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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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至福の繭

15/07/13 コンテスト(テーマ):第八十八回 時空モノガタリ文学賞【 罠 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1332

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観測基地の近くにいたクバを最初に発見したのは隊員のミサだった。この惑星に降り立ってひと月がたった時のことで、かけつけた隊長ラムも、そのふわふわしたまん丸の生き物をみて目を細めた。世の中にはたとえば赤子のように理屈なしに愛くるしく思えるものがあるが、この生き物がまさにそれで、ミサたち女性隊員などはおもわず頬をすりよせずにはいられなくなるほどだった。
生物学者のキコは、どうもそれはクバのもつある種の自衛本能ではないかと推測した。クバのような牙や爪ももたない穏やかな生き物ならではの、一種のカムフラージュではないのか…。
ミサは一匹のクバを観測所にもちかえった。
この惑星は緑も水も豊富で、大気は肌に心地よく、人類移住計画の最有力候補の一つに上るぐらいだったが、ただ一つ問題があった。
観測所内の食堂に集まったみんなは、皿にもられた昆虫の山をみてげんなりとなった。
基地周辺には食糧となる動物はほとんど発見されていない。従って、毎日かれらの食事には地上にごまんと生息する節くれだった肢と触手のある虫が食卓を飾るというわけだ。
「クバのことをいろいろ検査したが、単体で繁殖できしかも多産ときている。これを我々の食糧にしない手はないと思うが」
キコの提案に、ほぼ全員から喝さいがあがった。ミサ一人、いまも部屋に飼っているクバのことを思い浮かべてうつむいた。が彼女といえども毎日、昆虫ばかりたべさされることにはほとほとうんざりしていた。
「あなたは誰にも渡さないから、安心して」ミサが部屋にもどり、膝にのせたクバに話しかけると、クバのあどけない瞳が黒く滲んだように見開いた…

…明るい朝の陽射しの下、緑に輝く草原を、ミサは父親の姿を追ってかけていた。
「パパ」惜しみない愛情をその顔にたたえてふりかえった父親に、ミサは夢中ですがりつき、勢い余って二人、草の上に倒れこんだ。父と娘はその場で笑いころげた。ふいに二人のそばを虫がとびすぎた。とっさに父親がその虫をつかむと、娘の口にそれをいれた。
「ありがとう」ミサはそのとき、父親の目が黒く、滲んだように見開くのをみ見た…

ラムは、椅子の上で身じろぎもしないミサを不安げにながめた。彼女の様子がおかしいとの報告をうけてかけつけたときからずっとその状態は変わらなかった。不可解なのはその顔に宿るとても幸せそうな表情だった。
「彼女の中で何かが起こっているようだ」キコがいった。
ラムはチラと、部屋の隅にいるクバを見やると、困惑げに腕を組んだ。
そのとき、クバ捕獲の報告がはいり、ラムは観測所から出た。
「ごくろう」ラムはクバを囲む柵の外にいる隊員たちを見て、ハッと息をのんだ。隊員たちの顔すべてに、さっきミサの上にみたあの幸せそのものといった表情が浮かんでいる。
ふと何者かの視線を感じて見ると、柵の中からクバが一匹、こちらにじっと目をむけている。眼の前の世界が様変わりすると同時に、彼の妻のナミが眼前に出現したのはその時だった…

「あなた」ナミがさしのばす手を、ラムは握りしめた。
「ナミ」彼は両腕でしっかり最愛の妻を抱きしめた。
「このまま私を、いつまで離さないで」
そこは自分の家の中で、長年なじんだテーブルやソファ、窓には彼女が選んだ薄緑色のカーテンが風に軟らかく舞っている。
羽ばたき音とともに、虫が彼の頭をかすめすぎた。妻の手が機敏にその虫を捕えるや否や、すばやく自分の口にいれた。
…何かがちがう。猜疑心がラムの胸をよぎった。彼はそして、虫をかみつぶす妻の目が、黒く、滲んだようになるのを見るなり、「これはクバの罠だ!」と声をはりあげた。

たちまちラムは、もといた観測所の外のクバの柵の前にいる自分を見出した。
彼はそしていまの体験から、他の隊員たちが、それぞれの人生の至福の時を心の中で生きていることを理解した。
それこそクバが人間にしかけた罠だった。そうすることでクバは、人間の食糧にされることを巧みに回避しているのだ。クバは人間に幻影の糸を吐き掛け、人間の意識に至福の繭を描き出し、自分に対する敵意を掻き消していた。
ラムはそして、自分一人がそのクバの罠を見破り、現実世界に生還したことをしった。
あのまま妻といっしょにいることもできた。それを思うと彼は、幻影を見破った自分を攻めたくなった。だが一度見破ったら最後、二度とクバは彼に至福の糸を吐きかけることはなかった。
ラムは、自分以外のものがみな――キコさえも、至福の夢に浸り続ける中にあって一人、この現実に生きることの味気なさに、重々しげにため息をもらした。ただ、それ以来虫を食べることに平気になったことと、クバに対する愛着がひとしお強くなったことだけが、救いといえば救いかも知れないが。












































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