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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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陽は沈み陽は昇る

12/07/31 コンテスト(テーマ):【 プール 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2120

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 点描という言葉がこの世界にあるかどうかはわからないが、いまのシスラ星人の姿はまさに、疎らな点描に描かれた人物のようだった。
 コハナは夫をながめながら、涙声でいった。
「あなた、私もう、みていられないわ」
「きみだって、ひどいものだ」
 彼にも妻の体は直視に耐えられなかった。
 二人の姿が日に日に実体感を喪失しはじめたのは、この数週間のことだった。地上のすべての人間に同じ変化がおこっていた。シスラ星人の肉体は、時の経過とともに薄れてゆく。この運命から逃れられるものはだれもいなかった。かれらはいま、死の時期にさしかかっていた。
「ぼちぼちかしら」
「そうだね」
 二人は無意識に窓の外をみた。
 公園に人影がみとめられた。かれらもまた、コハナたち同様、その姿はおぼろにかすみ、風が吹けばいまにも大気の中に消えていくかにみえた。
 コハナはふと、顔をあげた。いま、なにかが心をかすめた。それは夫もおなじらしく、二人は黙ったまま、たがいの目をみつめあった。
 夫とコハナは、ドアに鍵もかけずに家を出た。
 かれらが歩きはじめると、辺りからも人々があらわれてきた。近所の連中だとはわかったが、顔も体ももはや、もうろうとして、あいまいになっていた。
「ねえ、わたしたち、このつぎもいっしょになれるかしら」
 気がかりなふうに、コハナは夫にいった。
「きみがそれを願っていたとは、うれしいね」
「あたりまえじゃない」
「さきのことはわからない。以前のことがわからないのとおなじに」
「だけど、以前にもわたしたち、いっしょじゃなかったとは、だれにもいえないわ」
「そうだね。つよく祈ろう。ぼくたちにできることはそれだけだ」
 コハナは肩に、枯葉でもふれたような感触を覚えた。それがかすれた夫の手だとわかるまで、しばらく時間がかかった。
 人々はいまでは、四方八方から集まってきて、途方もなく大きな流れとなってなおも、前進をつづけていた。
 やがてかれらは、小高い丘のうえにある満々と水をたたえた広大なプールのまえまでやってくると、ためらいもなく次々に、水面にむかって身を躍らせはじめた。

 着陸用小艇から出てきた隊員たちは、眼前にひろがる落ち着いたたたずまいの建築物に、 魅せられたようなまなざしをむけた。
 ボー隊員が、最初に口を開いた。
「まるで快適な避暑地のような惑星だ」
 それに答えてヤーが、
「こんなところで羽を伸ばしたら、仕事の疲れもふっとぶというもんだ」
 するとスーが、
「あたし、この窮屈な宇宙服を脱ぎ捨てて、裸になってあのプールに飛び込めたら、あとはもうなにもいらないわ」
 と、青々とした水面をのぞかせるプールを指さした。
 すべての隊員たちの目も、たちまちプールにひきつけられた。長期にわたる宇宙飛行の干からびきった生活のあいだ、おそらくだれもが夢にみたのは、豊かな水の中をおもうさま泳ぎ回ることだろう。
 みんなはしらずしらず、プールにむかって足を速めていた。目にみえない強い力が、かれらをプールに向かってかりたてていた。隊長のラーも、もはやとめることは不可能だとわかると、みんなといっしょになってプールめざしてかけだしていた。水に入りたいという欲求は、自分でもこわいぐらい激しいものだった。
 かりにだれかが咎めたとしても、理由を話せば許してくれるだろう。もっとも事前の調査ではここの住民は一人も発見できなかったが。
 みんなはしゃにむに着ているものを脱ぎすてるなり、我先にプールに飛び込みだした。もちろん事前に、人体に有害かどうかの水質検査は怠らなかった。
 
 一週間のあいだ隊員たちは、毎日のようにプールで遊んだ。
 おかけで仕事に弾みがつき、満足のいく仕事がこなせ、再びかれらは他の惑星めざして飛び立っていった。
 まだ宇宙船のエンジンの炎が夕空の中に青々と輝いている間にも、プールの水面から一人、また一人と、人々が頭をつきだすのが見えた。
 プールサイドに泳ぎついた女が、嬉々とした声で、
「みんな、はやくあがってきなさい。あたしたちの人生がはじまるのよ!」
 それはいま空のかなたに遠ざかってゆく宇宙船に乗っているはずの、スーの声だった。
「すばらしきかな、人生」
 水面から歓声をあげるボーをみるなりスーは、ある種のつよい感覚に心をうたれた。
「ボー、あたしの横にきて」
 ボーは彼女の横にくると、肌を寄せ合ってすわった。
「ねえ、あたしたち、まえにもこうして、いっしょにいたような気がしてならないの。どうしてかしら」
 ボーもまた、あいまいにうなずいて、
「だけどそれは、べつの世のことのようにもおもえる」
 二人はこの不可思議な感覚の答を求めるかのように、夕日の反射で謎めいた絵文字を描いているようにみえる水面に、いつまでも視線をむけていた。



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