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小さな会議室

15/07/27 コンテスト(テーマ):第八十七回 時空モノガタリ文学賞 【 私は美女 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:975

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 その子が来た日も私は全身汗だくになりながら、旅館の前の雪をかいていた。
 「こんにちは。あの、今日からアルバイトでお世話になる者なのですが・・・」
 いつもなら、「あぁそぉコンチハよろしくね。」と素っ気なく新人の対応をする。舐められてはだめだと虚勢を張る。2週間以内で去る者が多いので、素直に歓迎できないといったところに本心があるのかもしれない。心のカーテンをこちらがバッと開け放っても、「フンッ」と突然辞めていく者に複数会うと、人間どうしても<閉めておこう、開けたいけれど、閉めておこう>といった基本方針をとらざるを得ない。これは意地悪ではなく自然の法則であり企業文化なのである。私が着任した時も同様、先輩方々のカーテン・窓・雨戸までもが隙間なくしっかりと閉まっていた。因みに、そのカーテンを無理やり開けようとする者や、このカーテンは永遠に開かないものと断定してしまう者は、私の観察によると、例外なく2週間以内に去る。
 が、私はその子を見た瞬間、前例・基本方針・自然の法則・企業文化・雪かき用スコップすべてを放り出して、カーテンを開け放った。両手で目一杯。パートのオバサン達が掃除の合間に二階の曇った二重窓から覗いていたらきまりが悪いので、一応、眉間にしわはよせておいたが、口元は緩くなっていたと思われる。シッポが生えていたら、ちぎれるほどパタパタさせていたと思われる。完全なる完敗であり乾杯であった。いつも敵と解釈していた灰色の湿った雪が、優しく柔らかくニコニコと純白に輝いていた。豪雪地帯として知られる田舎の温泉旅館に、突如美女が私の前に現れたのだ。
 「・・・。」
 うむうむ。えーと、なんだっけ。そうだ、あいさつあいさつ。まずそれだ。えーと、いつもの「コンチハ」だ。ん〜、ダメだ。素っ気なさすぎる。相手に失礼だ。「こんにちは」をソプラノで行こう。さわやかに。もしくは、「ボンジュール♪」でいきなり勝負にでようか。よしっ。でも、滑ったらどうしよう。どうしよう。
 世の美女たちは、初対面の男子を前に「アタイと目を合わし始めてから何秒で口を開けられるかしら」、とストップウォッチで計っているのではないだろうかと疑ってしまうことがある。美女は美女なりに更なる美女を目指して日々精進していると推測されるが、その進捗状況を客観的に評価する基準として、その時間を用いているのでは。無論、その時間が長ければ長いほど評価は上がり、「毎日腹筋し続けてきてよかったわ」となる。若干偏ったモノの見方かもしれないが、そうとしか思えないほどの目で男子の口元を弛めてくる。品・好奇心・自信・挑発・恥じらい・陰を絶妙な分量で撹拌させた目、私の方にだけ向けてくるのであれば「うむうむ、」になるのであるが、私の観察によると、八方に対してその目を供給している。美男から私のようなブサイクから赤ちゃんからおじいちゃんにまで。パンダとかにも。
 「『ボンジュール♪』、は却下!リスクがデカすぎる。他に案はないのか?時間がないんだ!速くっ!」と小さな会議室で議長が怒鳴った時、もうすでに0.5秒は経ってしまっていたと思う。皆、眉間にしわをよせてはいるものの、あまりモノを考えているようには見えない。「あの、私の憶測だと思うのですが、あの子には彼氏がいるのではないでしょうか。綺麗ですもの。」と誰かが控えめに言う。皆の眉間のしわが一気に本物になったところを見ると、議題からズレているようで実は核心部だったりするのかもしれない。「男がいて浮かれている奴はこんな田舎には来んっ!」と無根拠に誰かが反論すると、「そうだそうだ」と右脳の方から匿名の野次が飛ぶ。「まぁ、カレがいようがいまいが現時点では関係ないんじゃないの?そもそもそのカレはここにいないわけだし。あの子の任期が終わるまでに、『アンタに附いていくわ』にすればいいだけの話でしょ。」の意見に左脳の方も「うむうむ」になる。
 とにもかくにも、何か言わなければ・・・
 突然、甲高い声が我々の劇的な運命の出会いに幕を下ろした。
 「あっ、もしかして、山上さん。あ、どうもどうも。」
 その声の主が玄関から走って我々の方に近づいてくる。「アノネェ、僕が全身汗だくにならなかったら、君は今走れないんだよ。ひざまで雪に埋もれて、そこからここまで30秒はかかるんだよ。」と言ってやりたかった。
 「私、ここで番頭を務めさせていただいております小山と申します。どうぞひとつよろしく。いやぁ、遠いところからお疲れだったね。もうすぐ一服の時間だからさ、まぁ取りあえずあがってよ。こっちこっち。いやぁ、こっちは寒いでしょ?うんうん。」
 ちっ!アイツには哲学がないのだよ。哲学が。シッポばっか振りやがって。
 番犬と天使は従業員出入り口へと消えていった。私はゆっくりと重いスコップを拾いあげた。


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