、感想ありがとうございます。
情熱だけで描ける若さはうらやましく思います。いくつになっても自分なりの情熱で何かできればと思いました。

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