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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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レゴとカルピスと夏と病葉(わくらば)

15/07/31 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:8件 クナリ 閲覧数:2063

時空モノガタリからの選評

人生には色々なきっかけがあると思いますが、こんな風に何が起こる訳でもなくても、大きく人生に影響を与えて行く出会いというものは、確かにあるのだと思います。何かをしてやらなければという義務感や、してやったという押し付けがましい感情でなく、ごく自然な形で肯定的な影響を与えあう二人の感情の動きがとてもリアルに感じられます。さりげなくも人生の大切なきっかけをしっかり描いている作品だと思いました。

時空モノガタリ文学賞

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 私が小学五年生の頃、同級生が登校拒否になったことがあった。
 彼はフィリピン人とのハーフで、外国人の血が入っていることが顕著な外見だったので、元々クラスで浮いていた。
 私も小学校三年まで海外で暮らしていたこともあって、何となく日本の学校で疎外感を覚え、彼に対して親近感を抱いていた。
 私と彼、共に決まって聞かれるのが「外国語が喋れるの?」だった。
 その度に「いいえ」と答えるのも、決まって落胆する相手の顔を見るのも辛かった。そんな気持ちを共有出来るのは、彼だけだった。
 私達は性別は違っても、家が近かったのでよく遊んでいた。
 男女差というものを意識し始めてからはお互いの家を行き来しなくなったけど、道すがらでふと会えば、近所の公園でよくブランコを揺らした。
 舞い上がった青空で鎖を掴む、彼のでこぼこした指をよく覚えている。

 私はある日曜日、学校に来られなくなった彼の家のインタフォンを、久し振りに押した。
 彼を助けようとか、力になろうなどとは考えてもおらず――そもそも登校拒否というものをよく理解していなかった――、ただ単に、一緒に遊びたいのに出て来ないのならばこちらから行くしかあるまいという、至極身勝手な理由だった。
 おばさんは以前とまるで変わりなく、私を家に上げてくれた。
 少なくとも自分の部屋の中の彼は、これまでと何も変わらなかった。
 おばさんがくれた冷たいカルピスを、二人で飲んだ。家に麦茶しか常備されていなかった私は、彼とカルピスを目当てに、あの家に通っていた。
 今思い出しても、私は本当に薄情でしょうもない奴だった。

 私のしたことと言えば、本当に彼と遊んだだけだった。
 彼の兄が収集していたレゴブロックのおこぼれを使って、自分達が住みたい町を作った。
 私はそこにシルバニアファミリーを参加させたかったのだけど、レゴとはサイズが違い過ぎて断念した。
 そうしていたのが何月頃だったのかすら覚えていないけれど、閉め切った部屋の中では蝉の声が聞こえないな、と思った覚えがある。夏だったのだろう。
 彼の登校拒否は、一ヶ月ほどで終わった。
 彼はその後、元来の身体能力の高さでクラスの人気者になり、私とは次第に疎遠になった。
 私は友人を複数作る能力に乏しかったので、段々教室の中で存在感を失くして行った。

 彼とは中学三年でも同じクラスになった。
 その年の秋に、いじめや不登校についての特別授業が行われた。彼と同じ空間でその講義を受けているのは、私には少し居心地が悪かった。
 放課後、家に帰ると、夕暮れの玄関先に彼が立っていた。
 彼は私に、おうと言ったきり、数分黙った。何らかの葛藤を抱えているのが見て取れた。
 夕闇で互いの顔も見えなくなった頃、ようやく彼は声を発した。
 彼がまた学校に行けたきっかけは私であり、その礼をずっと言いたかったのだ、というようなことをもぐもぐと言っていた。
 私はそんな大層なことをしたつもりなどなかったので、ただうんと頷いた。
 何となく別れ難くて、私達は一緒に公園へ歩いた。
 幾度も彼を青空へ運んだはずのブランコは、黄昏の中ではひどく小さく縮こまって見えた。
 二人でベンチ代りに座ると、久し振りの鎖は妙に華奢で、頼りない。
「今思えば、だけど。俺は、恵まれてた」
「そう」
「お前にも、学校に来て欲しい」
「うん」
「お前を助けたい」
 その頃の私は、三日に一度くらいしか登校出来ず、中三の秋だというのに進路も未定だった。原因は私の孤立癖で、それがクラスの女子からの迫害を招いていた。
「私はだめだよ。今日の授業だって、女子達皆私見てニヤニヤしてたし。私に関わらないで」
 私の境遇は私の性格が引き起こしたことで、自業自得だと思っていた。それを、底なし沼から抜け出した人の優しさに付け込んで、私の巻き添えでもう一度引きずり込むくらいなら、死んだ方がましだった。
 その後特別何が起こるでもなく、その夜は過ぎて行った。
 それでも私が後に大学まで出られたのは、生来のしぶとさと、「社会とか人生からドロップアウトしたら、心配してくれた彼に悪いなァ」という、なけなしの責任感のお陰だった。

 しょうもないまま生き続ける私も、何人かの優しい人に出会えた。
 今年の夏に出会った人は、色んなことが出来て、私などにも丁寧で、いじけ者の私を助けてくれた、きれいな指が印象的な人だった。
 全く見た目は似ていないのに、何となく彼を思い出した。

 彼が今どこで、何をしているのかは知らない。
 薄情者の私は、彼の不登校の理由すら、いまだに知らない。
 恵まれていたのは、むしろ私の方だった。
 そう思えたきっかけは、夏が過ぎ去ったあの夜で。
 学校へ行けなくても、一人ではなく。
 彼と並んで座った、あのブランコで。


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このストーリーに関するコメント

15/08/01 メラ

クナリさん、拝読しました。
二人のキャラクターと、子供の頃の情景がとてもリアルでした。
誰でも、同じような経験があり、そういう気持ちになったことはあるので、リアルに感じたのかもしれません。

15/08/01 松山

クナリさん、拝読致しました。
とても綺麗な作品ですね。その中に絵が描げる友情、思い出、優しさ、時が経っても素敵な思い出はいつまでも心の中で生き続けるのですね。
有難うございました。

15/08/02 クナリ

メラさん>
似たような経験をされているかたは、意外に多いんじゃないかと思うんですよね。
この話はまんま体験談ではありませんけども、子供の頃に感じた、あの、できる範囲のことはしているつもりなんだけど、不足だということもわかっているという忸怩たる思いに、少しでも仕返ししたいのかもしれません…。
コメント、ありがとうございました!

松山さん>
投稿させていただきました。
もう二度と会えない人とであれば、どんな思い出もあまり意味はない、という論説を聞いたことがあります。
これからも頻繁に会い続ける人との縁を大事にしよう、という意味なのは分かるのですが、やはり的を得ているとは言えない考え方だと思います。
形にはならない記憶というものが、たとえ二度と邂逅できない人とのそれであっても、なんと値打ちのあるものか。
役に立つ立たないという価値観を一線越えたところに、その意味があるのではないかと。
愚作、失礼致しました。
コメント、まことに有難うございます。

15/08/15 つつい つつ

人と人との関係はドラマや映画ほど深かったり、激しくなくても、つながっていけるんじゃないかと思いました。淡さとか温もりが感じられて良かったです。

15/08/17 クナリ


つつい つつさん>
「他者から見たら、ああよくあるよねそういうこと、という感じかもしれないけど本人にしてみたら大事件」というのを、学校を舞台にして描いて行きたいと思っているのですが、それで何とか面白いものが書けるようあがいています(^^;)。
友情でも愛情でもなく互いを大切に思い合う男女…の関係を描き切れればいいのですが。
コメント、ありがとうございました!

15/08/24 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

人との出会いって不思議ですね。
言葉では言い表せない場所で共感しあえた人との出会いは、
人生において宝物と呼んでも差し支えないモノのような気がします。
たったひとりでも、生きていくためのきっかけになりうる、そんな風にも思います。
あっうちの子は男と女なので、レゴとシルバニアはごく自然に合体してました(笑い)
高校生になった娘の部屋にはまだシルバニアファミリーが飾られてます。

15/08/24 光石七

恋とか友情とかとは少し違うけれど、互いを大切に思い、互いが互いの小さな行動に助けられ……
二人のつながりが美しく、切なく、優しく胸に迫ってきました。
タイトルにある「病葉」という言葉も深いですね。
ノスタルジックな雰囲気と共に、一歩踏み出す勇気をそっと与えてくれる、そんなお話だと思いました。

15/08/28 クナリ

そらの珊瑚さん>
シルバニアとレゴって、よく一体化するんですよね(^^;)。
ただ、レゴの人形とシルバニアのキャラクタのサイズが違ったりして、なかなか悩ましかったりッ。
改めてみてみると、シルバニアは本当に可愛らしい良いデザインです。
出逢いは全く、人生を直接左右しますよね〜。
血縁や恋愛感情とは無関係でも、生き方を変えてしまうほどの出逢いってあると思うんです。

光石七さん>
分類すれば、「友情」としか表現できないような異性の絆ですが、そう規定してしまうのがためらわれるような、曖昧かもしれないけど鮮烈な感情みたいなものが書きたいんですよね。
病葉は、そのままだとただのごみになってしまう気がしますが、柔らかく山を支えてくれる温かさみたいなものも感じていて、今回はそれを主役二人になぞらえてみました。



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