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草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
座右の銘 今を生きる  

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父に守られて生きていく

15/08/10 コンテスト(テーマ):第八十八回 時空モノガタリ文学賞【 罠 】 コメント:8件 草愛やし美 閲覧数:1658

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 あの日は、亡き父の遺品整理をした帰りだった。平日の夕方、郊外の私鉄は空いている。「あなた劇場で会った方よね」 隣に腰かけた白い花柄の紺色ワンピを着た若い女性に話しかけられた。
「ほらS小劇場の五月公演『非凡』」
「えっあなたも行かれたの?」
「主演の橘さん演技巧いね」
 橘は私の大好きな役者だ。すぐに私達は旧知の友達のように打ち解けて話していた。転職の準備期間で休職中だから観劇できたと話す女性は加納絢と名乗った。絢は私と同じ方角らしく地下鉄に乗り換えるために私と同じ駅で降りた。意気投合した私は絢に誘われて駅近の喫茶店に入ってしばらく話してその日は別れたが、再び遺品整理の帰路で出会った。出会ったことが奇跡のように思えた私は嬉しくて今度は自分から挨拶した。以前入った喫茶店に寄った。趣味が一緒だから話していてとても楽しい、私のことを凄くわかっていそうに感じる。家族のことなど友人にもめったに話したことがない私なのに絢に話していた。
「父は若年性アルツハイマーで母が面倒を見ていたけど大変だったの。悲しいけどホッとしたのが正直な気持ち、一人娘だから母が倒れたらって何度も考えたわ。結婚して十二年、子供はいないから気楽なんだけどね。子供は欲しかったけれどもう諦めたわ、幸い夫も同意してくれているの」
「いい旦那様ね」
 絢は自分のことのように喜んでくれる、とてもいい人だ。
「実は、今度私初めて一人暮らしをするんだけどこれから近くの賃貸物件を何軒か見に行くの。美里さん一緒に行ってくれない? ひとりじゃちょっと不安で」
 ペロッと舌を出し笑う絢に私は笑顔で頷いていた。夫は出張だ、遅くなってもかまわないと考えた。待ち合わせの物件に着いた時、絢が喫茶店に携帯を忘れたので取りに行ってくると言い出した。
「もうすぐ不動産屋が来るわ、ごめん美里さん私の代わりにここで待っていてくれない、すぐに戻ってくるから」
 そう言うと絢は私の返事も聴かず駆け出して行った。仕方なく待っているとスーツ姿の男が近づいてきた。
「加納絢様のお友だちの筒井様でしょうか、加納様からお電話でお聞きしました。先に物件見て待っていて欲しいそうです、行きましょうか」
 そう言うと男はさっさとドアを開け歩きだした、慌てて私は後を追った。
 ◇
 数日後、夫が離婚届を残して家を出た。離婚調停の申請が出ていることを初めて知った。寝耳に水だ、話をしたいと連絡しようとしたが、携帯を換えたようで繋がらない。調停に家裁へ行き驚いた。何と離婚は私の浮気が原因だというのだ。事実無根だと叫ぶ私に調停員は数枚の写真を提示してきた。
「え!」 思わず絶句した。相手は絢に頼まれて物件を見に行った時に対応したあの男だ。写真はぼやけているが私とあの男が二人だけで写っている、二人だけの場面を狙って撮ったものとしか思えない。
「この人は後藤という不動産屋で無関係です。私は加納絢という女に頼まれ物件を見に行っただけです」
「不動産勤務でないとご存じなんでしょ。彼は別れたいのにあなたにしつこく付き纏われ困っていると言っておられますよ」
 何を言っても信じてもらえない。しかも夫は私に慰謝料を請求しているという。たった数枚の偽写真を信じ、全く真実を見てくれない。罠に嵌められたのだと何度叫んでも聴く耳を持ってくれない、どうすればいいの、このまま言い逃れも出来ずに私は離婚するしかないのだろうか。悔しくさと、容易に騙されてしまった自分が情けなくて泣き臥した。調停員から次回調停では正式に離婚手続きをするので判子を忘れないようにと言われた。離婚するしか道はないという強固な態度。全面的に非は私にあると判定されたのだ。
 ◇
 ハッと顔を上げた。そうだ、あれがある! 叫んだ私はバックから小さな器機を取り出し釦を押した。
「アン不動産の後藤です、筒井様でしょうか? 加納絢様からお電話でお聞きしています。加納様は後から来られるそうですが一足先に物件を見ておいて欲しいという事ですので参りましょうか」

 父が私を助けてくれた、守ってくれた。
 
 日々記憶をなくしていく恐怖と父は闘い続けた。何かにつけボイスレコーダーにメモを残すこともその方法だった。あの日、遺品の中から何台もの器械を見つけた私は涙ぐみながら中の一台を形見分けとして持って帰ってきていた。不動産屋の説明を試しに録音したまま忘れていたのだ。録音には絢との会話も残っていた。
 後で知ったことだが夫はずっと不倫関係にあった絢が妊娠したので有利に離婚しようと私を罠に嵌めたのだ。男も絢の友人で金で引き受けたと判明した。慰謝料として現金と今住んでいるマンションを渡すと言ってきたので示談をのむことにした。
 実家から母を呼び寄せ二人で暮らしていくのに充分な広さの家だ、きっと父が守り続けてくれるだろう。


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このストーリーに関するコメント

15/08/10 鮎風 遊

ある日突然、こんな罠にはめられたらやってられないですね。
その内、ボイスレコーダーをいつも持って歩かないと危なくなるかも。
それにしても真実が判明し、よかったです。

15/08/12 滝沢朱音

きっとお父さんは、罠やで、これ持っていきやーって、娘の耳元で一生懸命言ってくれてたんでしょうね。
なんとなくそんな光景を思い浮かべました(;_;)

15/08/12 murakami

お久しぶりです。ご無沙汰しておりました。

ご活躍のようで、うれしく思っております。

「罠」というテーマに見事に合致した素晴らしい作品ですね。さすがです。
お父さんへの愛情、お父さんからの深い愛情を感じました。

15/08/12 泡沫恋歌

草藍やし美 様、拝読しました。

いつ何時、こんな罠に嵌められるか分からないので、常にボイスレコーダーは
持って歩いた方がいいかも知れませんね。

しかし、ピンチから大逆転で良かったです♪

15/08/13 光石七

拝読しました。
主人公、危なかったですね。ボイスレコーダーを持っててよかったです。まさにお父様が守ってくれたのでしょう。
ピンチの展開にハラハラしましたが、鮮やかな逆転に安堵しました。
素敵なお話をありがとうございます!

15/08/14 6丁目の女

緻密な伏線と回収からなる巧みなストーリー展開。テーマをしっかりと捉えながら、情感にうったえる手腕に、ほろりとさせられる。安定した筆致と完成度の高さは読み応えがあり、勉強になりました!

15/08/14 そらの珊瑚

草藍やし美さん、拝読しました。

天国からお父さんが守ってくれたのでは? と思わされるお話でした。
考えようによってはそんな夫と離婚できて、良かったのかもしれませんね。
おもしろかったです。

15/08/15 草愛やし美

>鮎風遊さん、お読みくださってコメント嬉しいです、いつもありがとうございます。

人生何が起こるかわかりません。愛し合った夫婦でも所詮他人、愛情が移れば……でしょうか。妊娠、子供がやはりネックになりやすいかと思います。子はかすがいなのですが、だからといって、人をそれも愛した妻を罠にかけるなんて許されることではないと思います。

>滝沢朱音さん、多くの作品をお読みくださり感謝してもしきれません。これを励みにして頑張って今回書くことができました、コメントありがとうございます。
見えない力を信じるほうなので、私もこのパターンはあると思います。

>村上さん、ご無沙汰しています。お元気そうでなによりです。村上さんの素敵なラウストーリーをまた読ませてくださいね、楽しみにしています。お読みくださってコメント嬉しいです、ありがとうございます。

この度のテーマ『罠』、思っていたより難しくてさっぱり出て来なくて最終日まであれこれ考えてはボツというのを繰り返しました。何とか投稿まで漕ぎ着けることができてホッとしています。

>泡沫恋歌さん、いつもお読みいただき感謝しています。コメントで意欲いただいて何とか書けています。締切ギリギリまでかかり、もうやめようかと何度も思いましたが、何とか形にできました。

ボイスレコーダー年と共に記憶が失せますのでそのうち必需品になりそうに思います、コメントをありがとうございました。

>光石七さん、いつもお立ち寄りくださって温かいコメント感謝しています。
罠って思っていたより難しいテーマでした、というか最近はどのテーマも苦労しています。脳の劣化と戦いながら頑張っていられるのもコメントいただき励み貰っているからと思います。いつまで投稿できるか不安ですが、努力していきたいです。ありがとうございました。

>6丁目の女さん、初めましてお読みいただき嬉しいです。

見に余るお褒めのコメントに舞い上がっています。これを励みに意欲に換え精進したいです、ありがとうございました。

>そらの珊瑚さん、いつもお読みくださって嬉しいです。コメント意欲に何とか投稿しています、ありがとうございました。

いやほんとに、こんな旦那さん離婚したほうが良いですよねえ、妻を罠にかけるだなんて許せません身勝手極まりない。嘘は絶対いつかばれるものと信じています。

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