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夏川さん

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お返し

15/07/13 コンテスト(テーマ):第八十八回 時空モノガタリ文学賞【 罠 】 コメント:10件 夏川 閲覧数:2106

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 雪の降り積もるある冬の日。
 大きな木の下に仕掛けておいた罠を見に行った俺は思いもかけないものを目にした。

「おお……これは」

 それは美しい鶴であった。
 狐か狸や雉が罠にかかっていれば今日の鍋の具にでもしようと思っていたが、まさか鶴がかかるとは。
 しかし鶴の捌き方などよくわからないし、何より鶴は縁起物だ。俺は悩んだ挙句、鶴を離してやることにした。

「達者で暮らせよ」

 鶴は大きな羽音を立てながら鉛色の空へと羽ばたいていく。なんだか良いことがありそうだ。鍋の具が無いことも忘れ、俺は上機嫌で家路についた。



 その夜、野菜だけの鍋を食べ終わって一息吐いていた頃、何者かが我が家の戸を叩いた。
 外は大雪が降っているしこの辺りには他に家もない。恐る恐る戸を開けると、凍えるような寒さの中、まるで雪の女神様のような綺麗な女が立っていた。
 思わず見惚れていると、彼女はおもむろに頭を下げて言った。

「私は旅の者でございます。宿を探して歩いていたのですが見つからず、日もくれて雪まで降ってきてしまいました。どうか私を一晩泊めて頂けないでしょうか?」
「あ、ああ……それは大変でしたね。粗末な家ですがそれでもよろしければ」

 そう言って女を家へ迎え入れると、彼女は切れ長の妖艶な目を俺に向けて小さく微笑んだ。生唾を飲む音が彼女に聞こえてやしないだろうか。そんな事ばかりが気になる。
 俺は彼女をもてなそうと鍋を勧めたが、彼女はそれを丁重に断った。長く歩いたせいで食欲がないのだという。では早く床につきたいだろうと布団を勧めると彼女は喜んでそれを受け入れ、さっさと布団を敷いた隣の部屋に籠もってしまった。
 あんな美人な女が同じ屋根の下にいるかと思うとソワソワしてしまったが、女の部屋に行く勇気もない。結局特に何もせず、さっさと灯りを消して布団の中に潜り目を瞑った。







 真夜中、しんしんと雪が降り積もる音に混じって微かに床の軋む音が響く。寒さで眠りが浅かったせいもあり、俺は布団に包まりながら目を開けた。

「うわっ!」

 おもわず声を上げる。俺の顔を覗き込むようにしていたあの女と目があったのだ。

「ど、どうしました? 厠ならあちらに……」
「厠? 無粋なことおっしゃらないで」

 女は袖で口元を覆いながらクスクス笑う。
 そして彼女は俺の頬をその綺麗な手でそっと撫でた。

「お返しをしなくては、と思いまして」
「お、お返し?」

 俺は心躍らせながらもとぼけたように聞き返す。正直、こういう形での礼を期待していなかった訳ではない。もちろん礼というのは一晩泊めたお礼という意味だが、女は思ってもみないことを言い出した。

「この時を待っておりました。そのためにわざわざあなたの元へやって来たのです」
「どういうことですか。旅の途中で一晩泊めて欲しいというのは……」
「あなたは覚えておいでですか? あの大きな木の下に仕掛けられていた罠のこと」

 俺はハッとした。
 今朝、大きな木の下の罠にかかっていた鶴を思い出したのだ。
 よくよく考えてみればこんな山の中を旅人が通るなんておかしい。山を迂回する道はいくらでもあるのだ。
 まさか――

「お前、あの時の鶴か?」

 数秒の沈黙の後、女は堪えきれなくなったように吹き出した。
 そして大胆にも俺の腹の上に跨り、驚きのあまり動けない俺をじっと見下ろす。

「人間というのは本当に愚かね」

 女の纏う空気が一変した。暗闇に浮かぶ二つの目玉が俺に刺すような視線を向ける。

「今まで何十、何百と殺してきた獣の事を忘れ、たった一羽助けた鶴が恩返しに来てくれたなんて考えるんですもの。都合の良いことしか見えていないのね」

 獣の匂いが鼻をつく。体が石みたいに重い。動けない。
 女はそっと手を伸ばし、俺の頬をまた優しく撫でた。その手は女の綺麗な手ではなく、ましてや鳥の滑らかな羽でもない。獣臭く、ごわごわした毛で覆われ、長い爪を持つ恐ろしい手。
 女の金色の眼が徐々に近づいてくる。生臭い獣の息が首をくすぐる。

「これは今までのお返しよ、しっかり受け取ってくださいね」


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このストーリーに関するコメント

15/07/13 タック

はじめまして、拝読しました。

なるほど、と感じました。
確かに人はこういった都合の良い考え(対人よりも対動物のほうがおそらく色濃く)をえてして抱きがちなものですよね。たった一度の善行が、それまでの悪行を薄くしてくれるわけでもないのに……。
「鶴の恩返し」のイメージを上手く使われた、考えさせられる作品でした。面白かったです。

15/07/13 夏川

はじめまして、コメントありがとうございます!

鶴に恩返しされる人間がいるなら、狸やら狐やらに仕返しされる人間もいるだろうと思い、書いてみました。
もしかしたら私たちも豚や牛や鶏に仕返しのチャンスを狙われているのかもしれません。少なくとも何らかの動物に恩返しされるよりは、食用にしてきた動物たちに仕返しされる確率の方が高いような気がします。

面白かったと言っていただけて嬉しいです、読んでくださってありがとうございました!

15/08/07 滝沢朱音

わあ、恩返しならぬ……仕返し?!
意表をつく展開、面白かったです。

15/08/08 夏川

コメントありがとうございます!

本当はタイトルを「仕返し」にしたかったくらいなのですが、オチがばれるのでやめました。
面白かったと言ってくださって嬉しいです。
読んでくださってありがとうございました!

15/08/10 光石七

拝読しました。
鶴の恩返しを連想させておいてからのオチがお見事です。
怖いけれど人間の身勝手さについて考えさせられ、納得できるラストでした。
面白かったです。

15/08/12 夏川

コメントありがとうございます!

オチありきの小説ですのでオチを褒めてくださって嬉しいです!
でも実際鶴を助けた日の夜に女が来たら「うわっ、鶴だ!」って思っちゃいますよね…

読んでくださってありがとうございました!

15/08/17 草愛やし美

夏川さん、初めまして拝読しました。

わお! 面白いですねえ、鶴の恩返しが夏川さんの手にかかるとこうなるのですか。確かに猟師ですもの、恩返しって厚かましいことかもです。お返しというタイトルなので、最後のオチまで気づきませんでした。楽しませていただきました。

15/08/18 夏川

はじめまして、コメントありがとうございます!

面白いと言っていただけて嬉しいです!
このお話には冒頭にちょろっと出ただけの鶴も「助けてくれてありがとう」ではなく「変なとこに罠仕掛けるなよ、危うく凍死しかけるとこだったわ!」ぐらいに思っているかもしれませんよね。
人間悪い事も良い事もしていますから、どちらの「お返し」が来るかは運次第なところもあるかもしれません。

読んでくださってありがとうございました!

15/09/02 海見みみみ

拝読させていただきました。
恩返しかと思いきやお返し。
タイトルの罠に見事引っかかりました。
そして作中語られる内容に思わう唸ってしまいました。

15/09/06 夏川

コメントありがとうございます!

タイトルが「恩返し」では嘘になるし、仕返しだとネタバレに…ということでどちらともとれる「お返し」にしてみました。
罠にかかって頂けて嬉しいです!

読んでくださってありがとうございました!

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