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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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エス〜かなしき蝶〜

15/07/27 コンテスト(テーマ):第八十七回 時空モノガタリ文学賞 【 私は美女 】 コメント:10件 冬垣ひなた 閲覧数:1594

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エス。
彼女たちはsister(姉妹)の頭文字をとって呼ばれた。
上級生のお姉さま1人に、下級生の妹は1人。
約束を交わしたその日から、秘密のお手紙を靴箱に忍ばせ、彼女にふさわしい美しきものをお贈りし、心から一途にお慕いする……。
大正時代から昭和の初めにかけて、蕾の頃の少女たちが通う女学校には、そんな秘められた決まりごとがあった。

エス。
それは処女の園の、黄昏の夢。

熱く、長い夏だった。
1年生の志津が向日葵の咲き誇る寮の庭に来てみると、からたちの垣根のそばで4年生の玉緒がひっそりとたたずんでいる。
向日葵の先に見える玉緒の髪に、志津はたいそう驚いた。
先日まで1つに束ねていたはずの三つ編みは、今流行のおかっぱに切りそろっていた。前下がりの髪は艶めいていて、ビスクドールに似た容貌とあいまって、童話の国から抜けだした妖精のようだ。
ああ、お姉さまには羽が生えているかもしれない。
セーラー服でなく、牧場主のお嬢様らしい銘仙の着物姿も新鮮で、志津は心をときめかせた。
数ヶ月前、玉緒からエスの申し出を受けた時の志津は、それは天にも舞い上がるような気分で、まだ幼い胸に宿った思慕は日に日に増すばかりだ。
「お姉さま」
はやる気持ちを抑え、志津がうやうやしくそう呼びかけると、玉緒はようやくその物憂げな顔を上げた。
「お手紙ありがとうございます。髪をお切りになりましたの?素敵ですわ」
屈託ない笑顔で駆け寄る志津を、玉緒は抱きしめ頬を寄せた。
しかしその顔は曇ったままだ。
「志津。可愛い妹」
「お姉さま、どうかなさいましたの?」
「……私ね、学校を辞める事になりました」
驚いた志津の薔薇色の頬を、玉緒の白い指が優しく包む。
「父の言いつけで縁談が決まりましたの。相手は銀行員の方で、歳は10も離れていて、まだお会いしたことはありませんけれど……」
玉緒の双眸からはらはらと涙がこぼれる。

エス。
親の手で硝子の箱にしまわれた見目麗しき少女は、それゆえに青春を半ばに手折られた。

「ごめんなさい。この髪じゃ、志津に貰ったリボン、もう結べないわね……」
志津は呆然とした。
12歳の志津には、男の人に嫁ぐという感覚がまだよく分からないのだった。だが玉緒がこの女学校からいなくなる、ということはとても悲しかった。
「ああ。泣かないで、お姉さま」
その目に涙をためて、志津は健気に言った。
「今、お姉さまの眼には、このからたちの鋭く恐ろしい棘しか見えていないのです。この枝にだって、春には白く可憐な花が咲き、秋には大きく黄色い果実が生ります」
「志津……」
「きっと、きっとお姉さまは幸せにおなりになりますわ。だってこんなに優しくて素敵な方ですもの。ご結婚なさっても、お年を召されても、お美しいままなのです!」
そう言って志津は、取りだしたレースのハンカチで玉緒の目を拭う。
年端も行かぬこの子は、いつの間にこんな頼もしくなったのだろう?志津に懸命に言われると、玉緒はふと口元に自然な笑みがこぼれた。
私がいなくなった後も、この幼き妹をからたちは守ってくれるのだろうか?
玉緒は、ロザリオをしまってある懐に手を置いた。
「ありがとう、志津」

エス。
幼子は、蛹の衣を纏って少女になる。

最後の夏休みを、夕暮れ時まで二人は過ごした。
紫紺のリボンが巻かれた玉緒の白い手首に、志津はそっと触れる。重ねた手を互いに結わえてしまえたら、どんなにいいことか。
でも今更そんな事も言えない。
「お姉さま、お幸せになってください」
少しの嘘が混じる。
お姉さまは美しい。
そう願えば願う程、純粋無垢だった志津は、心が夕闇に濁って行く。
群青色の混じり始めた空に輝く一番星が、誰のものにもなりはしないように、お姉さまもそうなればいい。
最近はそんな事さえ思うのだ。

エス。
少女は女へ羽化をする。

別れの空は蒼ざめた灰色をしていた。
大人びた化粧をした玉緒の装いは、もう立派な貴婦人のもので、これから夫となる人の所へ行くのか、雑誌でしか見たことのない洋服に身を包んでいた。
「私は美しいかしら?」
誰の為、何の為、貴女は美しくなるのです?
行かないで、お姉さま。志津はもう子供じゃないのよ。
その言葉が溢れ出る前に、玉緒の形良い唇が動いた。
「志津はもっと美しくなるわ」
人目をはばかりながらも、玉緒のその唇が泣きそうな志津の額に触れた。
「約束よ。幸せにおなりなさいね」
そう言って、お終いに玉緒が志津に手渡したのは、いつもお祈りに使っていた銀のロザリオだった。
ああ、お姉さま!
去りゆくその背に志津は叫んだ。
「からたちの垣根の向こうにも、きっときっと花咲き乱れる野原がありますわ!」

そして玉緒は、志津が生涯忘れえぬ美しい女になった。

エス。
叶う事はない、けれど本当の恋だった。


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このストーリーに関するコメント

15/07/28 冬垣ひなた

≪参考資料≫
女学生手帖 大正・昭和 乙女らいふ (弥生美術館・内田静江 編)

男子と付き合うのが不良とされていた時代、
結婚の為ブラッシュアップされる少女たちの擬似恋愛は
度を越さぬ限り、容認されていました。 
宝塚はもちろん人気でしたし、川端康成さんもエスの少女小説を手掛けていたそうです。

15/07/28 光石七

拝読しました。
とても雰囲気のあるお話で、美しくも儚い、気高く純粋な少女たちの姿が目に浮かぶようでした。
素敵なお話をありがとうございます!

15/07/29 草愛やし美

冬垣ひなたさん、拝読しました。

この時代の女学生さんの世界って幻想的に感じます。今の時代の者には私も含め想像を絶する閉鎖されたものだったと思います。

切なくて美しいお話〜エス、物悲しく気高くしかも不思議な怪しさも漂う世界を垣間見させていただきありがとうございます、面白かったです。

15/07/31 冬垣ひなた

光石七さん、コメントありがとうございます。

進学率一割という時代の御令嬢が「白薔薇の君」や「すみれの君」と呼び合う世界なので、
自分の描写力のなさが切ない……。でも以前からやりたかった題材に取り組めて良かったと思います。


草藍やし美さん、コメントありがとうございます。

女学生をするには、裕福だというのはもちろん親の理解が必須であり、社会的に孤独であったと思われます。
そこは一番書きたかった部分なので汲んでいただけて嬉しかったです。

15/08/01 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

男女の自由恋愛が今のように当たり前ではない時代、こうした擬似恋愛にあこがれていた少女も多かったのではないでしょうか?
中原淳一さんの挿絵が浮かんでくるような、美しく雰囲気のある物語でした♪。

15/08/02 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

そうですね。双子コーデもエスの流れを汲むという考察がありました。
中原淳一さん、恐れ多いことです。とても嬉しいです。
本当はもっとエスらしい恋愛作品にしたかったのですが、
当時は寿中退が美女のステイタスという記事もあり妥協策を取りました。
アンハッピーエンドになりましたが、雰囲気は大事にしました。

15/08/06 滝沢朱音

いいですね、この世界観。ご令嬢たちの女学生生活。
透明で凛としていて、美しくて、切なくて、儚くて。
エス。で繰り返される少女の羽化の様子が、場面が切り替わるようになっていて、短編映画のようで素敵だと思いました。

15/08/17 冬垣ひなた

滝沢朱音さん、コメントありがとうございます。

今回は時間の幅を持たせたいと思い、おっしゃる通り映画的な意識で書きました。
こういう世界は自分の手に届かないものだから、そっと眺めているだけでしたが、
また機会があれば書ければと思います。

15/10/24 seika

じっくりと読ませていただきました。
私には何となく懐かしく感じました。
女子バスケ部顧問の細身長身の先生や先輩に恋することってありますね。
そして自分もその先生や先輩見たいになりたいって。
私もそうでしたよ。よく通っていた古着屋さんの店長さんが私の女の人生の先輩でした。

15/10/29 冬垣ひなた

seikaさん、コメントありがとうございます。

特殊な世界観かと思い、書いた当初冷や汗ものでしたが楽しんでいただけたようで嬉しいです。
女性が読むと尚更にノスタルジーを感じるかもしれません。
やっぱり今でも、素敵な女性には憧れますね。
人生の先輩がいるというのはとても素晴らしい財産だと思います。

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