1. トップページ
  2. マナブ君のマブイ

Fujikiさん

第90回時空モノガタリ文学賞【祭り】入賞          第92回時空モノガタリ文学賞【沖縄】入賞          第94回時空モノガタリ文学賞【曖昧】最終選考        第95回時空モノガタリ文学賞【秘宝】最終選考        第96回時空モノガタリ文学賞【奇人】最終選考         2015年大阪ショートショート大賞【行列】佳作         第99回時空モノガタリ文学賞【失恋】最終選考         第105回時空モノガタリ文学賞【水族館】最終選考        第110回時空モノガタリ文学賞【雨】最終選考          第112回時空モノガタリ文学賞【弁当】入賞         第114回時空モノガタリ文学賞【パピプペポ】最終選考      第117回時空モノガタリ文学賞【本屋】最終選考         第118回時空モノガタリ文学賞【タイムスリップ】最終選考   第120回時空モノガタリ文学賞【平和】入賞           第126回時空モノガタリ文学賞【304号室】入賞       第127回時空モノガタリ文学賞【新宿】最終選考   第137回時空モノガタリ文学賞【海】入賞          第155回時空モノガタリ文学賞【ゴミ】最終選考   NovelJam 2018秋 藤井太洋賞受賞              にふぇーでーびる!                                                                                                                                    ■ 2018年5月、電子書籍『フィフティ・イージー・ピーセス』を刊行しました。時空モノガタリ投稿作に加筆・修正したものを中心に原稿用紙5、6枚程度の掌編小説を50作集めた作品集です。かなり頑張りました! Amazonで売っています。http://amzn.asia/c4AlN2k                                                                                                                       ■ 2018年11月、電子書籍『川の先へ雲は流れ』を刊行しました。NovelJam 2018秋 藤井太洋賞を受賞した表題作のほか6編収録! BCCKSほか各種オンライン書店にて販売中! https://bccks.jp/bcck/156976

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

マナブ君のマブイ

15/07/29 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:1291

この作品を評価する

 マナブ君は先週から学校に来ていない。一応病欠届が出されていたが、噂によれば彼はマブイを失くしたらしかった。「マブイ」とはこの地方で「たましい」を意味する言葉である。しかし、不注意な人が時々やってしまうように何かの拍子にうっかりマブイを落としたわけではないようだった。悪魔に売り渡したらしいというのが私たちの間では最も有力な説である。マナブ君が悪魔と一緒にスターバックスにいるところを何人かが目撃している。マナブ君のくせに珍しくスターバックスなんかにいたから人目を引いたのだ。
 ようやく登校してきた時、私たちは彼がマブイを失っていることをすぐに理解した。一見すると今までどおりのマナブ君だったが、同時に彼はもはや私たちの一人ではなくなっていた。いつもの怯えた表情が消え、背筋が伸び、近寄りがたい孤高の雰囲気を漂わせている。目立たなかった彼が突然輝きを放ち始めたかのようだった。その変化は私たちを戸惑わせた。
 マナブ君は始業のベルが鳴った後に悠々と教室に入ってきた。彼は他の私たちと同様にこれまで一度も遅刻をしたことがなかった。私たちの担任の先生は出席の点呼がぶしつけに戸を開ける音にさえぎられ、一瞬何が起こったのか理解できていないようだった。
「どうしたんだ」と先生は彼に訊ねた。しかしマナブ君はそれには答えず、ふらふらと窓際の自分の席まで歩いていって乱暴な音と共に崩れるように座り込んだ。彼は何日も砂漠を歩き続けた人のように疲れ果てた様子で机につっぷしてしまった。
「おい、マナブ」
 先生は大股でマナブ君の席まで歩み寄ってきて彼の背中に手を置いた。
「マナブ君は今マブイを失くしているんですよ」と私たちの一人が言った。
「野暮なことはしないでそっとしておいてあげましょう、先生」と別の一人も言った。
 先生は、まいったねという表情で肩をすくめて教壇に戻り、点呼の続きを始めた。去年大学を卒業したばかりの新任教員なので私たちの意見には素直に従ってくれる。そのおかげで私たちと先生はいい関係を保ってきたのだ。
 先生が教室を出て行った後もマナブ君はずっと机につっぷしたままだった。私たちは誰が彼に話しかけるのかやきもきしていた。彼がどんなきっかけでマブイを売ることにしたのか誰もが知りたがっていた。マブイを売って人生が変わるはずもないのに何を粋がっているのだろう。私たちはお互いをよく知っているつもりだったし、私たちの一人だった彼が考えていることも知らないはずがないと思っていた。なぜ私たちにではなく、真っ先に悪魔なんかに相談をしたのだろうか。でも彼を起こして話しかける勇気のある者は誰もいなかった。彼は悪魔と契約してマブイを売り渡しているのだ。眠っているところを私たちの一人が無理やり起こして機嫌を損ねたら最後、その不幸な誰かは一瞬にして鉢植えのサボテンに変えられてしまってもおかしくない。
 そこで私たちは個人を特定できない形でマナブ君の反応を探る作戦に出た。マナブ君が話しかけてきても目を合わさず、急ぎの用を言い訳にしてその場を離れる。マナブ君の机に油性マジックで落書きをしておき、机の中にある教科書は放課後にごみ箱に入れておく。マナブ君の上履きにはトイレの水を注いでおく。彼のアパートの玄関先に猫の轢死体を置いておく。彼がトイレの個室に入った時には間仕切りの上から濡れたモップを投げ入れる。体育の授業で着替えている時には後ろから羽交い絞めにして目隠しをさせ、全裸写真を撮影してSNSに流す。これらはピアノの全国コンクールで優勝したことを鼻にかけていたマリコさんや、童貞を早々に卒業した自慢ばかりしていたユキオ君を懲らしめた時に使ったのと同じ作戦である。当時はマナブ君も私たちの一人として協力してくれた。
 マリコさんやユキオ君は二週間ほどで音を上げて、鼻水を垂らして泣きじゃくりながら自らのそれまでの不遜な態度を私たちに土下座して謝罪した。ところがマナブ君は悪魔を味方につけているだけあってしぶとかった。何をされても涼しい顔で、手ごたえのある反応をいっこうに見せてくれない。服を脱がしてタバコの火を陰部に押し当てても、ろくに抵抗すらしない。拳をきつく握って静かに苦痛に耐えるだけだった。そこである夜、塾帰りのマナブ君を捕まえて黒いビニール袋を頭にかぶせ、首に縄を巻いて公園の木に吊るしてみた。マナブ君は首を激しく左右に振り、血管の浮いた両腕や足を動かしてもがいていたが一分ほどで静かになった。彼のズボンはいつの間にか失禁で濡れていた。
 マナブ君の顔を覆っていたビニール袋をはぎ取った私たちは息を呑んだ。彼は今まで見せたことのないような笑みを顔いっぱいに浮かべていたのである。彼がマブイを売り払ったのは、私たちの一人であることをやめるためだったのだ。目的を達成した彼は実に幸福そうだった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/07/29 松山

Fujikiさん、拝読致しました。
正しく、現在社会の闇の部分を写し出した作品だと思います。
悪魔にマブイ『魂』を売るなど・・・マナブ君は悩んだでしょう
しかし、現代の社会で生きてく上、違和感を感じていたののでは?
今、当たり前のように日頃ニュースで耳にする出来事、すべて普段は他人事で澄ましてしまう事柄、そんな世の中に考える『きっかけ』を持って貰うため、悪魔にマブイを売ったのでは?

15/07/30 Fujiki

文学青年に捧げる作品としてふさわしいものにしようと考え、世間と違う生き方をすることの難しさを思いながら書きました。文学者は作品や生きざまを通してきっかけを提供し、世の中に揺さぶりをかける存在なのかもしれません。丁寧なコメントを頂けてとてもうれしいです。

ログイン