j d sh n g yさん

学生時代に中国へ行き、漫画創作から小説創作の面白さに本格的に気づく。 なぜか中国語の方がすらすらと小説が書け、日本語での小説はその後から徐々に挑戦。 日常をテーマに書いていきます。

性別 男性
将来の夢 中国語の翻訳家 漫画家昔の夢
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鯫-Sou-

15/06/03 コンテスト(テーマ):第五十六回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 j d sh n g y 閲覧数:1204

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母親の骨
【清】 銭陳群 《江山船謡》より

食鱼投鱼骨,江鱼见之泣,
(魚を食べ骨を投げる、魚の子たちは悲しみにくれる。)
生身托鲰生,安能慎出入。
(人は鯫(※そう:小魚)に生まれ変わるとしても、
どうしてこの違いに慎重になれるだろうか)

邾秀麗はベッドの上で携帯を見た。
彼女はN大学の宿舎に住んでいる。
明日は週末だ。彼女は二人の友人と濱湖ショッピングモールに遊びに行く約束をしてある。
宿舎の小さな部屋で暮らすルームメイト四人は早くに寝静まっていた。だが邾秀麗は眠れないことが増えた。大学の成績が伸び悩み、全てに対し時間を浪費していると感じてしまう。
彼女は不真面目というわけではないが、どれだけ努力しても満足いく成績は取れなかった。

邾秀麗は携帯でホームページを見ながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
彼女は夢の中で誰かが先ほどインターネットで読んだ詩を吟ずるのを聞いた。
―食魚投魚骨,江魚見之泣,
生身托鲰生,安能慎出入―

「秀麗起きて、降りるよ!次が濱湖のバス停だよ」
「え?ウソ、全然気づかなかった」
彼女は友達たちとバスを降り繁華街へと向かった。
友人らは新しい服や英語の小説や韓流スターのニューシングルなどをそれぞれ買い、邾秀麗は一冊のスケッチブックを買った。
「秀麗、何頼む?」邾秀麗はハッとして思わず
「じゃあエビラーメンを」と咄嗟に答えた。
「何か今日の秀麗まだ寝起きって感じ」ワンピースを買った友達が冗談っぽく言う。
「ん〜半分当たりかな。もう一回寝てこよっかな!」彼女は軽く笑いながら答えた。
邾秀麗はスープに無数に浮かんでいる小海老を見た。その瞬間昨晩の小魚の詩が頭の中によみがえり、半分ほど残して友人らと別れた。
―いったい自分は何をしているのか―
彼女は独り言をつぶやきながら道をゆき、なんとかバス停たどり着いた。
バス停の長椅子に座り、上を見上げる。
視線を戻しながら、邾秀麗は通りの反対側に一軒の画材店を見つけた。
画材店の看板には「鯫之穴」と書かれている。
「ほう、珍しい日だ!客が来るとはな」
絵画と写真を片付けていた太り気味の中年男性は邾秀麗が入ってくると作品を置き、尋ねた。
「どうやってこの店へ?ここに人間国宝がいるとでも聞いたのかい?」
「すみません、たまたま店の看板が目に入って。看板に鯫の字があったのでちょっと覗いてみようかと。それだけです」
「鯫の字?なんだ君も俺のこと知らないのか!」
「どんな作品をつくられるんですか?こちらに掛かっているのは全部そうですか?」
邾秀麗は店内をじっくり見るのを忘れていた。というのも彼がずっと話して彼女に店を見せる隙を与えないからだが。
店の四方の壁にかかっている作品の大部分は水中の小魚の水彩画、そして湖、川、海などの風景画だ。
「きれい…でもさすが鯫の穴という名前の通り、ほとんどに小さい魚を描かれていますね。なぜ他のものはお描きにならないのですか?」
「なぜってまあ、俺は自分を含め人間すべては鯫みたいなもんだと思っているからな」
「私たち全部が、鯫、ですか?」邾秀麗は鯫さんに尋ねる。
「俺は他人がどう考えようが気にしないのでな」
彼は作品を集め、店の奥へ向かっていった。
邾秀麗は細やかに彼の作品を鑑賞した。魚の大きさ、色、住む環境、すべて同じものはひとつとしてない。
彼女は魚たちが水の中を自由に泳ぎ回っている姿を感じてみた。
魚たちとともに店のまんなかあたりまで泳いでくると、突然一匹の巨大な魚の骨が彼女たちの目の前に飛び込んできた。
「どうだ?この絵はなかなかのもんだろう?」
「あなたもこの漢詩をテーマに絵を?」
「ほお、この漢詩を知ってるのか?なかなかいないぜ」
鯫さんは目を見開いて彼女をみた。
ちいさな肉片はまだ魚骨にこびりついており、子供たちは母親の骨に寄り添い彼女の魂が天上へのぼっていくのを見守っている。
「この絵のテーマは単なる動物愛護じゃないですよね?」
「君が感じたものは君自身のものだ。俺は通り一遍な答えは嫌いだし、この絵には答えなんてありはしない」
鯫さんは絵を描く準備を整えた。構図を決め、絵筆で直接水彩画を描き出した。
今彼が描いているのは、色のない鯫ー正確には、透明な鯫だ。
「描けたぞ、どうだ?テーマは君だ」
「私?」
邾秀麗は鯫さんの意図が読めなかった。
私の印象は色を塗れないほど薄いのだろうか?それとも彼は私はからっぽで中には何もないと感じたのだろうか?
「俺は君はとても純粋だと思う。過ぎるくらいにね。まだ何色にも染まっていない。限りない可能性を秘めている」
鯫さんは《無色の鯫》を彼女に見せた。
「私の中にはなにもない…どんなに努力しても何の目標も達成できないし」
邾秀麗は《無色の鯫》を彼に返した。
「大切なものは見えないことが多い」
鯫さんはポットの水を注ぎ邾秀麗に紙コップを渡す。
「たとえば水、空気、心の内、そして…魂」
邾秀麗はゆっくりと水を体に取り込む。
「見えないから、存在しないってことじゃない。そういうものはたしかにそこにある」
鯫さんは再び水を紙コップへ注ぐ。
「現実は君が着色するものなんだ。君が感じたこと、君がやりたいこと、それは全部君によって決められる。飲むかい?」
「ありがとうございます、でもしばらくそのままで」
鯫さんは紙コップを机上に置いた。

宿舎に戻ると、邾秀麗は先ほど鯫さんが彼女にくれたあの絵をもう一度見た。透明な一匹の鯫。

―无形鯫泅水,随流求処睡。
形なき鯫は水を行き、流れに沿い眠りの場所を求む
夢幻使鯫醉,見群同鳧帰―
夢幻に鯫は漂い、群れとともに泳ぎ帰るのを見る
鉛筆で漢詩を付け加えると、邾秀麗はその絵を小さな箱にしまった。ベッドに横になり、彼の描いた鯫たちと泳いだあのひとときを思い出す。
流れにそうのも、さからうのも、とどまるのもすべて自由だ。
邾秀麗はいつの間にか眠ってしまっていた。


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