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三文享楽さん

私、三文享楽でございます。

性別 男性
将来の夢 鼻炎の改善
座右の銘 枕カバーは週1で洗う。

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録音器

15/07/14 コンテスト(テーマ):第八十八回 時空モノガタリ文学賞【 罠 】 コメント:0件 三文享楽 閲覧数:1233

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「ああ、私ボギーでしたよ」
 しめた、あのバカ、ひっかかりやがったぞ。
 良武はプレー中にも拘わらず、同僚の亀田の姿を見てほくそ笑んだ。
 あれだけのオーバーをしていたら、誰が見たってボギーではない。少なく見積もってもトリプル、下手すればプラス四か五だ。これであいつの信頼はガタ落ち、いられなくなるだろう。
 そう思いながら打ったショットが、思いの外よく飛んだ。
 職場の人間関係なんて、騙し合いである。その最たるがゴルフだ。紳士のスポーツなんていうがそんなものではない。いかにプレー中で機嫌をとり、他人を蹴落とす噂話を流布し、相対的に自身の評価を上げるかのかがゴルフである。
「ナイスショットー」
 計算しながらも周囲への気配りは忘れてはならない。長くなりすぎないコメントで上司をほめ、短い言葉で年下をネタにした笑いをとる。
 良武はモットーを唱えながらも感情を戻した。
 プレーのスマートさと分かりやすいショットが信頼につながるのだ。こうして明らかにズルをしたスコアを自己申告させれば、あいつの信頼度はガタ落ちだ。
 良武は亀田が落ちぶれていく姿を想像しながら、八十七という今までにないスコアでプレーを終わらせた。
「良武くん。今日は、こっちはないんだっけ?」
 良武の所属する係の係長が、おちょこをあおるジェスチャーをした。
「ええ、今日はちょっと予定がありまして」
 良武は断った。そう、今日は行くわけにいかないのである。
 デタラメスコアを申告した亀田が飲み会でどう扱われるか、それを事前にしかけた録音機を用いて後でゆっくり楽しむ予定なのである。
 その日はおとなしく帰り、翌日、良武は亀田の名刺入れから録音機を回収した。しかし、現状として、上司と亀田の目に見える軋轢はなさそうなのである。
 まあ、いい。次第に関係は崩れていくはずだ。
 良武は早々に仕事をあがった。
 自宅に入るやトイレを済ませ、ペットボトルのお茶の用意をして録音機の前に座る。
「ひっでえなあ」
 はじまった、はじまった。
「言われてみれば、あいつが八十七というのもおかしいもんなあ」
 飲み会の時間始まりにタイマーをセットしていたから会話の途中からというのは想定済みである。
 しかし、八十七? なんのことであろうか。
「ホントあいつのいうことウソばかりですよ」
「良武がなあ」
 どういうことなのだ、これは俺の話か。亀田は俺の悪口を言っているのか。
「同僚への忠告はウソばかり。ちょっとこれ、なんだか分かります?」
「いや。なんだね」
「あいつがあまりにひどいんで、録音しておいたんですよ」
 足元が崩れていくようだった。あいつも俺の言うことを録音していたというのか。
「少しくらい打った数をごまかしたって分からないものだぜ? 俺だって毎回やってるんだから」
 いや、違う違う。たしかに、若い頃はやったこともあった。しかし、今になってやったことはほとんどない。こいつにウソ申告をさせるために言ったに過ぎない。
 良武は小型の機械から出てくる自分の声を聴き続けた。醜悪なことを企んでいる時の自分の声ほど、聴いていて不快なものはない。
「それに課長なんかひでえもんだよ。毎ホールでやってるぜ」
 良武は気が遠くなるのを感じた。
 課長はこんなことを聞いた上で、今日もいつもと同じように接してきたというのか。
 その後も亀田は良武の発言した数々の暴言を曝した。聞きたくもないのになおも録音機が稼動しているのは、良武が絶望のあまりに録音機も止められなくなったからである。
「でもなあ、やはり盗聴をいうのはよくないんじゃないかなあ」
 録音機越しに散々に批判をうけていた課長が言った。いくら憎らしいとはいえ、コンプライアンスを守らないといけない管理職である。
「あくまで本人の許可の元で録音しないとな。これだと盗聴に変わりないし」
「では、本人も勝手に録音することを容認するような人間だとしたら」
「どういうことだ」
「見てくださいよ、これ。今日あいつにこの録音機を仕掛けられてんですよ。予定で来られないとか言っておきながら、平気で薄型の録音機を仕掛けるようなやつなんですよ」
「あいつ自体がそういうことをやってるのか」
 もはや、良武の意識は無思考状態に入っていると言ってよかった。
「だからですね、何も言わずにこのままにしておこうと思うんですよ。明日あたりこの録音機が回収される。それ以降のあいつを観察しましょうよ」
「はっはっは、そりゃいい。何も知らぬ顔で見ていてやろう」
「これ聞いてまともでいられるやつは、よっぽどのバカですよ」
 我に帰った良武は録音機を止めた。
 ゆっくりと立ち上がった良武のとった行動は、翌日以降の各報道機関を騒がせることとなった。


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