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aloneさん

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押しボタン旅行記

15/05/29 コンテスト(テーマ):第八十三回 時空モノガタリ文学賞 【 時間ぎれ 】 コメント:2件 alone 閲覧数:1296

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朝起きると右手の甲に変な数字が浮き上がっていた。
――35:10:21:17:38:13
擦ってみるが消えそうにはない。不思議に思いつつ見ていると、一番右の数字が刻々と変化していた。
13、12、11、……カウントダウンか?
もしや、とあることに気づき、まずは右端の数字がゼロになるのを待つ。
……02、01、00、59。そして右から二番目の数字が37になった。
これは時間だ。右端の数字が『秒』。その左が『分』。
とすると残りは『時』、『日』、『月』、そして最後が『年』。
つまり残り、35年10ヶ月21日17時間37分と数秒、ということだ。
まあここまで大きくなるとだいたい何を表しているか見当はつく。
おそらく俺の残りの寿命。だとすれば俺は六十過ぎには死ぬってことか?
……だいぶ先だな。まだ折り返してすらいない。そんな先のことをカウントダウンされても仕方がない。
俺は数字に興味を失い、立ち上がった。洗面所に向かい顔を洗う。
タオルで顔を拭いてから鏡を見ると、またしても見慣れないものを見つけた。
押しボタンがあった。鏡の真ん中で押す部分を赤く光らせていた。
眉を顰めつつ摘まんでみるが、まるで根を張っているみたいに動かない。
とりあえず恐いもの見たさにボタンを押してみる。カチッと鳴って赤い光が消えた。
ティコン! 軽快な音が鳴り、「1秒」という文字がポップな字体でボタンの上に現れ、消えた。
沈黙。もう何も起こらない。
「何だよこれ」
呆れて声を荒らげると、洗面所を後にした。朝から変なことばかりだ。もしかしたらまだ夢を見ているのかもしれない。
そんなことを思いながら部屋に戻り、驚かされる。さっきは気付かなかったが至るところであの押しボタンが赤く光っていたのだ。
頬を摘まみ強くつねった。残念ながら痛い。夢ではない。
仕方なく手当たり次第にボタンを押す。赤い光がどんどんと消えていった。
10秒。30秒。1秒。1分。1秒。1秒。……
見つけた範囲ですべてのボタンを押した。「1秒」のボタンが多かった。次が「10秒」、そして「30秒」。ときおり「1分」や「5分」などもあった。ひとつだけ「1時間」のボタンもあった。
しかしボタンを押してもポップな文字が出るだけで、何の変化も感じない。
やっぱり夢を見ているんじゃないか。いや、夢であって欲しいぐらいだ。
溜め息を零しこぼし腰を下ろす。曲げた膝のうえに腕を乗せた。右手の甲の数字が見える。
――35:10:21:18:53:07
ん……?
もう一度数字を見る。やっぱりそうだ、数字が増えている。
思いつき、見逃したボタンを探す。ようやく見つけると、右手の甲の数字を見ながらボタンを押す。
ティコン――「5分」。すると『分』が増えた。やはりボタンと数字は繋がっていた。

 [●]

俺と押しボタンの奇妙な生活が始まった。
ボタンは家の外にもそこら中にあった。電柱、路面、つり革、ボールペン、何でもありだ。
とりあえず押しまくる。見つけ次第すぐに。もし「1秒」のボタンだったらそれで一秒を無駄にしてしまうからだ。
だが次第に見つけられなくなった。一度押したボタンは二度と押せない。だからボタンを探すために遠出を始めた。
ドライブに小旅行、ときには海外。色んな出会いがあった。「1日」や「1月」のボタン。極稀だが「1年」のボタンがあることも知った。
だが一番の出会いを挙げれば、それは迷いようもなく――彼女だ。
彼女とは同じツアーで知り合った。互いに一人旅ということもあり行動を共にした。そして親しくなり、ツアーを終えても連絡を取り合った。
それから何度も一緒に旅行に行った。押しボタンはもうオマケだった。僕のなかでは彼女が重要な位置を占めていた。
彼女にプロポーズし、彼女は妻になった。そして夫婦で初めての旅行に行った。
子供が生まれ、家族旅行にも行った。旅先では子供の成長を記録した。
子供が大きくなり、独り立ちし、妻と二人きりに戻った。久しぶりに夫婦で旅行に行ったが少し寂しさを覚えた。
家を出た子供が戻ってきた。傍らにもう一人連れていた。結婚するそうだ。
孫が生まれ、一緒に旅行に行った。昔を思い出すとても楽しい旅行だった。
次第に足腰が悪くなり、遠出は出来なくなり、寝たきりになった。手の甲の数字が少ない残り時間を告げた。
『年』がゼロになり、『月』がゼロになり、『日』がゼロになり、『時』がゼロになった。
妻が私の手を握った。子供たちが看取りに来た。孫たちが「おじいちゃん」と泣いてくれた。
『分』がゼロになる。もう目は開かない。だが家族の声は聞こえていた。
私を呼ぶ声が次第に遠のく。数字が減るのを肌で感じた。
走馬灯が瞼に映る。幸せだった時間が反芻される。
後悔も不満もなかった。幸福な人生だった。
そして『秒』もゼロになった。


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このストーリーに関するコメント

15/06/05 光石七

拝読しました。
設定がユニークで、引き込まれる導入でした。手の甲に浮かび上がるカウントダウンの数字、不思議な押しボタンで増えていくなんて、彼はどんな人生でどんな最期を迎えるのか、興味を引かれました。
こういう人生の終わり方は理想ですが、個人的にはやや物足りなさを感じるラストでした。私がブラック系のオチを期待していたことも多分に影響していますし、このお話の中での押しボタンの意味が読み取れなかったこともあります。あくまで個人的な意見ですが。
あ、主人公がボタンを押さなくなったということは、それだけ日々が幸せで充実していたということでもありますね。今気づきました。
誰もが死に向かってカウントダウンしていることを改めて考えさせられました。

15/06/05 alone

>光石七さんへ
読んでくださりありがとうございます。
眠れない夜に考えついたような設定だったんですが、興味を持っていただけてよかったです。
展開については書く時間が今回なかったので、書いていけたものをストレートにそのままにした結果、こういう感じになってしまいました。何かしら一ひねりのあるラストを用意できればよかったのですが、むぅ……。
話のなかでの押しボタンの意味についてですが、これといって意味はない感じかもです。思いつき任せなところもあったので。
けれどなぜ押すのかといわれると、男だからって感じになるかもしれません。意味があるか以前に集めたくなるものがあったりするんです。男のさが? いや……忘れてください。
いつ死ぬのかわかるというのは特別なことです。以前聞いた話なので合っているか自信がありませんが、ある死刑囚が自分は誰よりも幸せだと言って、なぜかと訊かれたら、死ぬ日が決まっているからだと答えたことがあるそうな。
もちろんこの作品にはそんな深みは含まれてないのですけども。
感想を書いてくださり、ありがとうございました。

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