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Fujikiさん

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星砂の浜辺

15/07/27 コンテスト(テーマ):第八十八回 時空モノガタリ文学賞【 罠 】 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:1261

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 彼が愛した星砂の浜辺に落とし穴を仕掛けておいた。好んで寝転がると言っていた地点に直径一・五メートル、深さ二メートルの巨大な穴を掘り、ソテツの葉を編んで作った薄い覆いをかぶせて砂で隠した。彼が新しい女を連れてこの浜辺に戻って来れば、二人ともアリジゴクの罠にかかった昆虫のようにひとたまりもないだろう。
「ここは子どもの頃から知っている俺だけの秘密の場所。今でも仕事で疲れた時や、つらいことがあった時にはここに来て夜空を眺めるんだ。それだけで元気を取り戻せる」
 彼はそう言うと私の太ももに静かに頭を載せて目を閉じた。波音を聞きながら彼の柔らかい巻き毛の髪に指先をからませ、月明かりに照らされたあどけない横顔を見つめていると、胸が熱くなって涙がひとりでに溢れてきた。日常の煩雑をすべて忘れさせてくれる優しい潮風は、私と彼を悠久の昔から変わることのない世界へと運んで行った。ほんのりと銀白に輝く星砂は、二人の永遠の絆を祝福しているかのようだった。
 無垢で無防備な一面を星砂の浜辺でさらけ出してくれた彼とはもう決して別れることはないと思っていた。いつでも彼と結婚できるように仕事をパートタイムに切り替え、式場選びや新婚旅行の準備を進めていた。もちろん料理の練習をはじめ花嫁修業にも余念はなかった。彼が私の手料理をもっと好きになってくれるように、彼の出張中に内緒で彼の実家に行ってあちらの家の味付けを学んできたくらいである。彼の両親も弟も私だったら喜んで迎えて入れてくれると太鼓判を押してくれた。それなのに彼は卑劣なやり方で私を裏切ったのだ。
「恋愛や将来に対する二人の考え方が違い過ぎていて、君の気持ちをこれ以上受け止める自信がなくなった」と、彼はもっともらしいきれいごとの説明をした。でも、私は本当のことをよく知っていた。彼が得意先へのプレゼンテーションを一緒に準備していた女と仕事の時間以外にも携帯のメールでやり取りしているということ。彼が職場からの帰りに立ち寄ったと言っていたイタリア料理店で二人前の食事代をクレジットカードで支払ったこと。彼が残業をしている時には、その女もまた終業時刻を過ぎても職場から出てこないこと。彼が女とカフェで仲良くコーヒーを飲みながら笑っていたところを写真に撮ってメールで送ったら、彼は私からの連絡を一方的に拒絶するようになった。私の心を傷つけたことを素直に謝ってくれれば済む話なのに無視を決め込んでさらに私を傷つけるなんて許しがたいことだった。
 落とし穴を仕掛けた場所が見渡せる洞窟に身を隠し、彼が来るのを腹ばいになってじっと待った。二十四時間休みなく双眼鏡を構えてひっそりとした浜辺を見張り続けるのは決して楽なことではなかったが、復讐が果たされる至福の瞬間を味わうためなら一週間でも一ヶ月でも辛抱できる自信があった。ここは子どもの頃から知っている俺だけの秘密の場所、などと言いながら得意顔で女を案内していた彼が、何が起こったかも分からぬままに女ともども首の骨を折って死に、たちまち砂の棺に埋もれるのを想像すると体の奥から笑いがこみ上げてきた。
 満潮になると洞窟の中は水浸しになったが、ここ以上の絶好の見張り場所はなかったので身動きが取れなかった。しかも夜にはヤドカリの大群がやって来て小さなハサミで私の肉片を少しずつ切り取っていた。はじめのうちは手で追い払っていたものの、いつ彼がやって来るか分からないので双眼鏡から目を離すわけにはいかない。結局、カサカサという無数の殻がぶつかり合う音が聞こえる度にされるがままになる他なかった。いつの間にか両手の指や掌の肉もすっかりかすめ取られてしまい、追い払おうにも追い払えなくなった。
 半年が経ち、一年が過ぎても彼が現れる気配はなかった。双眼鏡はとっくの昔に流されてしまったが、私は眼球を失くした眼窩で浜辺を凝視し続けた。彼が来ないのは女とうまくいっていて故郷で心を慰める必要がないからなのだ。思い出の場所のことも、昔の恋人のことも彼はとっくに忘れてしまったのだ。そう考えるだけで、風が吹き抜けるあばら骨がきしきしと痛んだ。しかし月夜に珊瑚虫の骨片と一体になって銀白の光を放っていると、現在の彼のことなどどうでもよく思えてきた。彼は今頃子どもの教育費や家のローンに神経をすり減らし、あるいは神経痛がきついだの年金が少ないだのと愚痴をこぼしていることだろう。きっと巻き毛の美しかった頭は禿げあがり、月光を浴びて輝いていた艶のある肌は醜くたるんでしまったに違いない。そんな彼のなれの果てはどこぞの女にでもくれてやればいい。
 星砂の浜辺には、幼い面影を残したままいつまでも変わることのない姿で眠り続ける彼がいる。落とし穴に閉じ込めて誰にも見つからないように砂の下に隠してあるのだ。その愛おしい彼は永遠に私だけのものだ。


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