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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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タイムリミット

15/07/10 コンテスト(テーマ):第五十九回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1336

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 いつかこんな日がくるような気がしていた。
 あるいは他の人たちも一度や二度ぐらい、このような妄想を、たわむれに思い描いたことがあるのではないだろうか。
 しかし現実にこの日がやってくるとは、さすがの僕も夢にも思っていなかった。
 朝おきたとき、時計がとまっていた。とまっていたのは時計だけではなかった。ダイニングで朝食の目玉焼きを作る母が、フライパン片手にとまっていた。
「母さん、なにしてるんだ」
 母の目は、といかける僕には一瞥もくれずに、調理器の上にむけられている。その目のまえで、僕は手をふってみた。コチョコチョと脇をくすぐってみた。いつもの母ならこれだけで、いやーと黄色い声をはりあげて逃げ出すはずだった。
 しかしなんどやっても、母はぴくりとも動くけはいをみせなかった。窓の外には植木が、緑の枝をひろげている。その枝の上に、鳥が翼をひろげたまま、空中に停止していた。はばたかなくてもとべる鳥がいるのだろうか。足元に、その鳥を狙って身をかがめている猫のラックがいた。僕はラックを抱き抱えた。ラックは地面にいたときと同じ姿勢をいつまでも保ちつづけていていた。
 あたりからは、なんの物音もきこえてこなかった。表の通りはいまじぶんなら、通勤の車やバスが行き交って、もっとも騒々しいはずなんだが………。
 僕は玄関を出て表をうかがった。
 家の前はちょうど交差点になっていて、いまそこを小学生の女の子が、わたろうとしているところだった。
 その少女も、母や鳥やラックと同じに、横断歩道の中央あたりで、背静止状態にあった。僕の目は、彼女のすぐ向うにみえる普通乗用車に目をとめた。その車も停止していた。そのせいで僕には、少女の身に迫ろうとしている危険がわからなかった。
 すぐ横を、三軒隣りの家に住む青木という女性が、これから会社に向かうという恰好でその場にたちつくしているのが見えた。
「おはようございます。すみません、どうしてみんな、動こうとしないのですか」
 青木さんの顔は、交差点のほうにむいていて、その目が、とびださんばかりに大きくみひらき、明らかに何かに驚愕しているようだった。
 その視線をたどっていくと、さっきの少女に行き着いた。僕はその時ようやく、少女のいる横断歩道に車が、いままさに突っ込まんとしている事態をさっしたのだった。
 何が原因かはしらないけれど、僕をとりまく周囲のすべてのものが、時間とともに停止状態にあった。もし、そうでなかったら、少女はいまじぶんあの車に轢かれていたことだろう。
 僕は横断歩道に急いだ。さっき動かない飼い猫を抱き上げたように、少女もきっと、その場から移動させられるはずだ。実際に少女の体に手をかけたとき、動かないのではという懸念に、僕は胸を高鳴らせた。しかし少女は、僕の力で地面からうきあがった。あつかいにくかったものの、僕は彼女を歩道にまではこんできて、青木さんのすぐまえに置いた。二体のマネキンがならんでいるような光景だった。
 ふたたび僕は、あいかわらずフライパンをもったままの母のいるキッチンにもどった。そして、なんとなくさっきと雰囲気がちがっていることに気がついた。
 ふとみると、時計の秒針がさっきより、わずかにすすんでいるのがわかった。さっきそれは、12のすぐそばにあったのがいまそれは、4の数字のところに移動している。僕はそれからもしばらく時計をながめた。やっぱりそれは微妙に動いていた。するとこの一見停止しているようにみえる世界も、ゆるやかだが時は進んでいるらしかった。母と鳥とラックの上に、、あれからつかの間の時間が経過したことになる。
 それを思ったとき僕は、あの少女をそのままにしていたらどうなっていたかと、いまになって恐怖にふるえあがった。
 僕はそして、いま、社会のいたるところで、あの少女のような、あと一歩でふりかかる危険をまえにしている人々がいっぱいいるのではと思うようになった。かれらをたすけるのは、僕ひとりしかいない。それを考えると、ぼくはここにこうして、じっとしていることができなくなった。時間はいつかは従来どおりに動きだす。時計の秒針がだんだん早くまわりはじめているのに気づいて僕はそう直観した。
 僕は、街の中をかけまわった。そして僕は、車線変更したトラックが、乗客でいっぱいの路線バスに激突寸前の現場をみつけ、バスのなかから乗客を、ひとりひとり、おろすことに懸命になった。ほかにも、工事現場の足場から落下し、地上十メートの高さでとまっている男をみつけ、その下の地面にあちこちから集めてきたソファや布団を何重にも重ねて置いた。ぼくはそれからも、多くの人々を、直面している危険から救うために力をつくした。
 やってもやってもきりがなく、危険はどこにでも、それこそ山と存在した。そのすべてを救うだけの、時間が僕にはなかった。まもなく時間は加速をつけて動きだすことだろう。タイムリミットはちかづいている。周囲のものが目にみえてうごきだすのをみた僕が空をあおぎ、神に祈ろうとしたところで、僕の時間は終りを告げた。

「あら、このひと、歩道でいつまでもじっとして動かないわ。どうしたのかしら」
「まるで、時間がとまってしまったようだな」
 人々はぞろぞろと、空にむかって腕をつきあげる男性のそばにそばにあつまってきた。
 そのなかには、さっき横断歩道にいたあの少女もいた。少女の目には彼の姿が、まぶしいまでに神々しく映ったが、どうしてかしらと不思議そうに、そばにいた青木さんと顔をみかわした。


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このストーリーに関するコメント

15/07/10 クナリ

邪心のない主人公により、童話のようにやわらかく描かれていますが、同時になんとも言えない物悲しさも感じました。
つまり、誰かの必死のがんばりを、他の誰もが知らないということがあるのだ、という点において。
自分から見ると、このお話は切ない英雄譚ですね…。

15/07/11 W・アーム・スープレックス

クナリさんのように思う人がいるというだけでも、この物語の『僕』には救いがあるのではないでしょうか。
このような状況に立たされた時、人はそれをどう受けとめるかでそれからの行動が決まると思うのですが、たまたまこの主人公は『英雄』の道をえらんでしまった模様です。

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