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泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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暑中はがき

12/07/26 コンテスト(テーマ):【 花火大会(花火) 】 コメント:10件 泡沫恋歌 閲覧数:2897

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 車のエンジンを止めて、ドアを開けると外は真夏だった。
 喧しい蝉の鳴き声と焼け付くような強い日差しでいっぺんに汗が噴き出した。美咲は三日振りに自宅のある郊外のマンションに帰ってきた。ここのところ仕事が忙しく、会社近くのビジネスホテルで寝泊まりしていた。通勤時間を惜しんで仕事に打ち込んだ。
 美咲は中堅のインテリア照明会社に勤めている。都心に大型ホテルがオープンするので、その建物内の照明器具の納品契約を巡って、企画書や接待などに毎日追われていた。営業企画部課長代理というのが美咲の役職だが、今回の契約をモノにできたら、次期課長に押すと部長から内密の辞令を貰っている。
 それだけに絶対に落としたくない契約だった。

 月曜日にホテルの上層部の前でプレゼンテーションをやる。土曜日の午前中まで会社に残ってその準備をして、午後からやっと自宅に帰ってきたのである。
 大事なプレゼンの前なので日曜日は体調を整えるために自宅でゆっくり休みたかった。今年三十五歳になる美咲は独身ひとり暮らし。

 マンションのメールボックスを開くと三日分の新聞と郵便物でいっぱいだった。腕に抱えて十一階の部屋まで持って上がる。玄関の鍵を開けて、部屋に入ると少しすえたような臭いがするから、ベランダの戸を開けて風を送る。テーブルの上に新聞の束を置いたら、その中からひらりと一枚のはがきが落ちた。
 ――暑中見舞いのはがきだった。
 送り主は鹿沼 慧(かぬま さとし)、懐かしい名前が目に飛び込んできた。

「暑中お見舞い申し上げます。 我が家では上の女の子が今年小学校に入学し、下の男の子は幼稚園の年長さんです。子育て、大変だけど妻と二人頑張っています。 慧」

 慧ったら、すっかり良いパパになっちゃって……微笑ましい文面である。
 鹿沼 慧とは大学の三年生の頃に付き合っていた。同じサークルで親しくなりお互いのアパートを行ったり来りの恋人同士だった。
 今でも、時々思う。本気で好きになった人は慧だけかも知れない……。仕事に追われ恋愛どころではない美咲にとって慧に恋していた、あの夏は忘れられない季節だった。
 優しいけど頑固な慧と、負けず嫌いの美咲は反発しながらも、惹かれ合い二人の恋は夜空の花火のように鮮やかに燃え上がり、線香花火のみたいに小さくなって消えていった。

 大学の最後の夏休み、二人で旅行する予定だった。
 美咲はアメリカに行きたくて、あっちこっちの知り合いに手を回して、超格安のツアーを計画した。その件を慧に話したら、
「僕はそんな旅行には行きたくない」
 と、無碍に断わられた。ムッとした美咲が理由を聞くと、
「好きな人と観光メインの旅行なんか嫌だ。もっと心を通わせるような旅行がしたい」
「たとえば、どんなのよ?」
「山奥の鄙びた温泉で、清流の音を聴きながら、河原で線香花火をやってみたい」
その答えに美咲は思わず噴きだした。その態度に腹を立てたのか、その日は美咲のアパートに泊らず、慧は黙って帰った。
 その件を境に二人は少し距離が出来てしまったが、美咲は卒論や就活に忙しく慧のことは放って置いた。アメリカ旅行は女友達と行った。

 卒業後、慧が郷里に帰ると噂で聴いた。東京に残って就職するとばかり思っていた美咲は驚いた。そして慧に訊ねたら、
「父が倒れたんだ。郷里に帰って家業を継ぐよ」
「そんなの嫌だよ! 慧がいないと私は……」
 寂しいと素直に口に出せなかった――。
「美咲は僕がいなくても大丈夫さ」
 そう言って笑った慧の目には美咲は映っていない、卒業と共に二人は別れた。郷里に戻って、家業の酒屋を継いだ慧は、その後、お酒のディスカントの店舗にして手広くやっていたようだ。
 偶然、ネットで慧の酒屋のHPを見つけた。会社のイベント用に大量に酒を注文したのが切欠で再び交流が始まった。だが、はがきやパソコンメールくらいで個人的なものではない。慧は家庭を大事にしていて、過去の女性である美咲に必要以上に近づかないのだ。

 ドンドンドドーンと音がして、ベランダの窓の向うで光った。
 シャワーを浴びた美咲はバスロープ姿のままベランダに出て夜空を見上げた。今日は近くの河原で花火大会があった。
 十一階の美咲の部屋からは花火がよく見える。ベランダに椅子を出し独り花火見物と洒落込む。冷蔵庫から冷えたビールを取り出し「カンパーイ!」と言って一気に煽った。
 素直じゃない自分は、慧に相応しい女性ではなかったと思う。家で食事を作って夫の帰りをただ待っているなんて……私には出来ない。きっと慧は自分に合った女性を選んで幸せになったのだ。かつて愛した人の幸せを願って「カンパーイ」ビールの味と違った甘酸っぱい想いが込み上げてくる。

 ドンドンドドーン! 夜空にひと際、大きな花火が上がった。


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このストーリーに関するコメント

12/07/26 そらの珊瑚

恋歌さん
拝読しました。

35才、独身、ひとり暮らしの女がふと過去を振り返る
さみしさを含んだ感傷が、美しい花火を背景にして
浮かんでくるようでした。

きっと慧は鄙びた温泉で、線香花火を一緒に楽しんでくれる人をみつけたのかもしれませんね。

12/07/26 ドーナツ

美咲のように、仕事に生きがいを感じるようなキャリアウーマン体質の女性、私の周りのも結構います。
読み終わって ふっと考えました。こういう女性は恋が下手、でも誰よりも愛を欲している一番可愛らしい女性なんではないかと。
たった一枚のハガキで、過去のドラマが開き、打ち上げ花火で終わる。
美咲は線香花火のような女性になれないだろうな、大空にドーンとあがってパッと消える、そういう女性だと思います。

12/07/27 泡沫恋歌

珊瑚さん、コメントありがとうございます。

恋愛より、仕事に生きがいを見出したキャリアウーマンの美咲が
一枚の暑中はがきで、かつての恋人を思い出す。

仕事が充実していても独りの女としての孤独感は拭い去れない。

仕事か恋か、どっちが美咲に取って幸せかは読者に決めて貰おう(笑)

12/07/27 泡沫恋歌

おおくぼゆういち 様
コメントありがとうございます。

まあ、そういう台詞は敢えて使わずに、読んでくださった人に考えて
貰いたいと思います。

12/07/27 泡沫恋歌

ドーナツさん、コメントありがとうございます。

わたしはこの物語の主人公は決して女性として不幸だと思って書いていません!

美咲は美咲の生き方があって、仕事に生きる女性は素敵だと思っています。

ですが、男性の中には線香花火のような、けな気な女性を好む傾向があるとは
思いますが・・・。

華やかな打ち上げ花火のような恋をいつか美咲もするかも知れないね。


12/07/28 鮎風 遊

それぞれがそれが良いと信じ歩んだ道。 そこに乾杯の花火。 いいですね。 そういうものですわ。 なんというか、そんな情が読み取れました。 

12/07/30 泡沫恋歌

鮎風さん、コメントありがとうございます。

そうですよね。
それぞれ正しいと歩んだ道。お互いに遠く離れていても、かつて同じ
時を過ごした者同士の「情」ってありますよね?

そういう感情は人として大事なことだと思います。
私は「情」のある人が好きだし、そういう人々とたとえネットでも
繋がっていたいと思います。

良い仲間たちに巡り合えてラッキーです。

12/08/18 郷田三郎

読ませて頂きました。面白かったです。
冷えたビールにちょっとだけ苦味を上乗せって感じですね。
それぞれの人生の選択。結局、それは正しかったと確信しつつも、そうでなかった自分を思い浮かべてみる。そういうのって有りますよね。きっと彼の方でも良い家庭に恵まれていながらも、そうでない人生をふと想像してみるのではないでしょうか。

12/09/10 泡沫恋歌

郷田さん、コメントありがとうございます。

何んと、作者の意図を汲んでくれたコメントなんでしょう!
とても嬉しいです。書きたかったのはソコなのです。

それぞれの人生の選択。結局、それは正しかったと確信しつつも、そうでなかった自分を思い浮かべてみる。
そういう気持ちは誰だってあると思うんです。

そういう心の迷いみたいな感情「これでよかったんだろうか?」
ずっと、その質問を自分自身にぶつけながら人は生きていくのだと思います。

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