1. トップページ
  2. やりましたね、お母様

ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 童話作家。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

投稿済みの作品

1

やりましたね、お母様

15/07/31 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:4件 ちほ 閲覧数:1287

この作品を評価する

「梅子さぁーん」
一階から母が呼んでいる。
蝉の鳴き声のうるさい台所で、母は白い三角巾で頭を覆い、割烹着姿で朝からせっせとお菓子を作っていた。お手伝いの春子さんが里帰りをしているので、腕の見せ所とばかりに大好きなお菓子作りに励んでいる。
「これを教会の神父様に届けてきてくれないかしら」
これ、とは出来たての南瓜パイのことだ。お向かいの教会に行けばいいのかしら。わたしは、ハッとして思わず指先を唇にあてた。神父様って、殿方だわ。すぐに断ろうとしたわたしの耳元で、母は囁く。
「神父様は、性別を超えてしまった尊い方なの。怖いなんて思ったら失礼だわ」
十六歳で嫁ぐ娘も多い中、わたしは殿方にとんと縁がなく、ただ想像上で『嫁ぐ』という単語に恐れを抱いていた。女学校でも休み時間ともなれば、皆その話ばかり。とうとうその苦痛に耐えられなくなったわたしは、休学して家の手伝いをする毎日だ。
「神父様は南瓜がお嫌いなようよ」
何故か母は楽しそうに言う。嫌いなものを贈られても喜んではくれないだろうに。
「いってらっしゃいな。ゆっくりしてくると良いわ」
とんでもない。殿方のいるところでゆっくりだなんて……恐ろしいわ。

何時でも開かれている教会に、下げ髪に紅色の大きなリボン、矢絣の小袖に海老茶袴姿でお邪魔する。するとふいに、綺麗な声で紡がれる歌がゆったりと聞こえてきた。 
歌声に導かれるように、白い小石が敷き詰められた裏庭への細道を歩くと、その先の小さな畑が目に入った。畑の端には大きな桜の木があり、ふと見ると高い枝の青葉に抱かれた二十代と思われる若い男性の姿があった。 
彼は歌いながら、パン屑を庭に撒いている。たくさんの小鳥達は畑の作物に悪戯はせず、大人しくパン屑ばかりを啄んでいた。
 彼……服装からして神父様と思われる人が、わたしに気がついて歌うのを止めた。そして残っていたパン屑を全て辺りに撒くと、紙袋をくしゃっと丸めて、桜の木から器用に降りて来た。
わたしもできるだけ早くここから離れたかったので、小走りに駆け寄った。
「あぁ、小鳥遊梅子さんでしたね。南瓜のことは、お母様から窺っておりますよ」 
面白そうに彼が言った途端、わたしは声が出なくなった。南瓜パイの包みを彼に押しつけると、すぐさま逃げ出してしまった。
「あら、ゆっくりしてこなかったのね」
母は、それ以上のことは言わなかった。

ところが翌朝、
「この南瓜プリンを神父様に届けてきてくれないかしら」
母は、いつものように底抜けに明るい声でそう告げた。嫌だとは言えなかった。殿方が怖い、なんていうと叱られてしまう。
昨日と同じように、教会の桜の木の上にいた神父様に、南瓜プリンの包みを届けた。でも、その先が昨日と違った。
「ご一緒に如何ですか」
神父様にそう誘われたのだ。それに私はすぐには逃げなかった。
「申し訳ありません。女学校がありますので」
頭を深々と下げた後、逃げた。言い訳できただけマシよ!
母は、やはり何も言わなかった。

そのまた翌朝のこと。
「梅子さん、南瓜クッキーを神父様に届けてきてくれないかしら」
溜息まじりに包みを受け取りながら、何故かわたしの心は弾んでいた。
教会の庭で、わたしは真っ直ぐに神父様を見る。そして、いつもより強い声で言った。
「南瓜クッキーです」
今日は、わたしから話しかけることができた。
「ご一緒に如何ですか」
「はい」
誘いを断らなかったことに我ながら驚く。
「女学校は、お休みなのですね」
「えぇ、まぁ」

 西洋式のポットから、白いカップに注がれる紅茶。それと丸い形の南瓜クッキー。教会の客間で小さなお茶会が始まった。
「南瓜のお菓子は、とても美味しいですね。それにしても、君のお母様はまったく大したお人ですね」
「えぇ、大層な計略好きなんですよ。わたし、学校へ行けるかもしれません」
「ぼくも、こうも南瓜攻撃を受けるとは思っていませんでした。おかげでこれをきっかけに、南瓜の美味しさがわかるようになりました」

家に帰るなり、わたしは母に言った。
「やりましたね、お母様」
「やりましたよ。私の好きな言葉はご存じですわね」
「えぇ、一石二鳥でしょう」
母は、くすくすと上品に笑う。
「まさに、お母様の思惑通りです。神父様も苦手な南瓜を克服されたそうです。わたしも、明日から女学校へ通うことにいたします」
わたしは、二階への階段を清々しい気持ちでタンタンとリズムよく駆け上がった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/07/31 松山

ちほさん、拝読いたしました。
いつもと変わらない朝の風景が目を瞑ると頭の中に浮かびます。
梅子さんをいたわるお母様、優しい方なんでしょうね。
始まりはいつも些細なこと。梅子さん、また神父様に『きっかけ』を与えたお母様の愛がうかがえます。人に対して『きっかけ』を与える事は難しいことでは?

15/07/31 ちほ

松山様
コメントをありがとうございました。
梅子と神父様の心を、南瓜をきっかけに同時に癒した梅子の母。
その根底にあるものは、ブレることのない愛情だと思っています。
難しいことですが、私も梅子の母のように人を思いやれる人間になれるように努力しています。

松山椋様の作品を読ませていただく度に、いつも感動しておりました。
とても残念です。
椋様のご冥福を心よりお祈りいたしております。

15/08/25 そらの珊瑚

ちほさん、拝読しました。

きっかけが、南瓜というだけで、南瓜好きな私としては、それだけでなんだか癒されてしまうような素敵な物語でした。
ほのかに甘い野菜の滋養を、私も食した気持ちになりました。
ごちそうさまでした♪

15/08/25 ちほ

そらの珊瑚 様
読んでいただきありがとうございます。
実は、私は長年南瓜が苦手でした。それを克服するために、パイにしたりプリンにしたり。なんて美味しい!おかげで克服できました。
南瓜が苦手な子供は、お菓子から始めると喜んでくれるかもしれませんね。
そらの珊瑚様にとって、南瓜が癒しになられたそうで、このお話を書いて良かったです。
そらの珊瑚様からいただいたコメント、とても嬉しいです。
ありがとうございました。

ログイン