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小沼 道明さん

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馬になれた日

15/08/07 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:3件 小沼 道明 閲覧数:1034

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「メガネ猿〜!」
校舎の二階から熊沢の声が飛んできた。
僕はその声を無視して校庭を速足で歩き続けた。
僕のランドセルは水に濡れていつもより重たかった。
おまけに髪の毛も服もずぶ濡れだった。
前には赤いランドセルを背負った麻里ちゃんが、友達と三人で歩いていた。
麻里ちゃんと友達が歩きながら後ろを振り返り、僕を見てクスクス笑っている。

 僕は幼稚園のころから眼鏡をかけている。遠視という目の病気だ。そして僕は麻里ちゃんが好きだ。
でも麻里ちゃんは僕の気持ちの事は知らない。はず。

 「メガネ〜〜猿〜〜」
 また熊沢の声が飛んでくる。さっきより大きく麻里ちゃんが笑う。友達も笑う。 僕は走り出した。麻里ちゃんを追い抜き、全速力で校庭を走り抜けた。

 6時間目の授業の途中からお腹がギュルギュル鳴りだし、トイレに行きたかったが行けなかった。ここでトイレに行ってしまえば、その時間の長さから、麻里ちゃんやクラスの全員に大か小か分かってしまう。チャイムが鳴り、日直の号令が終わると僕はランドセルを肩に掛け、トイレに向かって一目散に駆け出した。トイレの個室に駆け込み、慌ててドアを閉め、用を足した。セーフだった。
ホッとしていると、個室の上から何かが降ってきた。目の前に落ちたのは雑巾だった。
個室の外側では何人かのヒソヒソ話が聞こえる。内側から外の気配をうかがっていると、頭に何か当たった。たわしだった。何人かの男子が声を殺して笑っている。次に降ってきたのはモップだった。さすがに身の危険を感じ大声で言った。
「やめろよ、危ないじゃないか」すると間髪入れずに
「うるせー!メガネ猿もうんこするんだな。汚ね〜」
熊沢の声だった。
ちょっとの間があり、今度は水が降ってきた。それもどんどん降ってくる。
「やめろ!やめろ!やめてくれ!」
叫んだが止まなかった。
もうどうでもいいと思った。うつむき、水を浴びながら黙っていた。
熊沢の声が聞こえてきた。「メガネ猿〜、洗ってやったぞ、綺麗になったか〜」
僕は無視していると、熊沢を含めた何人かがトイレから出ていく足音がした。
嵐が過ぎ去った。
 重くなったランドセルを背負い直し、鍵を開け恐る恐る個室のドアを少し開けた。
外には誰もいなかった。ただ、長くくねったホースの先から綺麗な水が弧を描いて出ていた。
 濡れた髪や洋服は成すすべもなく、半ばどうにでもなれというような、あきらめの気持ちで下駄箱に向かい靴に履き替えた。かがんだ目の先にはまだ、水が滴っていた。
無心で、なるべく人と目を合わせ無いようにしながら校庭を歩いていると、目前に麻里ちゃんの後ろ姿がみえてしまった。そしてタイミングよく、二階からの熊沢の大声。最悪な一日だった。
 以前から熊沢とその仲間からは嫌がらせをされてはいたが、ここまでひどいのははじめてだった。
 翌日、学校に行きたくなくて仮病をつかったが、母親に見破られ仕方なく登校した。
休み時間、熊沢が言ってきた。
「馬になれ」
今までは熊沢に負けるもんか、と意地を張って言うことを聞かなかったが、意地を張るパワーが無くなってしまった今、
「一回だけね」
といってすぐに馬になった。そこに跨った熊沢は廊下の突き当りまで行けと言って僕の尻をたたいてきた。
「はいはい」とめんどうくさそうに返事をして、のそのそと廊下の端まで熊沢を乗せて行った。
「次は反対側に行け」と言ってきたが、熊沢が乗っているのを気にせず立ち上がり、
「一回だけだと言ったよ」と言いながらその場を去った。追いかけてきて何か言われるかと思ったが、なぜか何も言われなかった。ちょっと不思議な感じがした。僕の気持ちの中で何かが吹っ切れて軽くなった。

 翌日の休み時間。
熊沢が言ってきた。
「馬になれ」
「一回だけね」
と言って僕は熊沢の申し出に応じてやった。何も一日一回という約束をしたわけではないのだが、軽い気持ちで応じてやった。今回は「反対側に・・・」とは言ってこなかった。
その翌日、熊沢が言ってきた。
「馬になれ」
「一日一回という約束じゃない。今回は有料です。一回十円です」
というと熊沢は、ニヤニヤしながら僕の左肩から架空の十円を入れるふりをした。
「これでいいか」
熊沢が聞いてきたので、
「よし、仕方ない、やってやるよ」
と、僕はニヤニヤしながら馬になってやった。
廊下の端まで行った僕は上の熊沢に
「もう十円入れたら、反対側にいってやるよ」と言うと
「しょうがねー」と言いながら熊沢は僕の肩に十円を入れるふりをした。
僕は折り返していつもより余分に馬になってやった。馬にはなっていたが何だか楽しかった。

 あれから30年。とうとう、麻里ちゃんには告白出来なかったが、熊沢とはお互い家庭を持った今でも連絡を取り合うことの出来るかけがえのない親友でいる。


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このストーリーに関するコメント

15/08/08 小沼 道明

評価を下さり、未熟な文章を読んでいただいた方。
誠に、ありがとうございます。
大変、励みになります。

15/08/09 松山

小沼 道明様 拝読致しました。
最近は、世知辛い世の中になりましたね。
最近ニュースでよく聞く虐め問題ですね。主人公は熊沢と30年という月日が経ちましたが内心はどうなんでしょう?
『きっかけ』も色々ですね。

15/08/09 小沼 道明

松山様

読んでいただき、又コメント、誠にありがとうございます。
大変、励みになります。

30年後の主人公の実際の気持ちですが、
確かに微妙かもしれません。
十人十色で、人の上に立って仕切りたい人。人の下で従っていることを望む人。
あくまで対等でいたい人、色々ですね。
このお話の主人公は、馬になった日を境に熊沢と
対等な立場になってほしいと言う願いで書きました。
もっと文章修行して「伝わる」作品作りを目指します。
コメント、ありがとうございます。

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