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アシタバさん

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江戸の町と光の花

15/06/05 コンテスト(テーマ):第八十四回 時空モノガタリ文学賞 【 江戸時代 】 コメント:2件 アシタバ 閲覧数:1052

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 この世に終わりがあるとすれば、今がまさにそうだろう。

 夏の雲ひとつない空。
 灼熱の太陽は今日も江戸の町をジリジリと焦がしている。
 仕事の依頼で雨傘を直しにいく途中、手拭いで汗を拭きながらふと思ったのだ。
 徳川将軍様のお膝元。江戸の町。そこに住む人々は昔から、威勢のいい華やかさと、どこかサッパリとした力強さがあったはずだ。そう思っていた。
 しかし、今、自分が目にしている町の人たちは、何かに怯えて、びくびく、オドオドしているように感じる。
 無理もないのだ。
 100年以上続く徳川の天下泰平も陰りが見える気がする。
 今の世の中は不安だらけ。
 西の方で、またも飢饉が起こり、聞けば多くの命が奪われたという。江戸もこの凶作による物価の高騰で、人々の心はすり減り、ささくれだってしまっている。
 さらに今、ある病が大流行し、朝元気だった人間が夕方にコロリと死んでしまう事態があちらこちらで多発している。病にかかると酷い下痢になり、体中の水分が抜けきって、老人のように皺だらけになり死んでしまうという話を聞いた。
 一寸先は暗闇で、明日は我が身に何か起こるかもわからない。
 そう思うと不安で思わず叫び出したくなる。
 衝動をこらえて、再び汗を拭い、仕事先へと歩を進めた。

 夕方、仕事を終えて長屋に戻り。いつもの質素な食事を終えると、酒を飲みながら布団でうとうとしていた。
 最近は寿司屋や蕎麦屋にいく気にもなれない。将棋もしばらく打っていない。酒で気持ちをまぎらわしている。
「ちょっと、じゃまするぜ」
 めずらしく隣の奴がやってきた。昔ながらの長屋付き合いも、世の不安からか近年減ってきている気がする。
 何だ、と聞くと、明日隅田川の両国橋で夜にすごいものが見られるから一緒にこいというのだ。はじめは断ったが長屋の連中が皆でいくと、あまりにしつこく誘うのでしぶしぶと従った。
 翌日、河原には大勢の人間が集まっていた。人生でこれだけの数の人間を見るのははじめてだった。川には何隻もの船が浮いており、出店もにぎやかだった。人々は皆ワクワクして笑っている。久しぶりに活気のある空気に触れた気がした。
 次第にあたりは暗くなり、夜のとばりが下りた。
暗闇の中で大勢の人間がうごめく様子に、地獄とはこんな雰囲気かもしれないと思った。今の世の中、大勢の人間がこんな闇にいとも簡単に飲まれて消えてしまう。
 そんな、暗いことを考えていると、突然、巨人が口笛を吹くような、ひゅー、という音がした。一体なんなのだ? 
 次に空から爆発音。まるで大筒を撃ったかのようだ。
 とっさに見上げると、そこに大きな花が咲いていた。
 星よりも明るくて、とても近い。大きな、大きな光の花。
 続けて、いくつも、いくつも空に花が咲いていく。
 その美しい光りに映された人々の顔は喜びに満ちて、興奮した笑い声と拍手喝采が響き渡った。
 ドーン、と鳴るたびに、わー、と人々の歓声があがる。
 きて良かっただろう、という隣人に、ああ、と頷きながら、見とれていた。本当にきれいだ。そう思うと、不安だった心が次第に軽くなっていき、気力が胸に湧いてくるのを感じた。
 きっと、大丈夫だ。
 もし、辛いこと、苦しいことがこの先起きても、どんなに世の中が不安でも、この花を見れば誰もがきっと笑顔になれるはずだ。

 江戸の町の夜。何発もの花火が暗い空をいつまでも照らし続けていた。


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このストーリーに関するコメント

15/06/16 光石七

拝読しました。
両国の川開き、今の隅田川花火大会の起源ですね。
飢饉に疫病、どんより暗く重苦しくなっていた江戸の空気の中で、人々が花火に元気をもらう様子が伝わってきます。
私も一緒に音を聞き見ているような気分になりました。
素敵なお話をありがとうございます。

15/06/19 アシタバ

光石七様
コメントありがとうございます。

今回調べて初めて知りましたが、最初の隅田川花火大会には飢饉の犠牲者を弔い供養すると同時に、暗く、落ち込んだ世の中を明るくしようという目的があったそうです。
昔も辛い出来事は沢山あったけれど、素敵な出来事もあったから、人は頑張ってこれたのだなと、しみじみ思いました。

お読みいただいてありがとうございました。

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