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佐々々木さん

性別 男性
将来の夢 何も決まってません。
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消えないもの、消えるもの

15/07/02 コンテスト(テーマ):第八十六回 時空モノガタリ文学賞 【 掃除 】 コメント:4件 佐々々木 閲覧数:2062

時空モノガタリからの選評

淡々とした独白が、彼女の置かれた悲惨な状況と葛藤を静かに伝える良作だと思います。また、「掃除をすれば心も綺麗になる」という因果律にたいするアンチテーゼとなっているなど、色々考えさせられる内容でもありますね。最後、捨てられた上履きについても、彼女のものであるとははっきりと書かれていないだけに、それを手にした主人公の心の当惑と痛みが想像され、とても胸に迫るものがありました。

時空モノガタリK

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 放課後。教室にはほのかに赤みを帯びた日差しが窓ガラス越しに差し込んでいる。誰もいない教室は静かで、少なからず解放感を感じた。目を閉じると、木や金属、チョーク、紙、制汗剤などが混ざった独特の匂いがする。ソックス越しに感じる床の感触は固くひんやりとしていた。床の埃が気になり、穿いている白のソックスが汚れることには抵抗があったが、洗えばすぐ落ちるだろうと高をくくる。
 私は軽く絞った雑巾で自分の机を拭いていた。長年学校で使われているであろう雑巾はあからさまに汚く、机を拭くものではないような気がしたが、これ以外にちょうどいいものは無かったので仕方がない。
 掃除というのは自分の心の掃除。掃除をすれば心も綺麗になる、という言葉は私のクラスの担任の口癖だった。それを聞くたび、生徒に掃除を任せきって椅子に踏ん反り返ってるあなたはさぞ心が汚いのでしょうね、と心中毒づいていた。そもそも潔癖症の凶悪犯罪者なんていくらでもいるでしょう、と。そんなことを思いながら、箒を手に澄ました顔で、私は毎日掃除をしている。
 私の心は汚いのでしょうか。
 誰にともなく問いかける。沸いてきた陰鬱な気持ちを消そうとするかのように机を拭く手に力を入れる。拭いても拭いても綺麗にならない。机も心も。どす黒い何かが胸の中に渦巻いている。いくら息を吐き出しても胸をかきむしってもその何かは変わらずここに存在している。
 掃除をすれば心も綺麗になる。ならば、ものを汚せば心は汚くなる? 私は掃除は真面目にするし、自らの意志でものを汚したことなど一度もない。ならば、私の心は綺麗なはずではないだろうか。
 私は掃除をし、彼女らは汚す。
 私は綺麗で、彼女らは汚い。
 そういえば白いものほど小さな汚れが良く目立つ。白は汚い部分を浮き立たせ、浮いた汚れは不快感を与える。そこまで考えたが、馬鹿馬鹿しい、と心の中で嗤う。少なくとも私は「白」ではないし、人間の行動の理由はそれほど単純ではない。行動の理由をすぐ何らかのものと直結させて単純化させようとするのは、馬鹿と教師だけだ。
 先生、掃除をしても心は綺麗になりません。
 ふと教室にかかっている時計を見ると、既に20分近く机を拭いていた。机に書かれた文字は消えそうにない。油性ペンを甘く見ていた。よくもまあ学校の備品に躊躇なく落書きできるな、と逆に感心する。仕方がないので消すのは諦めて帰ろう、と手を止めた。ずっと雑巾に触れていた手には匂いが移り、埃臭かった。雑巾を洗いに行くのも面倒臭く、使い古され黒ずんだ雑巾を好んで使う人もほとんどいないだろうと思ったので、ごみ箱に捨てようと教室の隅に足を向ける。
 なんで私なのだろう、と考えても答えはでない。私は何か間違えましたか、と神様に問うても当然何の声も返ってこない。いくら考えても何もわからないと分かっているのに考えずにはいられず、あれこれと思い悩んでいるうちに心は沈んでいく。もがけばもがくほどはまっていく底無し沼。助けてください、と叫んでも周りには誰もおらず、いずれ口元まで沈み、声を出すこともできなくなる。
 神様、私のせいだと認めたら、救ってくれますか?
 ごみ箱に雑巾を捨てようとすると、紙やちり紙に紛れて上履きが入っていた。中に手を入れ上履きをつまみ上げるとと湿ったような感触がし、少し力を入れると液体が滲んでくる。水分を吸って重くなった上履きは持っているのも気持ち悪く、すぐに床に落とした。手に付いた液体の色は白っぽく、鼻に近づけると埃臭さの中に牛乳の匂いを感じる。床に放られた上履きは私の足のサイズと同じくらいのように見えた。また濡れた上履きを掴むのも嫌だったので、雑巾だけごみ箱に放り込んで帰ることにした。
 机の脇に置いていたスクールバックを肩に掛け廊下に出る。鼻に残った雑巾の匂いが、机に書かれたある言葉を思い出させた。何かが吹っ切れたように、心の中で呟く。
 いいよ、そんなに死んでほしいなら、死んであげようか?
 帰りに上履きを買うかどうか迷った。


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このストーリーに関するコメント

15/07/05 凪野裕介

はじめまして
消えないもの、消えるもの・読了しました。

葛藤のようなモノローグが突き刺さりますね・・・・
痛々しい中にも鮮烈に光る何かを感じます。
良かったという一言で片付けてしまうには言葉足らずですが
素晴らしい作品でした。


15/07/06 つつい つつ

 いじめの標的になった普通の人の、意地や弱さや迷い、いろんな葛藤が感じられて読み応えがありました。

15/07/10 クナリ

自分のせいだと認めても、神様は救ってくれませんよね。
他には物音ひとつしていないような、静かで暗く沈鬱な校内が、不気味に思い浮かびました。

15/07/15 光石七

拝読しました。
次第に明らかになっていく主人公の状況、いろんな思いや考えが入り乱れつつも苦しんでいることが伝わってくる心理描写。静けさの中にある重みに息を呑みました。
文章自体は淡々としているのに、心にのしかかってくる圧迫感とでも言いますか、ズシリときますね。
嗚呼、タイトルの意味が……
これは秀作だと思います。

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