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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
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吊られっぱなしのヘイト・ソング

15/08/15 コンテスト(テーマ):第九十回 時空モノガタリ文学賞【 祭り 】 コメント:3件 クナリ 閲覧数:1700

時空モノガタリからの選評

窓の向こうの祭りと、部屋の暗闇の対比が効果的ですね。祭りそのものではなく、間接的に描くことで、それを感じさせる作品は他になく、新鮮でした。
「色のない闇」の中でしか生きられないメライ。どちらの肌色にせよ、差別と迫害の世界のなかでは、生きられないというところが、彼女の苦悩の深さ、純粋さと優しさを感じさせて、胸に迫るものがありました。また、暗闇に差した一筋の光が肌を照らすシーンが、映像的に強いインパクトと緊張感を与えていますね。何色か知りたい読者をじらせつつ、ほのかに暗示をするだけにとどめていて、ついつい引き込まれてしまいます。

時空モノガタリK

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 メライ・メロは、恐らくは二十代前半の女性だ。
 ここ五年ほど、毎年夏に三日間行われるカーニバルの間、決まって僕を買う。
 買うけれど、三晩ともただ、手袋をした彼女の手を握って、話をして眠るだけだ。
 遮光カーテンに閉ざされた真っ暗な部屋に閉じこもっているメライの顔を、僕はまだ一度も見たことがない。
 彼女の肌の色も知らない。もしかしたら、以前迫害の果てに街から追放されたという、青色人なのかもしれない。
 青色人は、僕ら赤色人と違って、その青味がかった肌は夏でもひんやりしていると聞いたことがある。
 メライの手袋越しの指は、いつも冷たかった。
 でも彼女の肌の色は、僕の仕事には関係ない。

 予約を受けたメライの部屋へ向かう道中、今年のカーニバルが一日目の夕方を迎えていた。
 熱に浮かされた人々が大通りで、トマトやパプリカを投げ合う。
 僕らだけが、街を覆う高揚からはぐれている。
 メライの部屋は、祭の間大掛かりな篝火が焚かれる広場の、向かいにある。
 玄関まで開錠に来て外界の光を浴びなくて済むように、彼女はいつも鍵をかけない。
 ドアをノックしてメライの招く声を聞き、体を中へ滑り込ませて、すぐに閉めた。
 真っ暗なベッドルームに手探りでたどり着くと、そこにいたメライが闇の中で僕の手に代金を握らせた。
 ベッドに二人で腰掛けると、メライが僕の顔を指でなぞった。
「大人の顔になって来たのね」
「もう五年目ですから」
「私はもっと前から、ここの窓の下、ロウスクールへ通うあなたをよく見たわ。五年前、この仕事をしていると知った時はびっくりした」
 初耳だった。確かに最初の時、メライは僕の源氏名ではなく外見的特徴を示して指名して来たとは聞いている。
「母が、裏通りにかくまっていた青色人と駆け落ちしたので、まともには暮らして行けなくなったんです」
「あなたは、私が知る人の中で、一番まともよ。私みたいな、変な客にも優しいもの。他の赤色人は皆、差別主義者だから大嫌い」
 二人でベッドに寝そべり、手を握る。
「私、……青色人なのかもしれない」
 思いつめたような声音は、震えていた。
「子供の頃はまだ体色がはっきりしなかったし、自分は皆と同じ赤色人だと信じていたわ。でもある日母が、父方に青色人の血が混じっているらしいと聞いた途端、お前の肌が青味がかったらここで暮らせなくなる、と始終呟きながら狂ってしまった」
 あながち間違いではなかっただろう。迫害対象になったとして、人権護持団体へ逃げ込むことは出来るが、彼らの偶像としての人生は平穏とは言い難い。腹と財布が膨れた善人達は、理想のために現実を作り変えることをタブーにしないからだ。
「結局、母は首を吊ったわ。その時に歌ってくれた歌が、今も頭の中でよく響く」
「首を吊りながら、歌?」
 メライは、少し笑ったようだった。
「昔、母とよくカーニバルで踊ったの。毎年この時期は、一人でいることに耐えられなくなる」
 手袋に包まれたメライの冷たい指を、強く握る。
「赤色人として生きたくはないわ。でも青色人なら、生きては行けない」
 色のない闇の中でしか、メライは生きられない。

 次の日、夕方にメライの部屋へ行くと、ノックしても返事がなかった。
 胸騒ぎがしてドアを開けると、廊下に、夕暮れの陽が差していた。
 馬鹿な。
 ベッドルームに飛び込む。
 窓際に、ガラス片と共に硬球が転がっていた。熱狂した街の人が、適当に投げたのだろう。
 割れた箇所から風が吹き込み、カーテンを窓から押しのけ、光はそこから差し込んでいる。
 そして部屋の中央では、メライであろう女性が首にロープをかけて天井からぶら下がっていた。
 その顔は紫色にむくみ、元々どんな肌の色をしていたのかは分からない。
 ロープは梁にこすれ、キイキイと鳴った。
 これか。母親の首吊り以来、彼女の頭で鳴り続けていた死者の歌。
 窓が割れて強制的に外の光が差し込んだ時、メライは瞬発的な欲求に抗えなかったのだろう。きっと手袋をめくり、自分の肌の色を確かめた。
 その結果がどちらにしても、彼女はこれ以上生きて行くつもりはなかった。
 自分が何者かを知ることは、自死の動機にはなっても、生き続ける理由にはならなかった。かつての僕と同じように。
 僕はロープを外し、彼女をベッドに横たえた。
 蘇生を。
 ホスピタルに電話を入れて助けを呼び、応急処置のやり方を聞く。
 人工呼吸を施していると、西日がメライの体を赤く彩った。
 やめろ。
 彼女の意志なく、彼女を染めるな。
 僕の涙が、紫色の顔をノックする。
 手袋の中で、冷たく温かい指先が少し跳ねた。
 耳の奥まで響いた死の歌をかき消したくて、僕は必死に彼女の喉に息を吹き込む。

 窓の向こうで、祭の狂騒は続いていた。
 


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このストーリーに関するコメント

15/08/15 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

独特なクナリ世界の中でやってきたカーニバル、それは幻想的な祭り。

青色人と赤色人、差別の舞台。彼がどういう男なのか、悲しいメライの生い立ちはどう繋がっているのか、様々な想像への欲望を掻き立てられる不思議な世界ですね。

ちょっとイタリアのマスカレードを思い出しました。といって実際のものを見たわけでなく遊園地で見たカーニバルですが……。苦笑

15/08/15 草愛やし美

追伸: youtube拝見しました。とても素敵ですねえ、あちらにもコメント置いてきました。OHIMEさんの演奏素晴らしかったです。

15/08/17 クナリ

草藍さん>
カーニバルの狂騒と、それに取り残された人の話を書こうと思ったのですが、なにやらまたぞろ暗い話になってしまい、己の引き出しの少なさに感嘆(感嘆…?)するばかりです。
それでも、安易に死で終わらせずに生命に向かって足掻く主人公を見つけられたのは、自分の成長した部分なのかもしれません。以前なら、キイキイ揺れる死体を前に主人公が立ち尽くす以上のことは出来なかったでしょうし。
いえ、またすぐに人の死ぬ話を書くのでしょうが…(コラ)。
作中、カーニバルはほとんど壁の向こうで展開していますが、なんかもう自分がテーマ「祭り」で話を考えると、やれ生贄とか、やれ火あぶりとか、そんなのばかり思いついたでしょうから、このくらいの扱いで良かったのかもしれません(^^;)。

『スノウ〜』の方も、ありがとうございます。コメント拝読しました。
あれはまこと、曲が良いのですッ。

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