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W・アーム・スープレックスさん

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氷詰めにされた江戸

15/06/15 コンテスト(テーマ):第八十四回 時空モノガタリ文学賞 【 江戸時代 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1396

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奥多摩が東京都にあるときいてもまさかと思う人がいるようですが、確かにあの山や渓谷といった大自然に覆われた地域をまのあたりにしたら、ここに東京の文字をあてはめるのに違和感を覚える人も多いかもしれません。それはともかく、おそらく今世紀最大の発見ともいうべき大発見がこの地域であったことを、しっているのはいまのところほんのかぎられた人々だけではないでしょうか。
獣でさえ足をふみいれないような峩々とし岩山の、さらに断崖絶壁にかこまれた窪みの下数十メートルの地中から今回の氷塊がみつかりました。
科学者が調べた結果その氷は百数十年前のおよそ慶応時代にできたものとわかりました。縦横約3メートルの氷塊の中に一人の人間が封じ込まれていたからさあ大変です。殺人事件。ミステリーファンなら早合点するところでしょうが、その人物の風体をみたらミステリーどころではなくなること請け合いです。透き通った氷の中央にたつその人物は、武家の女性の最高位の衣装に身をつつみ、専門家のみたところ『尾長』という髪型をした一言でいえばお姫さまだったのです。数万年前に生存していたマンモスの氷漬けが発見されるほどですから、たかだか百数十年前の人間の氷詰めが発見されてもおかしくはないのですが、ただお姫様がなぜ氷詰めになったのかはこれからいろいろ有識者たちの調査研究をまつところです。
私は唯一民間から選ばれた氷職人で、その役割は氷のカットでした。前述のようにここはきわめて危険地帯で、巨大な氷塊を移動するのは不可能に近いと判断され、それで急遽私がよばれた次第です。私は氷専門のノコギリで、毎日少しずつカットしているのですが、なにぶん足場がわるく、思うように切れないのをもどかしく感じながらもようやく三分の一まで切断することができました。
私のすぐ前にお姫さまがたっていました。熱を伴わないライトに浮かび上がる、絢爛豪華な衣装を着こんだその姿が手をのばせば届くところにあるのです。毎日のように見ているうちに、私はいつしか、この女性に、恋にも似た気持ちを抱くようになっていました。その気高さ、麗しさ、控えめでそして自分を失わない楚々とした落ち着きをみせた女性が、この現代のどこをさがせばみつかるというのでしょうか。
「あなたをこんながさつで低俗な人間ばかりのいる世間に出すのはしのびない。できることなら永遠に氷のまま、その美しい姿を封じこめておきたいものだ」
そのとき急にノコギリがふれていた氷がひび割れだし、たちまち彼女の周囲にまで波及して、私が手でかくとがらがらと音をたてて足元に砕け落ちていきました。私はとっさに人をよぼうとしましたが、それよりも氷とともにこちらに倒れてくる彼女の体を受け止めることに必死になりました。
私がお姫さまの体をわずかな隙間に横たえ、乾いたタオルでふいていると、ふいにその口から吐息がもれたのには本当に度胆をぬかれました。昔みたテレビで、氷結していた魚を水に入れるとふたたび鰭を動かして泳ぎはじめるところを一瞬おもいだしました。
私が息を吹き返した彼女を毛布につつみこみ、関係者の目を巧みにごまかして自分の車があるところまでおりていったのは、それから数分後のことでした。

それから一年の間というもの、私は社会から完全に消息を絶っていました。
北海道の最北端にある海をみおろす一軒家の私の住いに、ノンフィクション作家の汁足というめずらしい名の男がたずねてきたのは、夏の午後のことでした。
「ようやく探し当てましたよ」
彼はなんでも、奥多摩の岩山から忽然と、姫とともに消えた私をこれまでずっと探し求めていたそうです。氷詰めの姫の発見当初から取材していたのは私も知っていたので、きっとそのことでたずねてきたぐらいは察しがつきました。
「お姫さまをどこにやったのです。ひとりじめはないでしょう。冷蔵庫ですか。それともどこかの氷室にでも」
「お姫様なんて、知りませんよ」
「またまた、とぼけて。おしえてくださいよ。あなたがお姫さまをどこかにかくしたことは公然の事実なんだから」
私が口をとざしているとき、娘がかえってきました。
「だれかきてるの」
片手にスマホを、ピアスをした両耳にはイヤホンをして、ミニスカートからつきでたあしを、惜しげもなく大股にひらいて、娘は部屋にはいってきました。
「だれ、これ」
「お客さんだ」
作家もさすがにあきれたように一瞥しました。
「あなたは独身ではなかったのですか」
「いろいろ事情があってね」
「ああ、そうですか。この辺りの若い女性も、ずいぶんとまた解放的ですな」
汁足は、私からはもうなにも得るものがないとみたのか、煮え切らない態度のまま帰って行きました。あのときの氷の中にいたお姫さまと、たったいま顔をあわしたことにも、まったく気がついた様子もみせずに。


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