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夏川さん

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良薬は口に苦し、人魚の肉など尚の事

15/05/21 コンテスト(テーマ):第八十四回 時空モノガタリ文学賞 【 江戸時代 】 コメント:2件 夏川 閲覧数:1631

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 座敷にて三人の若者が「それ」の到着を今か今かと心待ちにしていた。
 彼らは江戸で名を馳せる大店の若旦那たちで、唸る程の金を使い阿呆な遊びをすることでも有名である。しかし今日はいつもとは使う金の規模が違う。
 なにせ、彼らがこれから買おうとしているのは不老不死そのものなのだ。

「お待たせしてすいません」

 入ってきたのは商人風の中年の男。三人の視線は男の持っている紫色の布に包まれた箱に注がれる。

「それが例の物か」

 真っ先に声を上げたのは三人の中で一番せっかちな酒蔵の若旦那だ。男はその言葉にゆっくりと頷く。

「はい。人魚の肉でございます」

 人魚の肉を喰えば不老不死になるというのは有名な話。その伝説の霊薬が今まさにここにあるのだ。

「早く見せてくれよ」

 次に口を開いたのは三人の中で一番喧嘩っ早い醤油蔵の若旦那だ。他の二人も早く見せろとばかりに前のめりになって箱を凝視する。

「そうですね。まぁとりあえずご覧いただきましょう」

 男は布を広げ、漆塗りの箱をそっと開ける。中に入っていたのは親指の爪ほどの肉が三切れ。

「……これだけか?」

 口を開いたのは三人の中で一番女好きの味噌蔵の若旦那。しかし男は胸を張って三人の前に肉の入った箱を差し出す。

「私は何もケチってこれだけしか持ってこなかったのではありません。これは長年にわたる経験から導き出された最良の量なのでございます」
「食いすぎるとどうにかなってしまうのか?」
「いいえ」

 男は首を振りつつ、箱を持ち上げて三人の顔の前に差し出す。

「匂いを確かめてみてください」

 男に言われた通り肉に鼻を寄せる。その瞬間、三人は畳の上に崩れ落ちてしまった。

「な、何だこの臭いは」
「この世のものとは思えぬ臭さ」
「肥溜めの方がまだましだ」

 三人は思いつく限りの罵詈雑言を不老不死の霊薬に浴びせかける。男はそんな三人をなだめつつ苦笑いを浮かべた。

「そうなのです、これは酷い匂いで味もまたそれ以上に酷い。これより多く食うなど犬にもできません。だからこの量が最適だと申し上げたのです」
「しかしこれを喰うのは勇気がいるな」
「なに言ってる、この一瞬を我慢しさえすれば永遠の命が手に入るんだぞ」

 そう言って名乗りを上げたのは酒蔵の若旦那。
 さっそく肉を一切れ箸で摘み、口に放り込む。途端に顔の色が青くなり、赤くなり、そして白くなると同時に口に入れたばかりの霊薬を胃の中の有象無象もろとも勢いよく吐きだした。男が慣れた手つきで桶を取り出し受け止めたおかげで大事には至らなかったが、その味の凄まじさは他の二人にも十分伝わった。

「うう、そんなに酷いのか」
「これは何か工夫が必要だな」

 そう言って立ち上がったのは醤油蔵の若旦那。彼は席を立ったかと思うと、醤油を手にして戻ってきた。台所から借りてきたのだと言う。

「人魚の肉なんて刺身みてぇなもんだ。刺身には醤油よ」

 醤油を並々注いだ小皿に人魚の肉を放り込み、次に醤油滴るそれを口に放り込んだ。一瞬パッと顔を輝かせた醤油蔵の若旦那だったが、すぐに顔の色が青くなり、赤くなり、そして白くなると同時に酒蔵の若旦那と同じく吐きだしてしまった。

「醤油でも駄目だったか。となると、あれしかあるまい」

 味噌蔵の若旦那も席を立ち、そして味噌を片手に戻ってきた。小皿にこんもりと盛られた味噌に人魚の肉を放りこみこねくり回す。そしてできた茶色い団子のようなものを、味噌蔵の若旦那はえいとばかりに口へ放り込んだ。
 顔の色が青くなり、赤くなり、そして白くなる。ここまでは他の二人と同じだったが、味噌蔵の若旦那はそれを苦労しながらも飲み込んだ。

「く、食ったのか?」
「あ……ああ。これで俺も不老不死だ」

 味噌蔵の若旦那は白い顔で笑う。

「味噌を付ければよかったか」

 他の二人は己の吐き出した有象無象の溜まった桶を一瞥してため息を吐く。

「でももう一度食えと言われても無理だな」
「ああ、まだ臭いが鼻に残っている」
「……臭いが強くなっていないか?」
「……どうやらお前から臭っているようなのだが」

 臭いの元であるらしいのは味噌蔵の若旦那。彼の顔からは色が失せてしまっていた。

「な、なんだか口があの味でいっぱいだ」

 味噌蔵の若旦那は桶を抱え込んで胃の腑ごと吐き出すばかりの勢いで嘔吐する。桶からあの臭いが立ち上り、他の二人も顔を青くさせた。

「ああ不味い。自分の唾からもあの味がする」
「お前、まさかあの肉と同じになっちまったんじゃないだろうな」
「あっ、男がいねぇ! 逃げやがった」
「不味い不味い。俺は永遠にこの味と生きてかなきゃなんねぇのか」
「落ち着けよ。おい泣くな、涙まで臭え」
「ああもう、口に味噌でも詰めとけ!」


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このストーリーに関するコメント

15/06/01 草愛やし美

夏川さん、初めまして、拝読しました。

いやはや、どんなものなのでしょうね、想像を絶する臭い物。クサヤの干物も完敗でしょうか? でも、もしかしてこれがまがい物だったとすれば、吐き出して良かったのかもしれません。命落として不老不死? 一度死ねば二度はないのですから。なんて洒落の世界を考えてしまいました。
落語を聞いているような気になりました、江戸時代、こういうことがあったのかもですね、とても興味深く面白かいお話でした。

15/06/01 夏川

はじめまして、コメントありがとうございます!

おっしゃる通り、江戸時代ということでちょっと落語っぽいイメージで書いてみました!
江戸時代にはいろんなまがい物の薬が横行していたと思いますが、この肉の正体はどうでしょうね?

読んでくださってありがとうございました!

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