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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ご家庭にある、ご不用になった……

15/06/08 コンテスト(テーマ):第五十七回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1071

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嫁の美紀子が掃除をしていると、リュックをかついだ義母の敏江が階段をおりてきた。
掃除機の音で、きこえないふりをして出ていこうとした敏江をみて、嫁はわざとらしく掃除機をとめた。
「おかあさま、どちらにおでかけ?」
「老人会の集まりよ」
「あら、老人会ならこのあいだ、ありましたわね」
「きょうはとくべつよ。大正琴の発表会の説明があるらしいの」
「大正琴はどこに」
まだくいさがってくる嫁に、敏江は不快そうに眉をひそめた。
「大正琴は集会所にあずけてあるわ。いってきますよ」
いうなり、さっさと玄関にでていった。
まったく、しつこい嫁だこと。
ぷりぷりしながら敏江は、道をあるきだした。その方向は集会所とは反対だった。
「こんにちは」
 路地からあらわれたのは登美子だった。
「とみちゃん、あんたもいくの?」
「はい。鍛えておかなくっちゃね」
二人は、めっきり皺のふえた顔を、みかわした。
二人とも、あとすこしで八十になる。その二人がむかうさきは、駅前にあるトレーニングジムだった。
最近にわかに、高齢者が筋トレをはじめるようになった。健康志向といえばきこえはいいが、じっさいはそんな生易しい話ではなかった。
「こんにちは」
トレーニングウェアに着替えた敏江は、筋トレマシンをこなしている自分とかわらない年代の会員たちに挨拶をかわしていった。
みな熱心に老いた体に鞭うって、負荷をくわえたマシン相手に肢体をきたえている。
敏江は、マットにあがると念入りに準備体操をはじめた。
最初のころは、骨と筋だらけだった体もいまは、必要なところには筋肉がついて、腹など力をこめると見事に六個に割れた。遅れてやってきた登美子などは、腕立て伏せと屈伸、それに腹筋をセットで毎日100回かかさずやっていて、いまでは50キロのバーベルを楽々あげるまでになっていた。
敏江は、ウオーミングアップをかねた軽めのウエイトトレーニングをこなすと、休憩をはさんでとなりのリングにむかった。
ボクシングをはじめたのは、登美子にすすめられたからだった。
「年寄は、人間の殴り方をマスターしとかなくちゃね」
登美子のすすめに敏江は二つ返事でとびついた。
サンドバッグをたたくときの爽快感はなく、敏江はそのサンドバッグに特定の人の顔をおもいえがいていつも、力まかせにパンチをたたきこむようにしていた。
その特定の顔というのはいうまでもなく、嫁の美紀子にほかならない。
「そのほうが、本気になれるから」
ボクシングの相手はいつも、ほぼ同期に入会した桐山紀夫という六十代の男性だった。
六十代でも、まだまだがっちりした体格の持ち主の彼は、敏江が力まかせに殴りかかると、いつもわざと当ってくれた。
「最近パンチ力がついてきましたね」
敏江のストレートを顔面に数発うけてから桐山は、しかしけろりとして笑いながらいった。
「あなたをKOするまでは、まだまだですわ」
これにも豪快に笑った桐山だったが、敏江のほうは存外真顔だった。
もっと、もっと、がんばらなくっちゃ。
ボクシングのあとも敏江は、ダンベルやチューブをつかっての、肉体強化に余念がなかった。

その朝、敏江の寝室からのぞく空は、いつになく明るく晴れ渡っていた。
彼女は無意識に、いまでは習慣になっている、階下の物音に耳をすました。
息子と嫁の、ひそひそ話がきこえてきた。
はっきり聞こえなくても彼女には、かれらがなにをしゃべっているかぐらいは容易にわかった。
今日は、彼女の八十歳の誕生日だった。
息子夫婦はきっと、誕生日を祝福するふりをよそおって、こちらを油断させようとしていることはまちがいなかった。その手にのっては絶対にいけない。
「おかあさま、おめざめですか」
階段の途中からきこえる、猫をなでるようなあまったるい美紀子の声に、敏江はあからさまに顔をこわばらせた。
「なにか用かしら」
「お忘れなんですか。今日はお母様の、誕生日なんですよ」
まさに、想像していたとおりのことが、これからおころうとしているのだと思うと、さすがに敏江は背筋が慄然とする思いだった。
「はやくおりてきてくださいよ。あたしたちで、ささやかながらパーティを用意していますから」
「そんなもの、いらないよ」
「そうおっしゃらずに。二度とあるか、わからないのですから」
 それをきいた敏江は、内心おだやかではなかった。パーティを開くことなどめったにないという意味なのか、あるいは次回はもはやあなたにはいないといっているのか―――敏江には、高い確率で後者だと言いきることができた。
八十歳をむかえた近隣の高齢者たちが、つぎつぎ姿をけしていくのを、これまで自分がどんな気持ちでみてきたかをしるものはいるまい。
こんどは、私の番だ、こんどは私の番だと、暗い気持ちでいいきかせながらいままでやってきた。
それでもこれまでは、心のどこかで自分の息子夫婦を信じてきた。
八十をすぎてもぶじ、家族のところにとどまっている高齢者もいるにはいる。敏江もまた、息子夫婦にかぎって、親を捨てるなどということはないだろうと
いう希望にすがりついてきたのだ。
そして、80回目の誕生パーティの日が訪れた………。
敏江が服を着替えて、そろりと階下におりてゆくと、
「おめでとうございます」
息子と嫁が口をそろえて祝福した。
「まずはお祝いに、みんなで乾杯しましょう」
敏江は、自分にわたされたグラスに満たされた赤い液体を、恐々とした目でながめた。
「いらないわ」
「どうしてですか。軽めのワインですよ。子供がのんでも大丈夫なしろものです」
「そうですわ、お母様、きょうの日を記念して、どうぞ、一口でもおのみください」
「そうやって、わたしを眠らせて、回収車にのせてしまうつもりなんでしょう。その回収車のこと、あたしたち高齢者のあいだでなんとよんでいるか、おしえてあげましょう。姥捨て車よ」
「母さん、なにをいうんだ」
「そうよ、あんまりですわ」
「いいえ。あたしにはわかっているのよ。誕生パーティだなんて、みえすいたこといわないで。このあたしを、ごみのように、捨てるつもりのくせに。だけど、そうはさせないわよ」
「お母さん、おちついてください」
美紀子が歩みよってくるのを、敏江はすばやく後退した。
その敏江を、横から息子が腕をのばして捕まえようとした。敏江はこのときとばかり、息子の顔面に拳をつきだした。鼻にまともに一撃をくらった息子は、痛そうに顔をおさえた。
「あなたも、同じ目に―――」
 敏江の剣幕に恐れをなして、美紀子は部屋を逃げ回った。そんな嫁を敏江は、躍起になっておいかけた。
「お母さん、やめてください」
いまにも泣き出しそうな顔で懇願する美紀子だったが、いまもし敏江が冷静さを保つことができたら、その嫁の顔に何かをまちうけているような表情が宿っているのを知ったことだろう。
だが敏江は、いまはもう息子の嫁を叩きのめしたい一心で、家のまえに、なにか大きな車が停車したのにも気がつかなかった。
まもなく、玄関のチャイムが鳴り響き、いそいで息子がドアを開けに立った。
「奥の部屋にいます。暴れますが、よろしくお願します」
その声が終わるや否や、二人の男たちが部屋に飛び込んできた。
ヘルメットに、黒の制服姿をひとめみるなり敏江には、かれらが老人を専門に回収する職員だと認識した。
敏江は、二人の男たちにむかっても、ファイティングポーズをとった。
こっちも必死だった。これまでの事例でも、老人回収のさいに、徹底抗戦した高齢者にたいして、家族もあきらめたという話が何件かあった。敏江もそのために毎日、ジムで鍛え、サンドバッグにパンチをうちこんできたのだ。彼女はやる気だった。
「むりですよ」
ヘルメットの下から、どこかできいたような男の声がいった。
「だれ」
敏江のといかけに相手は、ヘルメットをぬいだ。下からあらわれた顔は、同じスポーツジムの会員の、桐山だった。
「まあ、あなた。回収員だったの………」
本気で殴りつけても、けろりとしていた彼だとわかると、きゅうに敏江の全身から力が抜けた。
「さあ、どうぞ」
丁寧な口調でうながす桐山に、敏江はすっかりあきらめきって、玄関にむかった。
その昔、家々を訪れて不用となった電化製品をあつめにきていた回収業の車が流していたフレーズがそのとき、彼女の頭によみがえってきた。
「ご家庭にある、不用となった家具、電化製品はございませんか。おしらせくだされば、こちらから回収にうかがいます」
いつしかそのフレーズの一部が、つぎの文句にかわっていた。
「ご家庭にある不用になった高齢者はございませんか。おしらせくだされば、こちらから回収にうかがいます―――」
                       


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