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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

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将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
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大魚、白河を泳げば

15/06/14 コンテスト(テーマ):第八十四回 時空モノガタリ文学賞 【 江戸時代 】 コメント:5件 冬垣ひなた 閲覧数:1279

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『白河の清きに魚の棲みかねて もとの濁りの田沼恋しき』

そんな狂歌が、お江戸のブームらしい。
白河とは元白河藩主の松平定信、つまりはわしの事。
田沼とはもちろん、あの宿敵・田沼意次の野郎だ。

わしはむんずと鯉の餌を掴むと、パアッと勢いよく池に撒いた。
すぐさま錦鯉が跳ねながら集まってくる。
よしよし、可愛い奴じゃ。
わしはニコニコと笑い、心行くまで江戸城の錦鯉を愛でた。

ワイロで腐敗した田沼が失脚し、わしが老中のボスとなってはや数年。
清く正しくつつましくをモットーとした寛政の改革は、確かに庶民には不人気かもしれない。
だが、徳川吉宗公の孫であるわしはくじけないぞ。
名将軍と言われた、ジッチャンの名に賭けて!
そんな巷では今、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)の長谷川平蔵がビシビシと盗賊を取り締まり大評判だ。少しくらいその人気を上司のわしに分けろ!
コイツは使える部下とはいえ、正直わしは嫌っていた。

その昔、平蔵は上流階級の生まれのくせに暴れ放題風俗通いを繰り返し、悪党からも恐れられたそうだ。
しかし江戸城にあっては元来の頭のキレと腕っぷしもあって出世を続けた。
火付盗賊改方といえば、町奉行も手を焼く凶悪犯罪に立ち向かう武装集団。長官となった平蔵はつちかった裏社会のネットワークを駆使して、札付きのワルを次々捕えるようになった。
適材適所といえなくはない。

しかしこんな男を使っていては、わしのクリーンなイメージが傷つくではないか?
たとえるなら、このきらびやかな錦鯉の中に一匹、泥臭いフナが紛れ込んだようなものだ。しかもそのまとわりつく濁りは、わしの嫌いな田沼を思い起こさせた。
コイツ、絶対にわしをバカにしている。だから、会議の席で言うてやった。
「古来より云われる水魚の交わりなど、期待はしておらぬゆえ」
ざまあみろだ。

そんなあるとき、平蔵はわしに一大プロジェクトを持ちかけてきた。
「人足寄場を作りたいのです」

無宿人や犯罪者の、職業訓練による自立支援。
講話による、再犯の予防。
手当を積立て出所後の資金に。
などなど、社会復帰に向けての充実したプログラム!
奴が考案してきたのは、21世紀でいう更正保護施設だった。
犯罪を水際で食い止めるより、起こさないための教育に力を注ぐ……これが奴のたどり着いた答えらしかった。


「魚は水を選びます。しかし世の中には水の冷たさに打ちひしがれる者も多いのです」
初めて、わしは奴の眼を真っ直ぐに見た。
これが遊郭に入り浸り、泥水のどん底まで見てきた魚か?
この男にはまるで徳川の世も越えた大きな時代の大河が見えているようだった。
「改革の目玉にいかがか?ここで見送れば、殺意を抱くほどお嫌いな田沼に、賄賂まで贈ったあなたの努力がムダになりますが」
ど、どうしてそれを!
「お主、何を企んでおる?」
「魚が水を得たのです」
見事な棒読みだ、わしより年上のくせに大人げない奴……。
「もとい!江戸のためです。予算はこの位で」
「無理!」
「じゃあこの辺削ります」
「ダメ!」
「なら、この辺も……」



本所に近い川岸で、俺は目明しの辰と釣りをしていた。
餌はついていない。ただのフェイクだ。やくざ者を公然と使うわけにいかないから、自然こういった所で落ちあうことになる。

「……で、寄場の指揮をクビになったのですか?」
「火付盗賊改方はそのまま続けるさ」
「ですが、人足寄場が出来たのは平蔵のダンナのお手柄でしょう?」
「まあ、ケチの定信どのが子供だましに引っかかってくれなかったら、それも危うかったが」
心配そうな辰に俺は笑った。

「予算が全然足りなかったから、土地貸しを隠すため『植えた木を売りますっ!』とかゴマかしたが、あれで信じるあたり天燃がかっているな、あの方は」
「それより町奉行を担いで定信さまを騙して、出させた公金を銭相場に突っ込んで増やした方がもっとマズいッス!」
「ん〜そろそろバレたかな」
「いい事してるのに、なんで黒に染まっていくんですかね?」

悪びれもせず俺は江戸の空を仰いだ。
まあ上司があの潔癖坊ちゃまじゃなかったら、俺がここまで頭をひねる事もなかったし、結果オーライ、多分世の中はそういうバランスで出来ている。
俺は京にも行った事があるが、やっぱりこのエネルギッシュな大江戸八百八町が好きだ。
火事とケンカは江戸の花なんていうが、本当はないに越したことはないんだぜ。
そんな俺の名も、最近は「今大岡」など世間でほめられるようになった。
大岡とは、吉宗公の代の名奉行・大岡忠相(ただすけ)のことだ。
俺は真顔に戻った。

「さあ辰。町に何か変わった事はねえか?」
「へえ、実は……」
五月雨(さみだれ……梅雨)の合間の五月晴れ。
釣り糸のそばで、真鯉がチャプンと跳ねた。


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このストーリーに関するコメント

15/06/14 冬垣ひなた

<参考資料>
長谷川平蔵 その生涯と人足寄場 瀧川清次郎著

15/06/16 冬垣ひなた

〈補足説明>

時代劇ファンには『鬼平犯科帳』の主人公として知られる
長谷川平蔵ですが、11代将軍家斉のころに活躍した実在の人物です。
水と魚のくだりはフィクションですが、おおむね史実を抜き出してあります。
平蔵はそんな感じで定信には嫌われて、出世は滞ったのですが、
死の間際には家斉から高価な薬が贈られるなど、
その功績を認められています。

15/06/18 光石七

拝読しました。
松平定信と鬼平のイメージが若干崩れた感もありますが(笑)、二人の関係や人足寄場読ができた背景がわかりやすかったですし、それぞれの胸中も身近に感じられ、読みやすく面白かったです。
欠点や批判もあったでしょうが、やはり二人ともこの時代の立役者ではないかと思います。
楽しませていただきました。

15/06/18 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

史実を基にするとどうしても説明文が多くなりがちですが、
それを最小限に抑えて、どう面白さを描くかが難しいところではないかと
思いますが、そのあたりが成功していて、とても面白かったです。

「魚は水を選びます。しかし世の中には水の冷たさに打ちひしがれる者も多いのです」
この一言、かっこいいですね!

15/06/21 冬垣ひなた

光石七さん コメントありがとうございます

今回は史実に沿った話なので、あまり肩のこらないように
色々考えた結果こうなりました、鬼平は好きなんですよ(汗)。
世界に引けを取らないこの功績が後世に伝わらなかったのは、
旧幕府の政策を明治政府が嫌がったからだそうで、
歴史、もっと勉強しなくちゃと思いました。


そらの珊瑚さん コメントありがとうございます

「歴史物、読むのが難しい」という意見にお応えして
今回はとにかく読みやすさを追求しました。
成功してますか、だとしたら嬉しいです。
あの台詞は平蔵さんならこう言うだろうと思ったものなので、
気に入ってもらえて良かったです。

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