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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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檻を溶かしたメロディー

15/06/29 コンテスト(テーマ):第八十五回 時空モノガタリ文学賞 【 動物園 】 コメント:7件 冬垣ひなた 閲覧数:1308

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草をはむシマウマに、飛び跳ねるカンガルー。
気ままに泳ぐアザラシたち。
涼しげな顔のラクダの親子に、風を切って走りたげなダチョウの群れ……。

それは満ち足りた、安全で平和な世界の輪だ。
レインが立っているのは、どうやら動物園らしかった。
それも緋色のドレスのまま。
仕事がハネたあと、深酒をしてしまい、きっとそのまま眠ったのだ。
最近酒にばかり逃げている、レインは自嘲した。
「戦意を喪失させる」音楽が滅び去るなか、レインは軍人の集まる酒場でピアノを弾き続けていた。家のピアノなんて贅沢品だと没収されたから、そうでもしないと音楽を続けられない世の中だ。演奏以上を求められることも度々あるが、適当にあしらう事は出来る。無駄に歳をとったわけでなかった。
現実はこうだ、酒でもないとやっていられない。
レインはつかの間の夢路を歩き始めた。

サル山で餌を奪い合うサル。
片足立ちするフラミンゴ。
巨体を揺すって歩くサイ。
夢の中だというのに、意外と客は多かった。
すれ違う人々は老若男女さまざまだったが、国籍も皆バラバラであるように見えた。はしゃぐ子供たちもいたが、大人は疲れ切った顔で、明日も見えないように俯きがちだ。中には敵国の人間もいて、レインはあっと思ったが、向こうは素通りしてゆく。
レインも、異邦人も、何かとてつもなく大きな檻に展示されたペンギンのように、ただのそのそと無軌道に地面を歩いてゆく。

水際で羽を休めているペリカン。
日陰で休んでいるカバ。
遠吠えするオオカミ。
白黒模様の可愛いジャイアントパンダ。
とても小柄なコビトカバ。

見慣れない動物もたくさんいて、レインがどこまで歩いても、終わる気配がない。

神秘に満ち溢れたホワイトタイガー。

レインはその前で足を止めた。
その毛並みは猫のようにチャーミングだが、隆々とした身体についた筋肉は、その100分の1も真価を発揮することはなく、白いトラは暇を弄んでいるようだった。
この猛獣は、きっと動物園の世界しか知らない。
外の世界に憧れているのだろうか?
でもそんなこと、やめた方がいい。

そんなとき、どこからかピアノの音が聞こえた。
聞き覚えのある、弔いの鐘を模した荘厳な旋律……。

レインが音の聞こえる方へ歩くと、ヒツジが群れる広い丘のてっぺんに、ちょっとしたステージがあって、そこにグランドピアノが見えた。
ドレスの裾を摘まんで、丘に登る道を歩いてゆく。
音の主は影で分からないが、開いた大屋根の突上棒に、何か薄い布のようなものがはためいている。
葡萄色のスカーフ。
あの人だ……!
レインは坂道を小走りに駆けた。

初めて彼の家でグランドピアノを見た時、少し黄ばんだ白鍵に、レインは戸惑った。
「古いものでね、象牙を貼りつけてある」
思い出した。
「このピアノに刻まれた命を無駄にできないと思うんだ」
彼は、そんなことも言った。
物静かで穏やかで、いい人だった。
だが「戦意を喪失させる」と軍から教会の鐘を禁じられたとき、多分この曲の構想があったのだろう。
「軍に睨まれるからね」と、彼はレインに別れを告げたのだ。
恋人より、ピアノと生きる事を選んだ彼は、最後に君のスカーフをくれないか、と言った。
風のうわさに彼が処刑されたと聞いたのは、この曲が世に出回ってすぐの事だった。
あの人は、ただ死を悼む曲を作っただけなのに、どうして、どうして、どうして……。

魂を研ぎ澄ました葬送曲が、透き通る時間の中で色を帯び始める。曲調が変わり天国的なアルペジオが響くと、雲の切れ間から光が差し込んで、丘を照らした。
いつの間にか、この丘にたくさんの人間と動物が、旋律に聞き入るように集まっていて、ピアノの傍らに牙を取られた象の巨体もあった。
突然に、音が止んだ。
「疲れたろう」
彼の声がした。
「でも、この曲は君に似合わない」

レインがハッと目を覚ましたのは、暗い酒場の控室だった。
闇が覆うテーブルの上に、強く弱く、青白く輝く光があった。ホタルという、かの国の虫らしい。さっきなじみの行商人が虫かごを持って来たのだ。
激情を深化させた炎が、篭の中で静かに燃え盛っている。あの動物たちもそうだ。みな野性を内に秘め、何かに飢えた目をしていた。
私の中の獣は、檻を壊したがっている。
五線譜に納まるだけでは飽き足らず、メロディーは、自由を求めてやまない。
……。
まどろみから目覚め、レインははっとした。

行商人なら、よその国へ渡るルートを持っているかもしれない!

彼の眠るこの国を離れるのはつらいが、彼の音楽が血の大地に埋もれる事は、やっぱり一番つらいのだ。
あの人々や動物の故郷は自由なのだろうか?
それが知りたい。
レインは急いでテーブルライトを灯し、新しい自分へと生まれ変わるために、ドレスを大胆に脱ぎ捨てた。


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このストーリーに関するコメント

15/06/29 冬垣ひなた

<補足説明>

右の写真は 無料写真素材 写真ACからお借りしました
(http://www.photo-ac.com/)

15/07/02 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

実家にあるピアノも確か象牙を貼った鍵盤だったと記憶しています。
動物園からこのようなファンタジーが織り成されたこと、驚きつつ、魅了されました。

15/07/02 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

今回はテーマに幅を持たせようと考えました。イメージはショパンのピアノソナタ第二番第三楽章「葬送」。
テーマ「クラッシック音楽」からは成長したかな、半年前だと書けなかったと思います。
象牙は高価なので、さらに昔は白鍵と黒鍵が逆のピアノもあったそうです。

15/07/03 光石七

拝読しました。
読後しばらく動けませんでした。あまりに素晴らしく、あまりに引き込まれて。
軍国主義が色濃くなり音楽まで制限される現実、夢の中の動物園、今は亡き愛した人、タイトルの意味…… 全ての設定・展開がマッチしていましたし、一文一文も洗練されていて、非の打ち所のない秀作ですね。
ものすごく感動しているのですが、言葉がみつかりません。
素晴らしかったです!

15/07/04 冬垣ひなた

光石七さん、コメントありがとうございます。

この話は自分にはハードル高すぎると凹みましたが、
今書かないといつになるか分らないですし、七さんにお褒め頂きまして本当に恐縮しております。
最初もっと閉塞感の強い作品でしたが、ヤングアダルト向きに細部を書きなおしました。
今回はまず「ファンタジーを書くぞ」という所から始まったんで、一作品丸々没にしたりと結構迷走もしました。こうやって何とか形になって読んでいただけて本当に良かったと思います。

15/07/05 草愛やし美

冬垣ひなたさん、拝読しました。

素晴らしい、いつもながら、巧い!! 動物園でこんな素敵なお話を描かれるなんて信じられません、深い趣のあるファンタジーに感動しました。

こんな表現法あったのねえと、冬垣さんの作品を読むたびに、感心しています。とても良い作品を読ませていただけ感謝です。

15/07/08 冬垣ひなた

草藍やし美さん、コメントありがとうございます。

ピアノのシーンとか、男の人こんなに感傷的にならないよ、と冷静な自分もいるのですが、
映画「戦場のピアニスト」を思い起こして書きすすめました。
現実味が薄くなりましたが、これが自分の作風でいいのかなと最近は思います。
表現法も、これ書いていいの?と毎回悩むところなので、そう言っていただけて嬉しいです。

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