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Aミさん

ど素人です。山と動物と草木が好きです。朝顔を愛しています。生き物好きをこじらせてバイオテクノロジーなど学んでいました。文鳥とメダカ飼ってます。この秋にネコを拾ったので飼いはじめました。

性別 女性
将来の夢 動物保護活動のスポンサーになれるくらいの金持ちになりたい。
座右の銘 技術は見て盗め(とあるバイオ技術者から教わった、受け身では何も身に付かないという教訓)

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追いつけないあの子

12/07/29 コンテスト(テーマ):第十回 時空モノガタリ文学賞【 自転車 】 コメント:0件 Aミ 閲覧数:2033

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「なあ、自転車で時速35キロって、簡単に出るもんかな?」

社員食堂で日替わりランチを食べながら、僕は向かいの席にいる同期の男に、思い切って、ここ最近気になってしょうがなかった話題を持ちかける。

「なんだよ急に?」
「いや、自転車通勤始めたんだけどさ。毎朝、すっごく速い子に追い抜かれるんだ」
「悔しい、と?」
「いや、自転車の種類が違うからな。簡単には比べられないよ」
「ははは、それって完ぺきな負け惜しみじゃないか」
「む、僕のはマウンテンバイクで、その子のは競輪の自転車みたいな、タイヤが凄く細いやつなんだぞ。ぜったい路面の抵抗が…」
「はいはい。まあでも、35キロってのは速いよな。原付以上だ」
「だろ?僕も頑張ってこいで30キロくらい出てるのに、スルスルっと追い抜かれるんだよ。もしかしたら40出てるかも」
「あーもうお前、その競輪みたいなの買ったらいいじゃないか」
「そうなんだよなぁ。ボーナスで買うかぁ」

そんな会話をしたのが昨日の昼だった。

そして、今朝も今朝とて、あの子が僕を追い抜いていく。
流れるポニーテールと、涼しげな横顔で。
「このっ!」
グイッとギアをトップに入れて、僕は負けじと渾身の力でペダルを踏む。
あの子のだって自転車は自転車だ。モーターが付いてるわけじゃない。人力で動いてるんだから、僕の自転車とそんなに違いはないはずだ!
太ももが悲鳴をあげる。
息が苦しい。
速度計は36km/hの表示。
よし、今までの最高速度だ。
なのに!
ああ、やっぱり引き離されていく…

大きな橋の手前で信号が赤になって、あの子が止まる。僕はだいぶ遅れて追いついた。
ぜぃぜぃ、はぁはぁ、とみっともなく息を荒げた僕を、振り返り見遣る、笑みを含んだ瞳。ああ、横顔以外を見たのは初めてだ。すっきりして端正な顔立ちは横顔の印象の通りだ。
「凄いね、ぜんぜん追い付けないや」
目が合ったと思ったとたん、僕はつい話かけていた。
「お兄さんもブロックタイヤなのに凄いですね」
彼女の声は中性的で落ち着いたトーンだった。年齢が読めない。比較的ラフな服装をしているところからすると大学生なんだろうか。
「僕はぜんぜんだよ。ね、その自転車は競輪のやつなの?」
「いえ、これはロードバイクです。ホイールはフリーボディだし、ブレーキも付いてるでしょう?」
「え、ああ、そっか」
フリーって何だ?てか、まさか競輪用自転車にはブレーキが無いのか??専門用語が飛び出してきて半分も理解できないままに、僕は曖昧に相づちをうってしまう。
「そうだ、お兄さんもロードバイクに乗ってみたくなったら、私のお店に来てください」
彼女はポケットからカードを取り出して、僕に寄越した。
「君の店?」
「ええ。先月、祖父から受け継いだんです。ぜひいらしてください。じゃあまた!」
信号が青に変わって、彼女はモーターでも入ってるんじゃないかというくらい素晴らしい加速であっという間に、橋に続く上り坂を登りきって、見えなくなってしまった。その、まるで隙のない、自転車と一体になったかのような美しい後姿を見送ったあと、僕はまだ落ち着かない呼吸のままカードに目を落す。

そこには《スポーツサイクルショップ タナハシ》という店名と、僕があまり知らない裏通りの住所。《ショップのサイクリングに参加しませんか?私たちといっしょに走りましょう!》というクラブチームの勧誘文句。

これは彼女の、営業活動といったところか。
なんてしたたかな子だ。
ああやばい、自転車も彼女のことも好きになってしまった。

あのロードバイクというのを買おう!
チームにも入りたい!
彼女のことも捕まえられるほど速くなってやる!

こうして僕は、自転車にどっぷりとハマることになるのだった。


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