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三文享楽さん

私、三文享楽でございます。

性別 男性
将来の夢 鼻炎の改善
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四十年ぶりデート

15/06/14 コンテスト(テーマ):第八十五回 時空モノガタリ文学賞 【 動物園 】 コメント:0件 三文享楽 閲覧数:902

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「何年ぶりだろうねえ、動物園なんて」
 俺は老いた母の手をひき、動物園にいた。
 車椅子を借りることもできたが、母親の意思によって歩いている。
「まあ、俺の知る限りは四十年ぶりだろうな。翔太たちと来たこともなかっただろうし」
 翔太たちとは、俺の息子たちのことである。
 同居せず近くに住んでもいない親元へ我が子を連れて行く場合、彼らがせっかくの孫とのふれあいの時間を動物園や遊園地へ費やすことはほとんどない。
「幼稚園の頃に俺を連れて来て以来、動物園なんて来る機会なかったろ」
「そんなになるかねえ」
 今ならばこうして母子二人で動物園へ来ることに何の抵抗もないのに、二、三十年ほど前だとありえないのはどうしてだろうか。
 青年の時分に母親と手を繋いで遊びに行くことなんてありえない。母親が若いからダメなのだろうか。そんなはずはない。ただ、そんなことをやった日には世間から嘲笑される。これは近親相姦への憎悪からくるものなのだろうか。
「その腕時計まだ持ってたのかよ」
 ふと、母親の手元を見て気付いた。いやに古ぼけた時計をつけていると思ったら、俺が二十年前、家を出るときにプレゼントした時計だった。
「当たり前じゃない。ずっと大事にしてたの。今日こそつけようと思ってね。久々の英人とデートなんだから」
 いやに明るく振舞おうとするその言葉は聞けたものではなかった。
介護が必要なレベルにならなければ、母親と手を繋いではならない。
 母親は危なっかしい足つきながらも、俺に迷惑をかけまいと必死に歩き、歩調を合わせようとしている。頑張られれば頑張られるほど、死に際の踏ん張りを連想させられて目頭が熱くなってくる。
「ホント俺も久々に来て動物に対して色々な発見があるな」
 頑張ってポジティブなことを言う以外になかった。精一杯今を楽しくする以外になかった。今この瞬間が、彼女にとって最後の旅となるかもしれないのだから。
「見て、ライオンがいる。大きいねえ」
 なおも母親は自分の発見を年甲斐もなく俺に伝えた。年老いた動作と声であるが、反応としては小さい子どものそれと大差がない。
「おサルさんもいるよ。ほら、あんなおっかない顔。英人が泣いてたっけねえ」
「よせよ、そんな昔の話」
 母親はマンガに登場しそうな老婆の穏やかな笑みを浮かべている。
 こんな平和的な状況がこの世にあるのだ。毎日の仕事に疲弊し、妻との共同生活に力を入れて息子二人の成長を見守る今、過去に終了した感情の一部を味わっているようだった。
 その時であった。
 檻の中にいたサルが突如興奮しだしたのである。
 動物らしい金切り声をあげるや、檻に向かって突進し、母親に向かって手を出した。
「あぶねえ」
 目の前にいる母親を咄嗟に抱きかかえて引き寄せたが、サルは攻撃を加えた後だった。足下に落ちた光る何かを手にすると、檻の奥へ走って行った。
「大丈夫だったか?」
 咄嗟に身を引かれ自分の身体で立てなくなった母親は、なかば気絶したように全体重を俺に任せていた。
「やっぱりサルは怖いねえ」
 驚いて俯きながらも、ひとまず先ほどまでと変わらず笑っていたので安堵する。
「ケガはなかったのか?」
「大丈夫だよ、ちょっと手首に当たっただけ。あれ」
 まだ自分のセリフを終えぬ前に母親は他のことに気がいったようだった。
「あれ、ないよ。ないんだよ、あれが」
「なんだよ、あれって」
 身に異常はないようだったが、取り乱し方に異常な何かが起きたのは感じられた。
「ないんだよお」
「もしかして腕時計のことか」
「そうだよ」
 そういえば、視界に残るサルが光る何かを持っていった。
 母親は無言となった俺に違和感を覚えたのか、俺が猿山を見ているのを確認するやその視線を追った。間もなくして、先ほどのサルが光り物を振り回しているのを確認した。
「まいったなあ。犯人はあいつだよ」
 俺が言ったことには反応せず、母親は先ほどのサルを眺めていた。
「しょうがねえよ。帰ったらまた新しいの買ってくるよ」
 俺が言い終わると同時に、母親は俺の腕に顔を埋めていた。
 女の涙が熱いと感じたのは何年振りだろうか。


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