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ちほさん

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水上村に伝わる祭りは、謎に包まれている

15/08/12 コンテスト(テーマ):第九十回 時空モノガタリ文学賞【 祭り 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:1118

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 水上村の語り部をしていた八十歳の源じいさんは、祭りのクライマックスにこの土地に昔から伝わる橋渡りに参加するそうだ。源じいさんの後継ぎは俺しかいないため、母と共に東京から呼び戻された。
 摩訶不思議な祭りは、現代の常識を超越しており門外不出と伝えられている。源じいさんは、俺に語って聴かせた。
「水上村と湖を挟んだ対岸に朝陽村があり、年に一度、祭りの時だけ水上村と朝陽村の間に長い橋が出現する。人の手による橋ではなく、霧の中からふわりと浮かびあがり『時の架け橋』と呼ばれている。この村の年老いた者が、この世に未練がなくなった時に渡ってゆく。そうでない者が渡れば、命を落とす」
 五十年前に、もう長くはないと医師に見はなされた源じいさんの妹が、この橋を渡った。年若い身で橋に受け入れられたことは非常に珍しいことだが、その妹がこの水上村に帰ってくる、と夢の中で源じいさんに知らせてきた。
「彼女は、二十二歳で時の架け橋を渡った。彼女の名はえみ子といい、泣きぼくろと右足を引きずる癖がある。彼女を優しく迎えてほしい。できれば、わしももう一度逢いたいものだがねぇ」
 源じいさんは呟くように言った。

 祭囃子が、墨を流したような闇夜に陰陰と流れてくる。橋のたもとでは、屋台も出ている。橙色の電球に照らされた人々は、まるで影絵のように見えた。その様子に、祭り好きな俺もつい遊びたくなり母にそう言うと、ぴしゃりと叱られた。
「今夜は大切な橋渡りでしょう。語り部の後継ぎとして、しっかり見極めなさい」
「何をすればいいの?」
「祭りを見届けることよ。代々の語り部は、そこからスタートしているの」
 俺の父も語り部だったそうだが亡くなったとも別れたとも聞いていない。
『わたしは待っているのよ』
 母は、何かあるごとにそう呟く。意味のわからないまま、幼かった俺は頷いていた。
 母も源じいさんも、祭りの真実について教えてくれない。簡単に口外できないようだ。その謎を、今夜のクライマックスの橋渡りで確かめようと心に決めた。
 深夜になり、祭囃子の音も人々のざわめきも消えた。そのシンと張りつめた空気が息苦しい。突然、霧の中にふわりと浮かびあがった真っ白な『時の架け橋』を、村人は興奮と緊張の眼差しで凝視している。後ろの老人二人が話していた。
「今年、渡るのは源じいさんだけか。朝陽村での新しい人生も悪くないだろうよ」
「奥さんを亡くして十年か……。奥さんも橋を渡れば良かったのに」
「間に合わなかったんだよな……残念なことに。生きてさえいれば、また逢えたのに」
「ところで、えみ子さんが帰ってくるって、源じいさんが言っていたなぁ」
「すると、えみ子さんは……」
「もちろん……おっと、始まる始まる!」
 いつも物静かな源じいさんが、村人を前にして緊張している。そして、結局何も言えず、ただ深々と皆に頭を下げた。人々は、ほぉと吐息をつく。源じいさんはくるりと皆に背を向け、橋の上をただ一人で朝陽村に向けて歩み始めた。人々は、いつまでも去りゆく彼の後ろ姿を見つめていた。
 二度と逢えなくなるような気がして、俺は村人の群れから飛び出すと、源じいさんを追った。背後から、「行くな!」「ダメだ!」と俺を止める声が聞こえてきた。
 俺は、ずっと走っていた。けれど、源じいさんにはどうしても追いつけない。霧があたりを覆い尽くす直前に見た源じいさんは、子どもの姿になっていた。俺は呆然と立ち尽くす。恐怖心が生まれ、狼狽する俺の手にスッと誰かの手が滑りこんできた。
「こっちよ」
 その手に引かれて、俺は霧の中から抜け出せた。俺を救ったのは、小さな女の子だった。
 泣きぼくろに右足を少し引きずる癖。紅葉模様の浴衣姿。おかっぱ頭の愛らしい幼子。彼女は、にこりと笑うとこう言った。
「わたし、えみ子よ。源にいさんとは、さっきすれ違った時に少しお話ししたわ。あなたが誠くんね? 守一郎さんは、もう少し朝陽村でこの祭りの勉強をしたいそうよ。語り部として……ね。君江さんは泣くわねぇ。あ、わたし、誠の妹として生きていくことになります。よろしくね!」
 守一郎とは俺の父の名で、君江は俺の母の名。
 俺は何となく、この祭りと時の架け橋が理解できてきた。
 えみ子さん……えみ子に手を引かれて、水上村へ戻った。

「よろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げるえみ子に、母は慌てて両手を振った。
「誠の妹なら、わたしの娘だわ。この土地ならではの風習に、もはや疑問なんて持ちませんよ。大抵の人が、橋を渡ることで若返り、朝陽村で人生をやり直す道を選ぶんですよね。源じいさんも向こうで五十年も過ごせば、またこちらに子どもの姿で帰ってくるでしょう。それにしても、あの人はいつになったら帰ってくるのやら。わたしの方が先に朝陽村への橋を渡りそうだわ」
 


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