クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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DARK ZOO

15/06/02 コンテスト(テーマ):第八十五回 時空モノガタリ文学賞 【 動物園 】 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1834

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 雨上がりの午後の動物園には、独特の匂いが立ち込めている。
 中学に入って一年近く経つけど、授業をさぼったのは初めてだった。

 パンダの檻の前へ行く。
 パンダに模様がなく、人間の関心を買わなければ、とうに絶滅していたかもしれない。
 可愛い、という価値観は恐ろしい。無意味なようで、人間という種族が関わると、あっという間に凄まじい熱量が注がれる。
 ――可愛くさえあれば幸せになれるとは、限らないけれど。

 パンダの脇では、動物とのふれあいコーナーに人が集まっていた。
 ウサギやモルモットが、柵の中でやる気もなく歩き回っている。
 あのモルモットが口に飛び込んで来て僕が窒息死しても、モルモットはきっと十四歳未満だから、お咎めなしだろう。
 ふらふら歩いていたら、ライオンの檻の前に着いた。
 ぼんやり手すりにもたれていると、隣に、背広を着たおじさんが寄って来た。
「ちょっと可愛そうだなあ。本当は、サバンナを思いっきり走りたいだろうなあ」
「ライオンがそう言ったんですか」
 僕がそう言うとおじさんは、ん、と言葉に詰まった。
 広い大地を駆けてこそライオンだ、というのも人間の勝手な価値観にしか思えなかった。サバンナで疾走する姿が獣の本質なら、檻の中では一日寝そべっているのも本質だ。そうでないなら、ライオンはきっと檻の中でも走り回る。
 僕は――どんな本質を持つ、どんな人間なのだろう。
 おじさんはまた咳払いをすると、低く抑えた声で言った
「村山幸輔君だね。もっと遠くに逃げたかと思ってたよ」
「刑事さん。誤解しないで欲しいんですが、僕が月岡を殺したのは、僕が今、十四歳未満だからじゃありません。自分が二十歳でも三十歳でも、僕は構わずに断行したでしょう。でも、月岡の方が十四歳未満だったのは、僕があいつを殺した理由と密接な関係があります。亜衣を自殺に追いやっておきながら、月岡のしたことが罪にもならないなんて、そんなわけには行かない」
 ライオンが、緩やかな西日を受けて、あくびをした。
「月岡が亜衣を襲ったのは、月岡自身がまだ十三歳だったからです。少なくとも、動機のひとつだった。十四歳になる前に、って。……僕が後から月岡にそう聞いただけで、……本心かどうかも分かりませんけど」
「少年法について、調べたのかい。だが、法を理解しているとは言えないな。君も、月岡君もだ」
「少年法がなければ、月岡も僕も、何もしなかったかもしれない。そう思わないと言えば、嘘になります。何で十四歳なんですか。そんな区切りがなければ、……ちゃんと法律が僕らを脅してくれていれば、僕らは大人しくしていたかもしれないのに」
 馬鹿を言っているのは、分かっている。
 テレビで、厳罰化が犯罪を抑止することはないと、偉い人達が言っていた。罪を犯すほど追いつめられた子供は、罰が厳しいからという理由では止まらないと。
 それが本当なら僕は、どんなに厳しい罰が待っていても月岡を殺したのだろう。
 月岡もまた、死刑になってでも亜衣を襲ったに違いない。
 何がどう転んでも、必ず月岡は犯したし、僕は殺した。
 僕らはそういう状態で、そういう状況で、その時そういう人間だったから。
 それでいいのなら。
 法律は、何のためにあるのだろう。
 月岡は昨日、僕に学校の屋上から突き落とされた時、僕の殺意に気づいても逃げなかった。
 あれは、月岡にとって死刑だったのだろうか。
 裁くのは、絶対に、僕ではないのに。
「なぜ、動物園に来たんだい」
「動物には言葉も通じないし、意志の疎通もできませんから。なまじ言葉が通じて、……同じ思いが出来て、話せば分かるんじゃないかなんて、希望を持たせるような……優しい人間から傷ついて行くなんてことの、ない場所を」
 亜衣は、優しかった。とても可愛かった。だから、――だから死んだ?
 月岡は、ずっと亜衣を好きだった。だから――……だから?
 僕は、亜衣のことも月岡のことも好きだった。だから――だから。
「動物園の、人間に繁殖の世話までさせて生き残って行く動物達からしたら、僕らは何て下らないんでしょうね。生物学的に何の意味もない価値観の暴走で、亜衣も、月岡も、僕も、子孫を残せなくなった」
「君はまだ、そうとは」
「作りませんよ、子供なんて。作るわけがない」
 これから死ぬまでの長い長い時間、僕はどうやって過ごせばいいのだろう。
 法律が人間のためにあるのなら、今すぐに助けて欲しい。
 僕をじゃない。亜衣を。月岡を。

 動物園には、独特の匂いがある。
 それは僕の過ごして行くはずだった日常の、残り香のようなものだった。
 鼻の奥が痛み、動物園の匂いは途絶えた。
 何も分からず、何も通じ合えないまま。

 さよなら。
 さよなら、僕の動物園。
 こんなはずじゃなかったよ。


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このストーリーに関するコメント

15/06/03 泡沫恋歌

クナリ 様、拝読しました。

パンダは可愛い=可愛いは正義なのだ。

私はどちらかというと、水族館派で動物園は臭いのであんまり行きたくない。
特に草食動物の排泄物の悪臭ときたら・・・ファブリーズ何個で消せるのやら?
動物園って、好きじゃないけど本や映像で観るのは好きです←勝手な言い草。
ところでスナドリネコが鳥羽水族館に登場したんですよ。
猫なのに水族館って可笑しくなぁい?

少年法については、いろんな考えがあると思うけれど・・・
犯罪を起こす人間に年齢は関係ないと思う。
たぶん生まれつき善悪の判断がマイルールなサイコパスだと思うから、またやるよ。

15/06/05 クナリ

泡沫恋歌さん>
あ、ほぼ同じ理由で水族館のが好きです…糞も投げられませんし。
パンダの隈どり、あれはずるいですよね(^^;)。可愛いに決まってますよねえ…。
しかも食べ物が笹。笹って。君クマじゃないの?肉食じゃないの!?と、最初は思いました(たまーに、野生感あふれるパンダさんの動画を見ることもありますが、ぜひ夢を見させていただいたままにしておきたいッ)。

少年法については、色々考えるところがありますよね。
改正前から抱えている(と個人的に思っている)、「犯罪の軽重によって裁き方を変えられない」というのが悩ましいなあと。
何歳以下であれば犯罪としてすら扱わない、と規定されてしまうと、規格外の事象が起こった際に法の理念が骨抜きにされてしまうような…うーん。
自分で見直しても嫌な話なのですが(お前)、そげなものにコメント、まことにありがとうございました!

15/06/30 光石七

動物園、少年法、主人公の心。それぞれが持つダークな側面を描き出しながらリンクさせ、見事にまとめられていると感じました。
動物園に来た理由を述べる主人公の台詞と、ラスト近くの“動物園には、独特の匂いがある”で始まる節がじわりと心にきました。
「作りませんよ、子供なんて。作るわけがない」という台詞も印象的ですね。
不安定で、思いを抑制できず暴走して、いろいろ考えてて、どこかドライで、でも不安で、何かを求めてて……。一見極端な状況設定の中で、等身大の少年を感じさせるのは、さすがだなと思います。
素晴らしい作品でした!

15/07/04 クナリ

光石七さん>
自分で書いていて、変な主人公だなあとは思っていたのですが、その変さが良い形で出ましたでしょうか。
一応心情面での描写が上手くいったからこその「等身大」というお言葉だと解釈させて頂きたく、この可愛いげのない主人公も一安心であります。
一般的に男子よりも女子の方が精神面の発達が早いようですけども、それだけに早熟な男子は孤立し勝ちだと思うんですよね。
もちろん、彼のしたことは許されることではありませんが…。
コメント、ありがとうございました!

15/07/27 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

動物園というテーマで社会的にも問題になっている少年法への考えを入れるなんて凄いなあ、2千文字でこれだけ蜜の濃い作品を書かれるクナリさん、さすがだと感心しました。

可愛くさえあれば幸せになれるとは、限らない――亜衣への深い愛情を一文で表していて、しかも動物園にかけているのも凄いです。タイトルも、巧い。クナリさんらしい良い作品だと思いました。
 
時空への投稿もしっかりなさって、しかも、長編まで書いておられるのは凄いですね、時間作りまして「なろう」へも読みに行かせてもらいますね。

15/07/28 クナリ

草藍やし実さん>
少年法についてはとにかく事例ごとに考えなくてはならないことが全く異なって来るような気がして、自分の中で確たる答は出ていない状況なのですけども、今回はこういう考え方をしている(考え方にひとまず到達した)少年に主人公を勤めてもらいました。
登場人物の考え方=今の自分の考え方ではありませんが、たった一つの最適解など存在しないと分かった上で、その時々の改善を繰り返して行くしかないのでしょう。
長編については、自分は本当に「長いものをちゃんと書く」ということが苦手で、いきおい短編に逃げて逃げて来たものですから、少しずつですが取り組むようにしています。
こう、「長いけどちゃんと読んでもらえるもの」を作っておられる方々は凄いなあと…改めて思いますね。
自分で張った伏線忘れる忘れる(^^;)。

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