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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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新宿ジュース

12/03/18 コンテスト(テーマ):第一回 時空モノガタリ文学賞【 新宿 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2918

時空モノガタリからの選評

最終選考

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陽子が頭上を見上げたのはなにも、ビルとビルの間にのぞく茜色の空をながめたかったからではない。
どの建物がもっとも、飛び降りるのにふさわしいだろう。非常階段はすんなり屋上までつづいているのだろうか。
ここにくるまで、死ぬことはもっと、簡単なはずだった。屋上のふちから身を躍らせば、すべて完了すると思っていた。
しかし、それが思いのほか進捗しなかった。
どの建物の周囲にも、警備員がいた。あきらかにかれらは、ビルの下部にはりわたされた安全ネットどうよう、自殺防止のために配備されているとみてまちがいない。過去にここで自殺したものたちがのこした、負の遺産だった。
空はますます暗くなってきた。

「よう」

ふいに呼びかけられた。陽子は声がした茂みに顔をむけた。
「ちょっと、はいってきなよ」
陽子をためらわせたのは、茂みみがつつみこむ得たいのしれない闇にたいする恐怖ではなかった。足をふみいれると、茨のような小枝にシームレスがひっかかるのに神経をとがらせた。

「よくきたな、ねえちゃん」

このあたりにすむホームレスだろうか。ずいぶんなれなれしい。彼は手に、生ビールの小ジョッキーのようなものをもっていて、彼女にそれをさしだした。

「一杯百円だ。飲むか」

「なんなの、それ?」

「新宿ジュースさ」

「新宿ジュース………」

「そうだ。新宿のエキスとおもってくれたらいい。ねえちゃん、死に場所をもとめて、ここにやってきたんだろ。かくさなくっていいよ。おれにはわかるんだ」

もう少し正確にいうなら、死に場所がみつからずにうろうろしているというのが本当で、べつにかくしているわけではない。

「毒でもはいっているの、それ」

「まあ、そんなところかな」

「ほんとう?」

一気に息の根をとめるほどの猛毒なら、陽子はよろこんでジョッキを飲みほしたことだろう。
そんな彼女の顔色をさっしたのか相手は、

「ついてきな」

と、茂みのなかを、体をおりまげるようにしながら、歩きはじめた。

壁と壁がエル字型に折れ曲がったところで彼は足を止めた。

壁の下あたりが、もっこり盛り上がっている。木の幹が壁にはりついているのかあるいは、幹そのものが壁の内部から張りだしているようにもうけとれた。
彼はポケットから折りたたみナイフをとりだすと、ナイフのさきで、はたして幹の表面をひっかくようにして傷つけた。

しばらくすると、傷つけた部分から、じわりと液体が浮かびでてくるのがわかった。
「ジョッキは、これを集めたものでみたされている」
陽子は、彼の手からジョッキをうけとった。
あの、じわりじわりと浮きでてくる液体を、丹念に集めたということじたい、なにか彼女には崇高なことに思われた。

こんどは陽子はなにも考えることなくジョッキに口をつけた。
これまで小心翼々と考えた結果が、この場所にじぶんを追いやったのではなかったか。勤めていた会社を解雇され、職探しに疲れきり、だれもじぶんを必要としていないと思いこんだあげく、ここまでやってきたのではなかったか。

ごくごくと彼女は液体を飲みほした。

目の中に何色もの光がさく裂した。奥底からわきあがってくる熱いものが彼女の口から蒸気となってふきだした。一瞬彼女はじぶんが、巨大で獰猛な肉食恐竜になった錯覚におそわれた。あたりのなにもかも、人を、車を、建物を、思いきりむちゃくちゃにふみつぶしてみたい衝動にかられた。

「これでねえちゃんのなかに、新宿にたいする抗体ができあがったよ」

「抗体」

「そうさ。さっきいったろ、毒だって。新宿ジュースは新宿の毒、純粋百パーセントなんだ。ねえちゃんは新宿アレルギーにかかっていたんだ。だけどもうだいじょうぶだ。じぶんでもわかるだろう」

「ほかに飲んだ人、いるの?」

「おれさ。おかげで、プータロウでもこうしてしたたか、やっていけてるんだ。おい、どこへ行くんだ。ジュース代、まだもらってないぜ」

彼女はふりかえると、よじるように身をかがめ、ことさら肌が露出するように、シームレスの裂け目を指でおおきくひろげてみせた。

「これで、まけといて」

陽子が茂みからでてきたときには、あたりはすでに、なにもかも真っ暗になっていた。


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