メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

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15/08/14 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:5件 メラ 閲覧数:1827

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 目が覚めた。時計を見た。十一時だった。外は明るい。そろそろ昼になる、というところか。
 そこで気付く。
 自分がいた。
 自分の身体。自分の意識。
 自分はまだ、存在している。
 ため息を一つ。
 眠る前にいつも思うのだ。
 このまま自分など消えてしまえばいい。二度と目が覚めなければいいと。
 しかし、いつもこうして目が覚めて、昨日と同じ自分がいる。
 今日も、願望は達成できなかった。そんな敗北感と絶望感で、僕は新しい一日を迎える。
 病気をしているわけではない。怪我をしているわけでもない。それなのに、まだ三十台前半の僕が眠りながら突然死するなんて、可能性としてはまず考えられない。
 なのに、僕はここ最近、自分がこの世界から完全にいなくなる事を望んでいる。 
 きっかけはなんだったのか?仕事を辞めた事か?婚約者に裏切られたことか?父が死んだ事か?友人が事故に遭い、半死半生になったことか?
 そしてその友人と始めるはずだった事業は完全に暗礁に乗り上げ、借金だけが残った。そう、僕のここ数ヶ月間は激動の日々だった。ただ、僕自身は死んでもいないし、怪我もしていない。
 あまりに短期間に多くのことが起こりすぎて、多忙と疲労の中で、僕はある日、街中でぶっ倒れた。気付いたら病院にいた。
 ただの貧血、と診断され、僕はすぐ家に帰されたが、それ以来、僕は自分が自分でないような、ずっと白昼夢の中にいるような、虚ろな感覚に包まれっぱなしだった。
 色んな悲しみや、借金とか生活における不安がほとんど消え失せた。すべてが、どうでもよくなってしまったのだ。しかしその代わりに、完全な虚脱感と虚無感が、僕という存在を覆い、同化していった。
 だから僕は毎日生きる屍のように、ほとんど毎日何もしないで、アパートでただ起きて、ぼんやりテレビを眺めたり、近所を散歩し、定食屋で味気のない食事をして過ごす。だけどそこには、一切手ごたえのようなものが感じられなくなっていた。当然食事も、美味いなんて思えなかった。
 哲学的なことなんて、ほとんど考えた事がない。しかし、この虚ろな意識なりに、生きる意味について考えてみる。世界は僕にとって、リアリティの失われた退屈な映画のようなものだった。その映画に主人公なんていなくて、ただ世界の様子が淡々と切り取られ、光は僕の目に移り、音は僕の耳に入るだけ。
 僕は、どうして生きているのか?
 そしてこの世界に、いったい何の意味があるのか?
 いや、意味なんてないのかもしれない。
 ただ存在している。それだけ。
 
 久々に、友人を見舞いに行った。彼は色んな管に繋がれたまま、ピクリとも動かない。かろうじて意識はあるそうだが、僕がここにいる事に気付いているのかは分からない。
「おい。オレはこれから、どうすればいい?」
 何も言えない彼に尋ねながら、今の台詞はむしろ彼の方が言いたい事だろうと思うが、そこに悲壮感はない。もちろん笑えもしない。
 五分もいない内に、病室を出ようとした。その時誰かの声が聞こえた気がした。なんと言ったかまでは聞き取れない。
 後ろを振り返る。誰もいない。強いて言えば、友人がベッドに寝ているだけだ。
 ひょっとして、何か伝えがかったのか?
 ドアノブに手をかけたまま、しばらく彼を見つめ、耳を澄ませたが、やはり病室はいつくかの機械が放つ、静かで無機質なうなり声だけだった。
 病院を出て、僕は西日の差す蒸し暑い街を歩く。駅に向かったのだが、何故か落ち着かない気分になり、目に付いたカフェに入ってビールを注文した。無性に、冷えたビールが飲みたくなったのだ。
 冷えたビール。喉に落ちる炭酸。酒を飲むなんて久しぶりだった。そういうば、アイツとビールを飲みながら、色々と夢を語り合ったものだ。
 僕はそこでふと思い出した。
 そう、さっき聞こえた言葉だ。
「ビール飲みにいこう」
 確かにそう言った。仕事が終わると、まるで決まり文句のように。
 僕は目を閉じて、ビールを味わった。その味は、ここ数ヶ月間の無機質な味わいと違い、とても手応えある感触や味わいがあった。
「美味いな・・・」
 ポツリと呟く。
 まるで霧が晴れたかのように、世界は僕の前に広がり、僕はその世界と対面していた。
 もう少し、生きてみようと思った。きっとなんとかなる。そうも思えた。
 ビールを飲み干し、ビルの隙間から指す西日に気付く。僕はその強い日差しに思わず目を細めながら、そのぬくもりを肌で受け止めた。


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このストーリーに関するコメント

15/08/14 松山

メラさん、拝読致しました。
読むにつれ、今の私の心境と重なるところがあります。
主人公が経験する失望感
ただ、生きてるからこそ味わうビールの味、そして将来、西日の先に待っているはずです。やはりメッセージを受け取りには、それなりに自分自身が確りと聞き取る必要があると思います。
生きるという事は大変ですね。

15/08/14 メラ

松山さま、コメントありがとうございます。
「西日の先に待っているはずです」
西日は1日の終わりの象徴ですが、まだ終わりではなく、たとえ夜になっても世界は在り続け、やがて夜が明けます。この物語がお父さんの中でどう受け取られたのかはわかりませんが、今回のテーマを見て、訃報を知り、私は密かに大きな衝撃を受けました。そしていろんなものを己に重ね合わせしまいました。

若く、有望な人の死。まして我が子の死というのは、この世界においてもっとも悲しい出来事の一つです。しかし肉体というサナギから解き放たれた魂は、必ず安らかな世界を逍遊していると思います。
生きている我々は、目の前の事に、懸命に、健気に打ち込み続けるしかありませんが、西日の先を信じて日々を送りましょう。
長くなりましたが、魂の安らかな眠りを祈ります。

15/08/24 そらの珊瑚

メラさん、拝読しました。

生きてみようと主人公が前向きになれた、そのきっかけが、
ビールという点に、とてもリアリティを感じました。


15/08/24 泡沫恋歌

メラ 様、拝読しました。

鬱病みたいになって、生きる味気なさを感じていた主人公が一杯のビールで
もう一度、生きる手ごたえを感じる辺りは実にリアルだと思いました。

人間は些細なことで落ち込んだり、また些細な喜びで元気が出たりします。
複雑なようで単純な生き物かも知れない。

心に浸みるような作品でした。

15/08/26 光石七

拝読しました。
前半の主人公の心境が昔の自分と似ていて、心の奥をギュッとつかまれたような気分になりました。
主人公は、ビールが浮上するきっかけになったのですね。
生きる意味を見失っている時の心情描写も“世界”を取り戻した時の様子もとてもリアルに繊細に描かれていて、ラストの西日の眩しさとぬくもりを感じながら読み終えました。
素敵なお話をありがとうございます!

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