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千也子さん

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エモノのアイ

15/08/06 コンテスト(テーマ):第八十八回 時空モノガタリ文学賞【 罠 】 コメント:0件 千也子 閲覧数:1270

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 ネイは白いダイニングテーブルに置いた鍵を見つめている。
 郵便受けにいつもの憂鬱な白い封筒でなく、花柄の封筒を見つけたのは昨日の事だった。
「メイ……」
 差出人を見て小さく声を上げると、他の郵便物を無造作にバッグに放り込み足早に自室へ向かった。例の白い封筒もめっきり届かなくなり、すっかり安堵していた頃だった。
 メイは、ネイの双子の姉である。顔の形はもちろん、美しい瞳の揺れ方、はにかむ仕草まで、まるで模写したように完璧な一対で、引っ込み思案なメイはいつもネイの傍を離れない子だった。
「『親愛なる音衣へ』」
 同じ高校へ進み、別々の友達が出来てもメイの執着と偏愛は続き、ネイを他の子と引き離し孤立するように仕向けては『メイがいるから大丈夫』と言う。
「『音衣が苦しんでいること知ってるわ。だって私達、二人で一つの完成品みたいな物だもの。だから分かるの。音衣が一番欲しいもの、私にして欲しいこと。鍵を同封します。』……鍵?」
 封筒から青いプレートの付いた鍵が掌に滑り落ちた。プラスチックプレートの片面が、べっとり黒く汚れている。
「『これは駅のロッカーの鍵。探して開けてみて、そこに音衣が望むものを入れておくから。約束。 芽衣』望むもの……?」
 手紙はそれで終わっていた。
 それからずっと、鍵と手紙を見ながらぼんやり考えている。
 
 これは罠だ。ネイは手紙を読んで感じた突き抜ける直観に身震いした。
 この半年間、ずっとストーカーに煩わされていた。帰り道を尾行され、変質的な手紙を毎日投函され……。自分と相手と、どちらにいつ限界が来るのかひたすら耐えている、その様な状況が続いていた。
 だがここ暫く、ぴたりと尾行も手紙も止んでいる。まるで相手が忽然と消えてしまったかの様に。
 ネイは鍵を見つめた。この黒い汚れは、果たして本当に黒いのだろうか。
「なんてひどい罠。……優しいメイ、それでもあなたを愛してる」
 ネイは鍵を握りしめた。突起が掌を抉るほど強く、強く。

 数時間後、構内が騒然とざわめく中、ロッカーの前でスーツケースを広げていた女が駆け付けた警察官に逮捕される。その中には、首と胴体が離れてしまった男が黒く変色した己の血の中で深い眠りについていた。
 逮捕された柏木音衣の自宅浴槽には血を洗い流した跡と凶器があったという。
 警察は周囲の証言より、溺愛する双子の姉がストーカー被害に遭っている事を知った妹が、姉を守るため凶行に出て錯乱し、遺体を確認している最中に捕まったと発表した。柏木は容疑を認めている。

***

「メイ、お前の言う通りだったな」
隣を歩く恋人の手を取り、メイは口の端を上げた。
「当然の結果よ、絶対に認めるって知ってたわ」
「まさか妹が罪を被ってくれるなんて。俺つい、かっとなって……」
 メイはふと黙り、アパートまで歩きながら思い出す。
 ネイは、メイほど社交的でなく中学時代ひどいいじめにあった。周囲から孤立した彼女の救いは自分の半身と盲信するメイにしかなく、いつしか『メイが自分を愛しすぎるが故に自分が孤立している』と考えるようになった。そして『そんなメイを愛する自分』に陶酔することで心のバランスを取っている様だった。
 はじめこそメイも憐れみと愛を持って接していたが、やがて『メイがいるから大丈夫』と事あるごとに口にするようになり窮屈になった。
 半ば強引に距離を取り、再会したのはつい最近。メイがひどいストーカー被害にあっている事を知り、急に訪ねてきたのだ。
「芽衣が苦しんでいること知ってるわ。だって私達、二人で一つの完成品物だもの。だから分かるの。芽衣が一番欲しいもの、私にして欲しいこと」
「どういうこと?」
「しばらくアパートを交換しましょう。私達そっくりだからきっとバレない。囮になるから、しばらく休むといいわ」

 まさにその日だった。心配かけまいと事情を伏せていた恋人がストーカーと鉢合わせて揉み合い、弾みで死なせてしまったのは。
 ネイの提案に乗ったふりをし、部屋を交換して死体を運びこみ事件に至る。
 メイは知っていた、自分が片割れに深く愛されている事を。そして自分が片割れをひどく疎んでいた事を。
 『酷いメイ』を『愛するネイ』が好きなのよね。ならばどこまでも愛してもらおう。
 メイは、罠を仕掛けてネイに委ねた。
「私を警察に突き出すことも出来たのに、本当バカ」
 久しぶりの自分のアパートに入ると、好きな芳香剤が香った。キッチンの窓を開けようとした時、ふと白いテーブルの上に手紙が置いてある事に気づく。それは、メイが出した手紙の裏に書かれていた。
『私の罪よ。あなたのせいじゃない。 音衣』
 メイは、何かがせり上がって痛むほど竦む胸をどんと強く叩いた。この痛み、涙を生んだ感情を、彼女は知りたくなかった。


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