1. トップページ
  2. 死の時間

実さん

こんにちは

性別 男性
将来の夢 作家になること
座右の銘 特になし

投稿済みの作品

1

死の時間

15/05/28 コンテスト(テーマ):第八十三回 時空モノガタリ文学賞 【 時間ぎれ 】 コメント:0件  閲覧数:1177

この作品を評価する

 狭山荘助は未だに人生の意味を見出せずにいた。それだけでなく彼は酒飲みでギャンブル好きで浪費も激しかった。30歳を過ぎても定職に就こうとしない彼はアルバイトでその生計を立てていたが、家賃を滞納することもしばしばあった。
 支払いが遅れる理由は様々なものがあったが、一番多いものはムダ遣いで財布にお札があると使ってしまいたい衝動に駆られるのであった。給料日までの一週間を塩飯だけで済ませなければならないことは何度もあったし、友人に金をせびることもあったが終いにはほとんどの交友を失うことになった。
 家にはゴミが溢れていてビールの空き缶が散乱していた。カビの繁殖した布団、ハエのたかっているカップ麺の容器、放ったまま洗濯をしていない靴下、一度しか使わなかった通販の健康グッズ、賞味期限の切れた菓子パン。ありとあらゆるものが彼の怠惰な生活の記念碑として刻まれていた。例えばカビの専門家であれば彼の布団に繁殖したカビの濃さから推測してまるで年輪を見るように引っ越してきた時期を言い当てるだろうし、転がり落ちているペットボトルの消費期限を見れば彼がいつからゴミ屋敷の住人になったかもわかってしまう。
 毎日がその日暮らしで過ぎていった。給料日になればちょっとした小金持ちの気分になり思うままに散財した。そのたびに増えていくゴミの山を見渡しては
「いったい俺は何のために働いているんだろうか」
と思うのが常だった。

 死は誰にでも平等にやってくる。人にもゴキブリにもやがて蝶になるイモムシにも、それはやってくる。死は戸を叩くことなく家の中に忍び込んでは突然誰かの命を奪ってしまう。そしてあとにはただ身体だけが残る。魂はどこか遠くの世界へ旅立ってしまう。
「おい〜っす。相変わらずお前の部屋クソ汚っねーなぁ!」
「うっせーよ。ボケぇ!そんなこと言ってんとさっきの酒代、お前ぇ、払ってもらっちゃうよ?」
「あーめっちゃ綺麗だわー」
二人はすでに酔っ払っていたが床に寝そべりさらに酒を飲み続けた。いつまでも手が休まる気配がなく、チューハイの空き缶は円卓の上に銀色のビルのように並べられていく。この小汚いワンルームの庭園でも彼らにとっては現実と理想を引き離してくれる楽園だった。しかし仮に思い出作りのために写真を撮ってTwitterに上げてもそこには中年になりかけのむさい男が二人写っているのには変わりなかった。

 夜も更けた頃唯一の友人は帰っていった。酔いに重たくなった頭を抱えながら「俺明日バイトあっから帰るわー」と返答のない暗闇に呟き戸の外にいなくなった。徐々に徐々に闇は明け、初夏の太陽の明るさがアパートの一室にも転がり込んでくる。山並みは赤々と燃えて、まるで悪魔が地球を滅ぼすためにありとあらゆる山に火をつけたかのようだった。一日のはじまりを告げるようにカラスが一斉に鳴いた。

 そんな中彼はまだ夢の中にいた。体温は温まらず、瞼は落ち、頬はこけ、顔の毛細血管は青りんごのように青ざめていた。
 時間切れ。時間は待ってはくれなかったのだ。刻一刻と近づいていく死の瞬間にまで、荘助はその人生の重大さについて気づくことはなかった。今はただぼぉっと亡霊になって佇み、自己の身体を見下ろしているのだった。
 2日後、連絡のつかない荘助の家にバイト先の店長や同僚らが駆けつけた。もしかしたら死んだんじゃないかという噂はどこからともなく湧いていた。
「おい狭山ァ!返事ないけど開けるぞー!」
店長が3度の問いかけの後に扉のノブをひねる。鍵はかかってはいなかった。
 目の前に広がっていたのはただのゴミ屋敷のように散らばるビニール袋の山と二三飛び回ってる羽虫だった。
「うわぁ、こりゃキツいな……」
噂通りのゴミ屋敷に辟易しながらも足を進めると、そこには眠ったままの荘助がいた。まるでさっきまで酒を飲んでいたと言わんばかりの大口を開けた体勢で、そのまま顔はミイラのように土気色になっていた。
「言わんこっちゃない。毎日酒飲んでりゃあ寿命も縮むさ」そう呟くと店長は後続を制止するために声を張り上げた。「おい、お前らは入ってくるなよ。それと一応救急車呼んどけ」
「生きてるんすか?」バイトの一人が尋ねたが彼は迷う間もなく答えた。
「いやぁ、こりゃダメだな。もう死んでるよ」そしておもむろにため息を吐くと窓の外に向かって指を差した。「それに蝶が飛んでるんだよ。さっきからずっと。ありゃあ、たぶん虫の知らせだな。死んだばあちゃんの時もそうだったんだが、人が死ぬ時にはきまってああゆう風に不思議な虫が現われるんだ。ずっと未練深そうに飛んでその場から動こうとしない。時間は巻き戻らないのに、もう一度体に戻れると思っちゃうんだな。自分の体じゃないのにな」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン